第22話 迷惑な客とレイさんのお仕事①

「タスケ商会長。何やら騎士風の方から手紙を受け取りましたが」


「手紙ですか?ああ、もしかしたらあの方ですかね。ありがとう読んでみます」


 ある日の朝。

 ヤーサンの街で商店を営むタスケのもとに手紙が届いた。

 何時も手紙を届けてくれるのは冒険者だったり小間使いだったりするのだが。

 執務室に入って来た部下の様子を見るに何時もとは違っている様だ。


 タスケは一つ心当たりがあったので手紙を受け取り封蝋を見る。

 思った通りの人物からの手紙だったので部下が下がるとすぐさまペーパーナイフを使って手紙を開封した。


『タスケ殿。其方のお陰で長年の悩みから解き放たれた気分だ。休息宿ラブホテルの店主には大きな借りが出来た。何かあれば力になるとは伝えたものの、私は気軽にラブホテルを訪れるのは難しい。あそこはこれから多くの厄介事を呼び寄せるだろう。何かあれば其方も力を貸してやって欲しい。一緒にあの珍しいダンジョンを守るぞ。フォルカー・エライマン』


「どうやら相当に気に入られた様ですね」


 タスケがそんな感想を抱いた通り。

 フォルカー・エライマン伯爵にとって長年の悩みを解決してくれたラブホテルに大恩を感じていた。


 まさか使い物にならなくなったフォルカーのフォルカーが、現役だった頃のフォルカーのフォルカーの力を!硬さを!強さを!取り戻せる日が来るだなんて夢にも思っていなかったのだから。

 それを可能にしたのはマカマカテラックスなる秘薬と、そんな貴重な秘薬を提供してくれたラブホテルのオーナー件ダンジョンマスター件覗き見大臣のアイトである。


 それでなくてもあんなにも安全な海で遊べて。

 屋敷にある物よりも高品質な家具が置かれ。

 愛する女を美しくする素晴らしい場所を守らねばならないと。

 そんな使命感をフォルカーは抱いたのであった。


 そしてフォルカーの思いは当のアイトにも届いていて。



「手紙?読むの面倒臭いからヒショが読んで吸収させといて。外の世界の紙って貴重らしいからそこそこのダンジョン力になるんじゃね?」


 と思ったら全然届いていなかった。

 ヒショは手紙に目を通してからマスタールームの壁に手紙を食べさせた。


「ありがとう美味しいね」


 大分くぐもった声を出したのは、最近アイトがノリで作った真実のお口的な何かである。

 ここがマスタールームのゴミ箱になったのである。


 因みに真実のお口的な何かは時々自発的に喋ってヒショに殴られたりしている。

 案外とヒショはバイオレンスな魔族なのだ。


「それにしても外の人間に効果絶大だったなマカマカテラックス。色んな意味で元気な人間に飲ませるもんでもないからメニューに載せるのは微妙なんだよな。裏メニューにでもしておくか」


 マカマカテラックスは男性機能増強作用のあるサプリであり、バイアグラの様に医師の処方箋が必要な薬ではないのだが。

 あの効果を見てしまうと明らかにバイアグラと同等かそれ以上の効果が出ているのだろう。

 アイトがマカマカテラックスを生み出す時に、そんな効果が出るサプリとして作ったのだが。


 バイアグラには血圧低下や強心作用などの副次作用があるので万が一を考えると悪戯に服用させるのは危険だ。

 そんな風にアイトは考えているのだが。

 副次作用なんて考えないで生み出しているので問題は無いと言って良い。

 要するに情けなくも日和っているだけだ。


 但し腹上死の可能性は多少なりとも上がるかもしれないが。


 念の為マカマカテラックスは裏メニューとする事に決めて。


 近頃のラブホテルはフォルカーが危惧している通り厄介事を呼び寄せていた。

 これは客の数が増えた事による副産物でもあるので、仕方の無い事ではあるのだが。


 そんな訳で幾つかのケースを抜粋してラブホテルに訪れた迷惑な客を紹介しよう。


 Case1フロントスタッフに絡む客


 休息宿ラブホテルの入口は19時で閉まる。

 故に深夜帯にフロントにいるミーアはスーパー鞠男をプレイしていても問題が無いくらいに平和である。

 しかし昼の時間帯に接客するエマはそうではない様で。


「君さ、顔見せて話してよ。顔も見せずに接客するなんて客に対して失礼なんじゃないの?」


 只々すりガラスで隠されたエマの顔を見たいだけの男がそれらしい言葉を並べて顔を出せと言ってくる。

 エマは初めの頃、適当に愛想笑いで流していたのだが一度客に腕を掴まれて恐い思いをした事があった。

 そもそもラブホテルで従業員に顔を晒せと言うのはマナー違反であり、アイトの前世であったらバックヤードから恐いお兄さんが出て来たとしても仕方の無い事案である。


 それ以来、ラブホテルのフロントは一部を除き客側と強化ガラスで仕切られ。

 すりガラスはそのままに券売所型へと変更が加えられたのであった。


 更に別の事案では。


「君が部屋に来てサービスしてよ。普通の宿より高い金払ってるんだから、それぐらい当然でしょ?」


 ラブホテルをキャバクラや娼館か何かだと勘違いしている客がいた。

 この時の客はどうやら酒に酔っていたらしく。

 後日ラブホテルまで謝罪に来たが、似た様なケースは後を立たない。

 あまりにも目に余る場合には何かを察したワンポが自主的にやって来て食い殺さんばかりに威嚇するので。

 漏らしたり漏らさなかったりなんかした客は二度とラブホテルに訪れる事は無く、さようならする事になっている。


 更に更に別の事案では。


「君って絶対に可愛いよね?君の事が好きになっちゃったから外で会おうよ。俺が君の事幸せにするからさ」


 薄っぺらい言葉でエマをナンパする客。

 エマは人族より成長の遅いハーフエルフだけあって年齢よりも大分幼い見た目をしているが、確かに容姿の良さには目を見張るものがあるし。

 声もロリコンにもロリコンじゃない者にもウケるであろう綺麗な声をしている。

 体型は胸が薄いのでロリコンに対して強烈にウケるし。

 手足がすらっとしていてロリコン以外にもウケる。


 要するにエマはロリコンにもモテるしロリコン以外にもモテる要素が多分にあるのだ。


 そんなエマだけに例えロリコンであってもロリコンでなかったとしても。

 顔が見えない恐怖心を己が精神力で乗り越えてナンパをするのは理解出来る。


「にゅふふふふ。僕の妹になってくれないかぁい」


 これはもうロリコンじゃなくて単なる変態だろうか。


 実際に。

 エマが気に入った相手を見付けて出て行ったとしてもアイトもヒショも責めるつもりは無いし、寧ろ応援するぐらいの腹積もりではいるのだが。

 エマの場合はラブホテルの前身である地下ダンジョンに来た経緯(第1話参照)もあってあまり人と積極的に関わろうとはしないのだ。

 アイトやヒショは人型だが人ではないので別枠である。


 なので誰にナンパをされたとしても嫌がるか恐がるか死ぬほど引くかの三択であり。

 ついでにワンポが早めに登場するので結局エマにロマンスの女将様は訪れない。

 本気でアプローチした者がいたら気の毒だが、エマにとっては迷惑な客でしかなかった。


「にゅふふふふ。僕は本気に決まっているじゃないか。僕の妹になって駄目なお兄ちゃんってお尻ペンペンして欲しいんだ」


 お前は単なる変態だからさっさと帰れよ馬鹿者が。


「ばっかもーん!」


 他にもフロントに電話を繋いで一人遊びの実況をするアイトの前世には普通にいそうな強者も現れたが、その話は後にして。

 丁度良くアイトが編集点を作ったので次にいくとしよう。


 Case2 客室内の備品を持ち出そうとする窃盗行為または破壊行為


 これに関しては説明するまでもないだろう。

 ラブホテルの部屋にある家具や家電(厳密に言うと電気で動いてはいないので家電ではない)。

 シャンプーやボディソープなどの石鹸類。

 体を拭くタオルやバスローブに至るまで。


 外の世界に持ち出して売ったなら、幾らの値が付くのか予想すら出来ないアイテムばかりである。

 そんなアイテムを一攫千金を目指して。

 アイトの前世で一時期話題になっていた何処かの国の外国人観光客の様に外へ持ち出そうとする者は後を絶たない。


 実際盗みまでいかなくとも販売して欲しいという声は数多く聞かれていて、しつこく交渉する者もそれなりに多い。

 面倒なのでアイトは相手にしていないが。


 交渉で断られた者や元より盗みに来や者達は家具を抱えたまま部屋を出たり。

 タオルやバスタオルを鞄に入れて持ち出そうとしたり。

 シャンプーやボディーソープを別の瓶に詰め替えて持ち帰ろうとしたりと、趣向を凝らした手段でラブホテルの備品を盗もうとするのだが。

 部屋を出た瞬間にそれらは消え去って無くなってしまい、結局ラブホテルに金だけ落としてお帰り頂く事になるのであった。


 そんな盗みに加えて増えたのが、盗みに失敗した者達によるリベンジ破壊。

 こちらは単純に部屋の中の物を破壊してラブホテルに損害を与えてやろうとする行為なのだが。

 残念ながらどんな力を加えて破壊しても謎の力で直ぐ元通りに戻ってしまうので失敗に終わるのであった。


 それらの内幕を説明しておくと。

 ラブホテル内にある備品は全てラブホテルの一部として作られている。

 一般的なダンジョンでは壁を破壊したり、床や天井を破壊して先の階層を目指したり。

 罠に使われている鉄などの金属を分解して外に持ち出すのは不可能だ。

 因みにモンスターも外へ連れ出すのは不可能だ


 アイトはそれを利用して酒や料理などの体に入る物以外をダンジョンの一部として作っている。

 家具や家電はダンジョンを飾る装飾として。

 シャンプーなどの消耗品は罠の一部として。

 タオルやバスローブも装飾には見えないだろうが、ラブホテルの中では装飾の分類となる。


 故に盗むのも破壊するのも不可能で、持ち出しが出来ないのだから販売する事も出来ないのである。

 宝として生み出せば全然普通に持ち出せるのだが、そんな事を説明する気はアイトには毛頭ない。

 現状ラブホテルの売りであり、他の宿と比べて圧倒的過ぎるアドバンテージになっているものを態々手放す気は無いのだ。


 話が逸れたが次にいこう。


 Case.3 連れ込んだ異性または同性に対する強姦または窃盗行為


 これについては言語道断過ぎる話だが、後ほど詳しく説明するとして。


 Case.4 金を持たずにサービスを利用する不届き者


 これに関しても言語道断なのだが。


 ラブホテルでは客室の退出時間になると出入り口の扉の横にある清算機に外の世界の硬貨を投入して清算を済ませると外に出られる設定になっている。

 これをごねればどうにかなると考えて、金を持たずに来店する者が多少なりともいるのだ。

 そんな客に対してのアイトの対応は。


 身包み剥いで強制転移で塔の外へと放り出し。

 新たに導入した生態認証システムで個人を判別して金を払うまで出禁としている。

 身包み剥いで放り出すのは女連れであろうと何であろうと問答無用だ。

 放り出された者は全裸で街へと帰る事になるので『あいつラブホテルで踏み倒そうとしたんだな』と擦れ違った者達から認識されて街に居づらくなること請け合いだ。


「入れろ!俺は客だぞ!」


 何て後日また現れて中に入れず騒ぐ者もいるが。


『前回の休息宿ラブホテル利用時に払わなかった料金をお支払い下さい。我々にとって現在のあなたは犯罪者です。料金をお支払い下さい。あなたは犯罪者です』


 自動音声が流れて周囲に事実を知らせてくれるので、放っておいても何処かへいなくなる。

 ラブホテルの利用客が増えたと言っても未だ利用客の中で最も多い職業は冒険者である。

 お得意さんの冒険者が睨みを利かせれば大抵の人間は去っていくのであった。

 因みに金を忘れた場合にはフロントに一報を入れると身包みそのままに外へ強制転移され、次回来店時に塔の入口横にある清算機に金を投入すると出禁が解除されるシステムになっている。


 これで迷惑な客について、今すべき説明は全て終わったが。

 マスタールームに従業員を集めて同様の話し合いをしていたアイトはソファーから立ち上がり。


「さあ、最も迷惑だったケース!迷惑オブザケースに選ばれるのは果たしてどのケースになるのか!ドゥルルルルルルルルルルルルルルル、ジャン!」


 あまりにも唐突に。

 アイトは下手くそな口ドラムで。

 ヒューマンビートボックスやボイスパーカッションと呼ぶのは烏滸がましすぎる口ドラムで。

 順位を発表する時に使いがちな例のドラムロールを下手くそな口ドラムで鳴らしてから。

 名誉ある迷惑オブザケースの優勝ケースの発表を行い。


「ビールケースでしたぁ」


 開いた掌を左右に広げて今ボケましたよギャグですよ笑う所ですよとやって。

 顔でも面白い事やりましたよ感を全力で出して。

 外の世界が創造されてから幾年月。

 数万ではきかないであろう長い長い歴史の中でも前例が無いほど盛大にスベった。


 こうして。

 迷惑オブザケースの受賞記念集会は色んな意味で終わりを迎えたのであった。

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