第67話 蒼剣リーダーは男を見せる①
「すまん!この通りだ!」
Cランク冒険者パーティー蒼剣の誓いのリーダーを務めるスミスは。
訳あってヤーサンの街を訪れていた。
近頃のヤーサンはみかじめ料の取り立てが緩くなったものの。
冒険者ギルドが無くなった事で流れ者が住み着き治安が悪化しているのだと聞く。
噂では王家の監査が入るなんて話もあり。
悪い流れも一時的なものではないかと言われてはいるが。
そんなヤーサンの街を訪れたスミスは。
ある場所へと一直線に向かって頭を下げていた。
ある場所とは昼の営業時間前なのもあって客が一人もいない酒場。
スミスが頭を下げているのは、この酒場で働いているアンドレアと言う女性だ。
彼女は休息宿ラブホテルで行われたスミスの婚活パーティーで最終選考まで残り。
日和ったスミスに惜しくも選ばれなかった準グランプリと言って良い女性。
そして見事グランプリを勝ち取ったメリッサにフラれた後で恋仲になった女性でもある。
曰く3回はヤッているらしい。
そんなアンドレアを残してスミスはラブホテルの移転と共にヤーサンを発った。
アンドレアは別に酒場を経営している訳でもなければヤーサンに親や兄弟と住んでいる訳でも無い。
言ってしまえば身軽な存在だ。
では、スミスがどうしてアンドレアを残してエライマンへと行ったのか。
話は単純だ。
忘れていたのだ。
シンプルに忘れていたのだ。
ラブホテルの客室に住める様になるのがあまりにも嬉しくて。
興奮して。
興奮し過ぎて。
アンドレアの事が頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
最低だ。
スミスは最低の男である。
そりゃ土下座だってするし。
許して貰えなかったとしても致し方ないだろう。
だって最低の事をヤッちまったのだから。
「頭を上げてよ。怒ってなんていないから」
アンドレアの言葉にスミスが頭を上げると。
彼女は本当に怒っていない様子で微笑みを向けていた。
スミスは思った。
何ていい女なのだろう、と。
スミスは思った。
アンドレア以上のいい女など、この世に存在するのだろうか、と。
スミスはエライマンを出る時から考えていたが。
アンドレアを必ずエライマンへと連れて行きたいと強く、心から願ったのであった。
時はほんのちょっぴり遡る。
「ヤッベ!忘れてたぁぁ!」
数日前、スミスは自室でナニかを終えてスッキリした後で唐突に大声を上げた。
アイトもスミスのナニか事情になんて少っっっっっっっしも興味が無いので他の誰かに聞かれる事は無かったが。
スミスは慌てた様子でグルグルグルグルと部屋の中を歩き回った。
「何で今まで忘れてたんだろう。俺にはヤーサンで良い感じになった女がいたじゃないか。エライマンに来てからもう1ヶ月以上も経ったのに何故一度も思い出さなかったんだ。そもそもいつから忘れていた?何処だ。何処で俺は彼女の事を忘れてしまったんだ。3×8回も関係を持ったアンドレアの事を!」
まるで何かに憑りつかれたかの様に。
ぶつぶつと呟きながらスミスはグルグル行ったり来たり。
何となく風呂に入って落ち着いてみたり。
トイレで尻を洗ったりしながら。
自分が起こしたとんでもないやらかしについて思考を巡らせた。
そして現実逃避の為にもう一度スッキリした結果スミスが辿り着いた答え。
それは。
「よし!取り敢えず会いに行って謝ろう!」
初めからそれしかないだろうと。
傍目から見ていれば言われそうな最善の結論を出して部屋から出た。
そしてフロントのエマに取り次いで貰いアイトと内線を繋げた。
「すいません!10日ほど休みを頂けないでしょうか!女をヤーサンに置いて来た事を今思い出しました!」
スミスの切な訴えに。
「ぶふぉっ!わっはっはっはっは!スミス君マジか!今か!今更か!ぶはっ!ひーっ。くっそ。くっそ面白い。あーもう君は。ぶっふぉ!最高じゃあないか!いいよいいよ。元々冒険者として活動しても良いって言ってるんだから行ってきんしゃい!ぶふぉっ!あー腹痛いと錯覚するほどの面白さだわ!わっはっは!ヒショ!爆笑を肴に酒を飲むぞ!わっはっはっはっは!」
そこまで言ってガチャ切りされ、プープープーとビジートーンが流れた。
スミスは思った。
こんな理由でも快く送り出してくれるだなんて、何て良い上司なのだろうと。
やはり神にも等しきお方であると。
スミスのアイトに対する崇拝は既に手遅れな所まで来ている様だった。
そんな言葉をぼそっと口からお漏らししていたスミスに対して、すりガラスの向こうでエマは気の毒な人を見る目を向けていた。
だって人の致命的な失敗をあんなにも爆笑する人が良い上司な筈が無い。
アイトは面白さ至上主義で人の不幸話と猥談が大好きな悪魔である。
エマは愛をもってアイトの事をそう評したのであった。
「それじゃあ、すまんが行ってくる」
「ぶふぉっ!お、おう。頑張って来いよ。ぶふっ!」
蒼剣の誓いの中では割と時間の融通が利くニックに見送られてスミスはラブホテルを出た。
スミスは冒険者として単独でCランクを名乗れるぐらいの実力はある。
だから道中で多少の危険があったとしても身を守れるし、ソロでの野営だってやってやれない事は無い。
ヤーサンまでは幾つかの村々があるし、野営が嫌になったらそこに寄って行けば良い。
スミスは移動速度を考えてエライマンの街で馬を借り。
ようと思ったが馬は股とタマタマが痛くなるので乗合馬車を選んだ。
タマタマが痛くなったらヤーサンでエロエロあった時に大変じゃないか。
以前に遊んだ事があるアメリカンクラッカーみたいにぶつかり合った時に激痛がはしるではないか。
最早1日2日謝罪を早めた所で状況は何も変わらないじゃないか。
絶対に怒られるのは目に見えているじゃないか。
スミスは開き直ったりもしつつ。
乗合馬車の護衛もする事できっちりと割引料金で馬車に乗り込み。
一路ヤーサンの街へと向かったのであった。
「え?俺?いや、別に大した事は無いぞ。Cランクだから。Cランク冒険者だから。そんなに大した事はないぞCランク冒険者だから」
道中現れたワンポとは比べ物にならない程に小さくて弱い狼型の魔物を倒し。
馬車に乗り合わせた若い女の子から話掛けられてチヤホヤされ。
大した事じゃないと言いつつCランク冒険者をやたらと強調したりしながら。
スミスはヤーサンの街へと向かうのであった。
「ここは俺に任せて先に行け!」
馬車が魔物に襲われた時に。
いつかは言ってみたかった台詞を言ってみたら本当に随分先まで行ってしまったので必死に追いかけて再度馬車に乗りこんだりしつつ。
「嘘だろ、、、こんな所にこんな奴が現れるなんて、、、」
別に強くは無いのだが普段地上に出て来ないのであまり知られていないツノモグラを。
最近アイトから受けている演技指導によって磨かれた抜群の演技力で、あたかも強大な魔物の様に見せ掛ける演出をして見事に倒して見せたり。
「え?君彼氏いたの?何だよ。じゃあ俺のこれまでの頑張りは一体、、、」
女の子から向けられていた好意が恋心でない事を知って少しだけしゅんとしたりしながら。
スミスはヤーサンの街へと辿り着いたのであった。
1ヶ月強ぶりに来たヤーサンは街中でチンピラ達が暴れ回る壮絶な光景が繰り広げられていた。
なんて事も無く。
どちらかと言うと閑散とした印象を受けた。
道行く人に直撃インタビューをしてみた所では。
流れ者が増えて治安は悪化しているが、普段からヤーサンのチンピラ達を相手にしている街の住民達からしたら絡まれてもカウンターを極めて逆に有り金を奪うぐらいなのでそこまで影響は無いらしい。
流れ者同士が食い合っているので治安は確実に悪いのだが。
タスケが商会長を務めるテーラ商会が出て行った影響も当初は大きかったそうだが。
どうやらヤーサン男爵が行っていたみかじめ料を徴収するシステムが王家にバレたらしく、その後はみかじめ料自体が取りやめになって商品の価格は落ち着いたと言う。
チンピラは相変わらずらしいが、街の外に魔物が増えて来たのでそちらの対処に追われて街中で住民を脅す行為は以前よりも減ったらしい。
取り敢えずはアンドレアの生活にも大きな影響はなかったのかもしれないと。
スミスは怒られそうな要素が一つ減った事に安心をしてアンドレアの働く酒場へと向かったのであった。
そして話は冒頭へと戻る。
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