第77話 氷上のヴィーナスはスベらない①
「スケートやろうぜ!」
ラブホテルがあるダンジョンの最上階層マスタールームにて。
ダンジョンマスターのアイトがまた思い付きで何かを言い出した。
こうなったらもう確実に新たなる階層を作り出すのだろう。
あるとすればその階層が湖を凍らせるのか。
スケートリンクになるかの違いしかない。
「また何か作るんですかぁ?」
面倒臭そうに。
そして呆れた様子で反応したエマ。
ラブホテルに例のパネルが出来た事でフロント業務が随分と楽になったものの。
相変わらずしっかりと睡眠を取っているエマは勤務が終わって1時間以内には寝たい。
エマはエルフの血が入っているせいか成長が遅い。
どころかアイトのダンジョンに落っこちてから成長している気配が無い。
寝る子は育つとはアイトの言葉で、背が高くて出るとこ出ている素敵な女性になる事を目指して日夜牛乳の摂取と過剰に睡眠を取っているのだ。
単純に眠いのとワンポを抱いて寝るともふもふで温かくて気持ち良くて起床時間ぎりぎりまで起きられないのもあるのだが。
「わっはっは!スケートリンクだよスケートリンク!氷上の亀頭子と呼ばれた俺の華麗なスベリを見せてやるぜ!」
実際にアイトはスケートリンク解禁の挨拶でしっかりスベったし、スケート靴を履いてリンクに出たらすってんころりん頭を打って見学に回る事となったのは今は置いておいて。
ラブホテルに新たなる客室が誕生した。
天井が膨らんだドーム状の室内はかなり広々としていて、その中心には横60m縦30mのスケートリンクがある。
今回は湖を凍らせるではなくアイトの前世でスケートの試合が行われるのに理想的なリンクを用意したのだが。
このリンクがまた中々に凄い凝りようである。
普通、競技用リンクの氷は体育館に冷却管を張り巡らせて何度も何度も水を撒いては凍らせて長い時間を掛けて作り上げるのだが。
ダンジョンはそんな大変な作業をアイトの想像力ですっとばせるので一瞬である。
しかも氷かどうかを脳が理解出来ないぐらいに高い透明度の氷が張られていて、その下は魚やイルカやペンギンが泳ぐ雑多な海中が見える。
今のところ新しくモンスターを増やす気は無いので、それらは全てアイトがイメージで作り出した映像なのだが。
室温は氷があるのに寒さは感じず適温。
スポンサーの広告が張られがちな壁は無く、何処からでもリンクイン出来る様になっていて。
リンクサイドに用意された複雑な照明装置の中に紛れた赤いボタンを押すと天井からリンクの中心に大型ベッドが下りて来る。
アイトの前世で言うならば北海道のプロ野球チームのスーパースターが天井から登場した時みたいな絵面だ。
いや、うん。
確かにシチュエーションとしては珍しいのだが氷の上でヤルことヤリたい人間など現れるのだろうか?
とにかくスケートリンクは完成し。
リンクの広さが全然足りなかったので結局倍の広さに生まれ変わったのであった。
「それでは!第1回休息宿ラブホテル最強スケーター決定戦を開催する!優勝者には豪華賞品が与えられるから全力で!ほら、えっと。なんか、アレアレ。アレをアレしてアレする様に!はい、えーと。スタート!」
グッダグダだ。
相変わらずのグッダグダである。
どうせやるなら台本でも用意しておけば良いのにと思うのだが、アイトは絶対にそんなもの用意しない。
何故なら自分の喋りに絶対の自信を持っているからだ。
大体グダるかスベるかの二択なのに絶対の自信を持っているのだ。
厄介。
非常に厄介な存在である。
斯くして特に競技でも何でもないスケート会が開始されたのであった。
しかしラブホテルの従業員が参加するスケートが普通に進む筈も無い。
「ウォォォォォオオオ!」
メキョ!
かなり鈍い音を立ててウルトラヴァイオレットオーガがネープルスイエローオーガにぶつかり、勢い良く滑ってリンクアウトする。
ウルトラヴァイオレットオーガはその場に残ってハウスの赤枠に留まった。
今現在、スケートリンクの半分を使ってオーガ達をストーンに見立てたカーリングの試合が行われている。
開始30分。
もうスケートは飽きちゃったらしい。
ストーンとなるオーガはうつ伏せになり、手足を浮かせて手で足首を掴む。
お椀の様な形になって腹だけを氷に接地させ、それを氷上に設けられた赤白青の円に向かって勢い良く滑らせる。
ストーンは手足や顔を使って進む方向を変えたり止まろうとしてはならない。
その辺は審判長のアイトが厳格に審査して、不正が認められた場合はストーンがロストとなる。
現在は一方的なゲームになっていて、スキップのヒショとヤマオカが一投ずつを残すのみ。
優位に立っているのはヤマオカ銀行。
先程の一投で漸く一つ石を出したが。
円の中心付近はヤマオカ銀行のストーンで埋め尽くされていて、ナンバーワンからナンバースリーまでを取っている。
この場面でヤマオカ銀行のスキップであるヤマオカはシュリンプピンクオーガをあえて円の手前に置き、ガードストーンとしてヒショソラーレの最後の一投を妨害に掛かった。
シュリンプピンクオーガが横を向いた完璧な一投で、ヒショソラーレにとっては正直絶望的な状況だ。
一つ言っておくとあのガードストーンは脇腹ががら空きなので次のストーンが脇腹に突き刺さるとかなり痛い。
確実に悶絶は免れない。
何故ならヒショソラーレのスキップであるヒショは尋常たらざる怪力の持ち主だからである。
しかしその痛みに耐えさえすれば、チームの勝利はまず間違いないだろう。
ヒショが幾ら怪力と言っても投げるのはあくまで変異種オーガだ。
どれだけ高速でぶつかって来ようとも出せる威力には限界がある。
ウルトラヴァイオレットオーガの首が体内に埋まって首が無くなってしまっているが、所詮はその程度の威力である。
リーダーのヤマオカが指揮するとは言えヒショのチームから勝利を上げるとなれば大金星だ。
勝利を確信したヤマオカ銀行の面々は健闘を称えてハイタッチをしている。
しかし。
いつものあいつが予想外の横やりを入れて状況は一変する。
「ザ・ファイナルラストチャーンス!」
ヒショソラーレが最後の一投を準備して念入りにラセットブラウンオーガをグルングルン回転させていると、一番勝負に横やりを入れてはならない筈の審判長アイトが謎の言葉を宣言して天井を見上げた。
すると天井が開いて勝色の毛並みのでっけぇアイツがクレーンに吊られて下りて来た。
「うぉん!うぉん!」
ワンポ、クレーンに吊られているのが余程楽しいのか尻尾をフリフリして上機嫌で鳴いている。
そしてワンポが天井からリンクインして。
「最後の一投はワンポストーンが使用されるぞ!」
うん、終わった。
一瞬にして悟りを開いた様な表情になったヤマオカ銀行。
ヒショはワンポに伏せをさせるとハウス目掛けて勢い良く滑らせて。
パコーン!
何故かボウリングみたいな音を立ててガードストーンを含む全てのストーンをリンク外へとはじき出した。
勢いが付き過ぎてワンポも一緒になってリンクアウトする。
「うぉふ!うぉふ!」
一人(一頭)とても楽しそうなワンポに対し、オーガズは無残にもぐったりと横たわっていた。
「今回の勝負!引き分けぇぇぇええい!」
結局最後でヒショソラーレの負け確から力業で有耶無耶にされた試合は引き分けに終わったのであった。
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カクヨムコン9参加致します。
読者選考が何たるかイマイチ理解していないのですが、是非とも応援して頂けたら嬉しく思います。
第77話までお読み頂きありがとうございます。
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