第43話 不穏な気配なんてどこ吹く風で麻雀を打ちたい男達①

 ここはヤーサンの街を取り仕切る領主の屋敷。

 その屋敷の廊下を3人の男がズカズカと足音を立てて歩いていた。

 薄汚れた服に薄汚れた鎧を身に着けて、凡そ貴族の屋敷にはそぐわない蛮族の様な格好をしている男達。


 男達はズカズカと。

 ズカズカと足音を立てて歩き。

 ズカズカと。


「うっさいんじゃボケェ!もっと静かに歩かんかい!」


「すいやせん兄貴!」


 男達は左目に傷のある男に怒鳴られて平伏した。

 普段から謝り慣れているのか流れる様な美しい所作であった。


 10秒ほど頭を下げて。

 男達はまたズカズカと足音を立てて歩き出した。


「だからうっさいと言うとろうが!何度言っても分からんのかおどれらは!」


「へい!すいやせん兄貴!」


「すいやせんじゃなくてすいませんだ!」


「すいません兄貴!」


 男達は兄貴と呼ばれる男が見えなくなるまで頭を下げて。

 またズカズカと歩き出して、兄貴と呼ばれる男に追い掛けられて頭をぶん殴られた。

 どうやら学習しない質であるらしい。


 どうにか目的の部屋まで辿り着いた男達は。

 ノックもせずに勢い良く扉を開けた。


「親父!見過ごせない話しがあるでやんす!」


 君、さっきまでそんなキャラだったっけ?

 どうやら親父と呼ばれる男の前だと気が動転して話し方に癖が出るらしい。

 兄貴と呼ばれた男の前では涼しい顔をしていたのに。

 今は顔と背中と股間に汗を搔いていた。

 股間は特に蒸れ蒸れだった。


 さっき追い掛けられた時に走って逃げたのが原因なのだが。


「ノックぐらい出来んのかバカモンが!まあ良い。見逃せない話しってのは一体何だ?」


 親父と呼ばれる男は一つ溜息を吐いて話の続きを促した。


「へい!実は街の外に出来たダンジョンに金が流れてる様でして!アルフルーガーの親父の耳に入れておこうかと!」


 さっきまでの“眼鏡を掛けている、実はハイスペック系親友キャラ”な喋り方は捨てたらしい。

 男の言葉に部屋が凍り付く程の冷え切った空気が流れる。


「ほう。詳しい話を聞かせてみろ」


 アルフルーガー・ヤーサン男爵。

 ヤーサン領を治める超強面貴族であり、自ら数百人にも及ぶ構成員(騎士団)のトップも務める武闘派任侠貴族だ。


「街の外の森に出来た休、、、休息?休息?宿?あ?何だって?ラ?ブホテル?とか言うダ、ダ、ダンジョン?に冒険者?ん?冒険者以外の人間も集まって?いて?」


 男が後ろに控える二人の男のサポートを受けて尋常じゃなくたどたどしく事情を説明し。

 遂に休息宿ラブホテルの所業が領主の耳に入った。

 入ってしまったのであった。


 話を聞いたアルフルーガーは特に男を叱る事なく構成員を集めさせ。

 集会場(訓練場)に集まった柄の悪い男達に指示を出した。


 開店以来順調に来ていたラブホテルにチンピラの魔の手が迫る。



「ロン!九蓮宝燈じゃぁぁぁああい!」


「ぐはぁぁ!やられたぁぁ!」


「マスター、それでは二萬が3枚になってしまいます」


「ぐはぁぁ!間違えたぁぁぁああ!」


 こちらラブホテルで一度も稼働していない湖の畔で麻雀をやろうをテーマにした712号室。

 ダンジョンマスターであるアイトは誰にも使われない客室にゲストを招待して。

 ヒショを交えて麻雀に興じていた。

 そして今まさにアイトが大チョンボをやらかした所である。


 集められたのはダンジョン産の作物を取引している商会の商会主タスケとCランク冒険者パーティー蒼剣の誓いでリーダーを務める故ネイト(現スミス)。

 役満に振り込んだかと思って頭を抱え、その後の大チョンボ発覚でほっとしたのは故ネイトの方だ。

 一度も死んでいないので“故”表記はおかしいのだが。


 712号室の麻雀卓は全自動麻雀卓なので中央部にあるボタンを押すと中央付近が下がる。

 そこに牌を落として再度ボタンを押すと卓を囲む4人の前に牌がせり上がって来たので、やや斜めにずらし。

 親から牌を取って配牌を始めた。

 タスケとスミスは初心者なので配牌もたどたどしい。


 そんな初心者相手に経験者のアイトが大チョンボをしたのは、流石のヒショでもアクロバット擁護は出来なかった。


 何かを賭けている訳でも真剣勝負をしている訳でもない。

 罰ゲームがある訳でもないので会話をしながらリラックスムードでゲームは進む。


「スミス君はその後アンドレアちゃんだっけ?あの子とどうなったの?ヤッた?ヤッたの?」


 遠慮無しにド直球で不躾な質問するアイト。

 アイトはダンジョンマスターに転生してラブホテルを作っちゃうぐらい他人の猥談が大好きなので最も気になっている話題を振っただけである。


「いやぁ、そう言う事は結婚してからじゃないですかね」


 スミスは苦笑しながら答えるが。


「男のくせにぶりっこすな!」


「すいません!3回だけヤリました!」


 アイトに怒られて即座に白状したスミス。

 スミスにとってアイトはアンドレアと恋仲になるきっかけを作ってくれた存在だ。

 それだけでなく婚活パーティーにランクSの客室を無償で貸し出してくれたりと神の様に崇める存在でもある。

 怒られたらどれだけプライベートな質問でも白状しちゃうのだ。

 何なら聞かれてもいないアンドレアの体にあるホクロの位置まで答えちゃいそうである。


「ふむ。それで?黒子は何処にあった?」


 アイトは他人の心が読めるのであろうか。

 スミスはアイトに底知れない恐れを抱き。


「右の鎖骨と左胸に」


 本人に聞かれたら絶対に怒られそうな案件だが。

 スミスは正直に答えて。


「そうかそうか!セクスィーホクロじゃないか!わっはっは!」


 アイトが小気味良く、楽し気に笑ったので今は良しとしておく。

 後で詰められて素肌をぶっ叩かれそうだが。

 今は忘れて麻雀と言う面白過ぎる遊びを楽しむ事にした。


「それポンです」


 タスケがアイトの捨てた二索をポンして手元の2枚と合わせて端に寄せた。


「タスケ君、手が早くない?初心者なら大きい手を狙いなよ」


「はっはっは。御冗談を。商人は手堅く勝ちに行く判断も重要ですからね。これは実に私向きのゲームですよ」


 ルール説明の段階から既に楽しそうだったタスケは、1局もするとコツを掴んで手堅く得点を重ねた。

 本人の言う通り。

 読み合い騙し合いの頭脳戦が繰り広げられる麻雀はタスケ向きのゲームである。

 今のポンで聴牌したタスケは余裕の表情で白を切り。


「ロン。大三元です」


「にぉわぁぁぁああ!」


 ヒショの役満に振り込んで大撃沈したのであった。

 今度はアイトの空撃ち九蓮宝燈と違ってしっかりと役になっている。

 タスケはそれまでコツコツと地道に稼いだ点棒を一気に吐き出して箱点寸前の土俵際まで追い込まれたのであった。

 ヒショからすれば誰からも気付かれぬ早さで牌を入れ替える程度のイカサマは余裕だが。

 今回の大三元は単純な運によって引いた手である。


 得意気になっていたタスケの完全な敗北であった。


「そういえば、うちの農園で出来た作物は売れてるの?」


 タスケが卓に沈んで起き上がって来ないので、アイトは話題を変えた。

 するとタスケは上体を起こして満面の笑みを浮かべ。


「はい!それはもう凄い評判ですよ!ヤーサンの特色には合わないので近隣の領で売っているのですが、貴族や高級料理店からもっと仕入れられないのかと問い合わせが多数届いています!味はどれも素晴らしいですし、他では手に入らない品種ですので流通を絞って随分と儲けさせて頂いていますよ!」


 饒舌。

 あまりにも饒舌である。

 やはり商人だけあって金の話を始めると饒舌になるタスケである。


「それは良かった。で?酒造りの話は?」


 こちらについては早急に動き出さないとヒショが怒りそうなので確認しておく。


「ええ。そちらについても今職人に当たっているのですが、色よい返事は貰えていないですね。興味は持って頂けるのですが、ヤーサンとなると気が向かない様でして」


 タスケは少々申し訳なさそうに語る。


「ふぅん。そうか」


 アイトはそこまでダンジョン産の酒に熱意を持っていないので軽く流して次の局へと進み。

 親番のアイトから牌を捨てる。


 南一局。

 アイトは手牌に一枚しか無く、且つ役にならない【西】を捨てた。

 続いてヒショはツモった牌を残して五筒を捨てた。


 初手で五筒を捨てた?


 アイトとスミスは呑気に何も気にしていない様子だが、タスケはヒショが相当に高い役を狙っていて。

 且つ既に手が相当進んでいるのだろうと読んで警戒度を最大限まで上げた。


 続いてド素人スミスが八萬を捨てて。

 タスケの番が来た。


 タスケも中々に良い配牌だ。

 三萬四萬五萬三索四索五索と面子が二つ揃っていて、四筒と五筒もある。

 しかも一九字牌が一枚しかないので、タンヤオも狙っていける状況だ。


 先程は役満に振り込む失態を犯し、箱点寸前まで追い込まれたが。

 ここで大きい手を上がればまだ立て直せる。


 タスケはこの局、勝ちに行くと強く決意して一枚だけ浮いている西を手にして。


 トンッ


 河に西を捨てた。


「ロン。国士無双です」


「うちゃぁぁぁああ!」


 何処から出ているんだろうと疑問に思う様な奇声を上げて卓に沈んだタスケ。

 ヒショの手牌は国士十三面待ちであった。

 タスケ無念の二連続役満振り込み。

 あまりのショックに動きを止めたタスケは。

 白目を剥いていて、まるで返事が無いただの屍の様だった。


 因みにこれ、ヒショが全員の見ている前で堂々と山から手牌を入れ替える超超超人外染みたイカサマである。

 ヒショは魔族でダンジョンのフロアボスだからそもそも人ではないのだが。

 もうヒショクラスになると身体能力が高過ぎてシュバババっと入れ替えを行っても誰も目では追えないのだ。


 さて、どうしてヒショが態々イカサマまで行って役満でタスケを箱点にしたのかと言えば。


 酒造りを待望しているヒショの、もたもたしてんじゃねぇと言う意思表示である。

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