第29話 商売の話をしようじゃないか①
昨夜未明、ワインボルドーオーガがヒショにぶん殴られる事件が発生した。
ワインボルドーオーガとは先日アイトから“オーガズが働いている農園の作物、倉庫から溢れ過ぎ問題”を解決する為に自信満々で酒造りを請け負った例のオーガである。
日夜研究を進め、どうにかワインの製造まで漕ぎ着けたワインボルドーオーガは熟成一ヶ月の若いワインを試飲して貰おうと一瓶だけアイトに提出。
そしてアイトがワイングラスをクルクル回したり。
やたらと香りを確認したり。
うがいして空気を含ませたり。
空気を含ませたワインを吐き出したり。
滅茶苦茶知ったかでワインをテイスティングしたのに続いてヒショが一口口にして。
ワインボルドーオーガをぶん殴った。
理由は“こんな物はお酒ではない”だそうである。
確かに見切り発車であり、研究とは名ばかりの勘のみで作り上げられたワインだったのだが。
そんなに本気で殴らなくても良かったのではないか。
ワインボルドーオーガがヒショに殴られる事に快感を覚えるタイプでなかったら大変な事になっていただろう。
本鬼がとても気持ち良さそうだったから血の雨降って地固まったけれども。
そんな訳で今、ラブホテルの大会議室では重大な会議が開催されていた。
大会議室は最近アイトがノリで作った大学階層のキャンパス内にある。
議題は酒造りと一生減りそうにない農園の作物についてである。
生産能力が高過ぎてフルーツ盛りにしてメニューに加えたり皆で食べて消費しても作物が全然減らないのだ。
「あの外の世界産野菜と果物と木の実の品種改良品どうするよ。吸収してダンジョン力に変換しちゃっても良いんだけど、丹精込めて作った作物を吸収させるのはフードロス出してるみたいで忍びないんだよな。前世では気にした事も無かったけれども」
アイトの言葉にオーガズがうんうんと頷く。
アイトの前世では世界的にフードロスが問題になっていた。
フードロスとは売れ残りや食べ残しであったり期限切れで食べられなくなった食品が廃棄される事を問題視した誰かが言い出し、誰かによって広げられた誰か発の主張である。
前世のアイトはそんな事気にもせずに多少期限が切れていてもいけそうだったらチャレンジしてみる天然の反フードロスマンだったのだが。
自分達で作った作物の多くをダンジョンに吸収させている現状には思う所があった。
自分達って自分は鼻ほじで作物を口にしている食べ専なのだが。
「全部お酒にしてしまいましょう。キャベツとかどうですか?キャベツのお酒なら塩だけあれば口の中でパリパリキャベツが出来上がっておつまみ不要ですよ」
随分と斬新な発想をするヒショ。
塩で酒を飲むのは相当な酒飲みの発想だ。
ウォッカを使ったカクテルのソルティドッグはグラスの飲み口に塩を塗ったりもするし。
日本酒はそれこそ塩を舐めてから飲むと米の甘みを楽しめると言われているが。
それにしたってキャベツの酒を作ろうとは、中々に常人離れした発想では無いだろうか。
そもそもモンスターであって人ではないのだが。
「キャベツはどうなのよ。だったらキュウリにしようぜ。瓜系は香りが良いし味がゴミでも多分飲める」
ヒショの提案を否定した上でキュウリの酒を提案するアイト。
アイトの言う通り。
瓜系の香りは前世で香水にもよく使われていてフレッシュな香りの“これってモロきゅうりじゃん!モロキュウじゃん!”と思わずもろみ味噌を付けた美味しいやつと略語を被せてしまった経緯があるくらい、アイトにとっては印象深かったのだ。
アイトの提案にヒショは一瞬思案顔になって。
「きゅうりも有りですね。流石はマスターです」
アイトの意見を全面的に受け入れたのであった。
「酒はおいおい作っていくとしてだ。喫緊の問題は貯まり続ける作物をどうするかって事なのよ。ついでに酒の作り方も誰かに習わせたい。自家製の密造酒ってロマンの塊だからな」
それにロマンを覚える人間は嘗て存在したのか?
そもそもダンジョン内ではアイトが法なのだから、アイト側で作っても密造酒にはなり得ないのだが。
「何か解決策を思い付いた者はいるか?」
オーガズは首を横に振り。
レイさんは一瞬顔だけ出して仕事に戻った。
顔と言っても透明なので物理的には見えないのだが。
ワンポは会議机の上に寝転がってアイトとヒショに腹を撫でられている。
これは八方塞がりだ。
キュウリの酒を作ってみたいという発想以外には何も決まらずに会議が終了するかに思われた刹那。
「だったら商人と取引して売っちゃったらどうっすか?常連さんに信用出来る商人がいないか聞いてみて」
大会議室の大画面モニターでピコピコとスーパー鞠男をやっていたミーアが口を挟んで来た。
「それそれぇぇ。それでいこぉぉう?」
ちょっとキモい系の謎キャラ風味でミーアの意見を採用したアイト。
こうしてアイトはダンジョン農園産の作物を販売する取引先を探す法案を可決したのであった。
そして翌日のマスタールーム。
アイトとヒショのいつものメンバーに加えてアイトにポータブルゲーム機を与えられたミーアがテレビモニターでフロントの様子をチェックしていた。
今やラブホテルでプロゲーマー並みに延々とゲームに耽る従業員のミーアだが。
ラブホテルに就職する前はバリバリの冒険者であった。
なので数々の人間を見て、接してきたその眼力で信用が出来そうな者を選別して貰っているのだ。
ミーアが選んだ人物がラブホテルの常連であったなら、信用出来ると判断して話を持ち掛けるつもりである。
ミーアはゲームに夢中でモニターチェックが出来ているのか微妙だが。
「あ、この人は一緒に依頼を受けた事があった気がするっす。確かCランクパーティのリーダーだった筈っすよ」
どうやらゲームをやりながらでもしっかりモニターをチラ見していたらしいミーア。
アイトとヒショもその人物には見覚えがあった。
「ああ、この男ね。オープン直後に来て以来の常連お一人様プレイヤーだよな?」
「そうですね。毎回お酒と料理を注文しますし売り上げへの貢献度は高いでしょう」
「ならうちに不利になる事はしないか?」
「どうでしょうね。こちら側に引き込むには信用度が足りないかと思いますが」
アイトとヒショは男に話を持ちかけるか否か相談するが話は纏まらない。
しかし冒険者に理解のあるミーアがそんな二人に助言をする。
「だったら依頼をすれば良いんすよ。冒険者って報酬を受け取って依頼を熟す職業なんで依頼って形にすればそこらの一般人よりよっぽど信用できるっすよ。ギルドを通さない依頼になるんで報酬がお金だと受けるかわからないっすけど。お金以外でこの人が欲しいと思う物を報酬にすれば受けてくれると思うっす」
非常に的を射た的確な助言だ。
確かに冒険者は信用商売な面があり、依頼主の情報を悪戯にお漏らししたりすれば信用を失う。
故に冒険者に対して依頼という形を取るのは非常に有効な手段ではあるのだ。
依頼の形ならお漏らしはしない。
お漏らしは、しない。
「え?ミーアって意外と有能なの?」
「ゲームにしか興味の無い廃人かと思っていましたが」
アイトとヒショが驚いた様子でミーアの評価を改めたのだが。
「いやぁ、あたしはゲーム好きの廃人ってやつっすよ。だから出来るだけ部屋に引き籠らせて欲しいっす」
ミーアは謙遜(?)をしてゲーム画面に集中した。
どうやらスーパー鞠男の第4ステージが佳境らしい。
「おう、話が纏まったら帰って良いからしばし待たれよ」
「わかったっす」
アイトは受話器を手に取ってフロントへと内線を繋いだのであった。
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