第14話 オーガズだって頑張ってるんだ

 夕方。

 依頼とラブホテルから帰って来た者達でごった返す冒険者ギルドは騒然としていた。


「蒼剣のニックがオーク亭のプニータに背負われて帰って来たぞ!」


「あの二人ラブホテルに行ってたんだろ?」


「俺はあいつらが一緒に入って行くのを見たぞ!」


 話題の中心はラブホテル帰りの二人の話である。

 ニックがマシマシオーク亭のプニータを狙っていると言う噂は冒険者の間で有名だったが店以外での目撃情報は一切無く。

 慎重なニックの性格的に進展は無さそうだと飲みの席ですら話題にされる事は無くなっていたのだ。

 それなのに。


「ラブホテルに行って急に仲が深まったってのか?」


「いやいや。ラブホテルってソロで活動する場所だろ?」


「馬鹿!ラブホテルは二人まで無料で同室可能なんだぞ!最近やってるカップル限定ってのが二人組限定って意味だ!」


「つまりはラブホテルにお気に入りの女を連れ込めば?」


「密室で二人きりだ。しかも夢の様な空間で女の気分も盛り上がって」


「「「「「ヤレるって事か!」」」」」


 何をヤレるのかは置いておいて。


 ニックとプニータの一件はソロプレイをするばかりだった冒険者達に雷に打たれた様な衝撃を齎した。

 まさかラブホテルにそんな使い方があったなんて。

 少し考えれば分かりそうなものだが冒険者とは得てして短絡的な脳味噌筋肉マン達の集まりなのである。


 因みに蒼剣の誓いは全員ラブホテルがソロプレイ専用の宿屋で無い事を理解していて。

 その上でソロプレイを行い続けていた猛者達である。

 彼らは少しばかり変わった癖の持ち主達なのだ。


 さて、ラブホテルがソロプレイだけでなくマルチプレイも可能だと気付いた冒険者達は。


「受付のレニアちゃんを誘ってみるか」


「貴様!抜け駆けは許さんぞ!」


「じゃあ俺は宿屋のメコちゃんを」


「馬鹿か!あの子の親父は元冒険者だ!遊びで付き合ったら殺されるぞ!」


「俺は孤児院の院長先生を」


「お前はラブホテルなんて誘ってないでとっととプロポーズしてこい!あの人50過ぎてんだぞ!」


 非常に騒がしくああでもないこうでもないと言い合い。

 結構ガチ目の喧嘩まで始まったりして。

 冒険者ギルドには異様な活気が生まれたのであった。



 時間は少し遡って昼の事。

 平民の中では裕福な者達が住む住宅街での事。


 冒険者ギルドのギルドマスターであるバルナバスの妻ミキャエラは主婦達の井戸端会議に参加していた。

 こちらの議題は。


「最近のミキャエラさんは髪も肌も艶々じゃなぁい?」


「あら!それ私も感じていたのよね!」


「何か秘訣でもあるのかしら?」


 何処の世界でも女は美容に対して貪欲である。

 多少なりとも金に余裕のある女達は特に。

 その為ここ最近で明らかに美しくなったミキャエラの事が気になって気になって仕方の無かった主婦達は。

 ここぞとばかりにミキャエラへのマシンガンクエスチョンが始まった。


「ええ。秘訣と言えばそうね」


 ミキャエラは少し考えるそぶりを見せて主婦達を焦らし。

 主婦達は一語一句を聞き逃すまいと固唾を飲んだ。


 溜めて。

 溜めに溜めて。

 しつこいぐらいに溜めてからミキャエラは口を開く。


「森の中に現れた塔の事を知ってるかしら?あの塔は休息宿ラブホテルって言う宿なんだけれど。あの宿にあるシャンプーって石鹸で髪を洗うと汚れが落ちて髪が綺麗になるのよ。その後にリンスとコンディショナーって言う髪に付ける薬を塗るともう艶々よ。肌はそうね。夫婦仲が良くなると色々あるでしょう?夫が若い頃に戻ったみたいで大変なの」


 ミキャエラはまるで少女の様に赤らんだ頬に両手を添えた。


 この反応。

 普段から元気で若々しい印象があるとは言っても壮年に片足を突っ込んだ年齢である。

 そんな女がこんな反応を見せると言う事は。

 つまりはそう言う事かと主婦達は察した。


「私も旦那に連れて行って貰おうかしら」


「そうね!けど街の外はモンスターも出るでしょう?」


「冒険者に護衛して貰うと結構お金が掛かるのよねぇ」


 主婦達はミキャエラを置き去りにして相談を始め。


「昼なら冒険者が通ってるらしいから安い依頼料で連れて行って貰えるんじゃないかしら?」


「「「それだ!」」」


 ミキャエラの提案を即座に採用した主婦達。


 この日をターニングポイントとして。

 休息宿ラブホテルは徐々にカップルが訪れる宿へと変化していくのであった。



 所変わって夕方のラブホテル。

 何時の間にか終わっていた巨漢×ガチムチのカップル成立に満足したアイトは。

 オーガズの仕事ぶりを確認する為にダンジョン内に作られたある場所を訪れていた。


「相変わらずここはラブホテル感がまるで無いな」


 ラブホテルとして利用している階層から更に上。

 オーガズの多くがせっせと労働に従事しているのはダンジョン内に作られた農園である。


 この農園。

 非常に広大な土地があり。

 ダンジョンの仕組みを利用して温度管理の完璧な温室を作り出している。


 それだけでなくアイトの前世を基準にした液体肥料を使い。

 土は痩せる心配が無く連作障害とは無縁で。

 当然ダンジョン内なので害獣も害虫も存在しない。

 植物を育てるのに最高の環境がここにはある。


 育てているのは外の世界に自生している植物だ。

 モンスターが存在する世界で自生している植物は野性味溢れる物が多く。

 劣悪な環境でも育つ強い植物ばかりだ。


 そんな植物を甘々な環境で育てたので。

 滅茶苦茶に数を増やして当初はアイトの家庭菜園だったのが何時の間にか農園になってしまい。

 農業担当のオーガ達を生み出して作業に当たらせているのだった。


 本来はダンジョン内で外の植物を育てるのは難しい。

 理由はダンジョンのシステムにある。


 ダンジョンは外の世界から入り込んだ物を吸収して。

 モンスターや宝や罠や階層を生み出すエネルギーであるダンジョン力へと変換する。

 この時、何を吸収して何を吸収しないかと言うのを選ぶ事は出来ない。


 例えばダンジョンに入った冒険者が死亡した場合。

 冒険者の死体。

 身に着けている服や装備品などの持ち物は全て。

 ダンジョンの床や壁。

 将又モンスターや罠を通してダンジョンへと吸収される。


 ダンジョンに吸収されるのは外の世界から来た無生物または微生物だ。

 ここで言う無生物には植物も含まれる。


 補足としてこれはダンジョンの不思議な所なのだが。

 生きている者が身に着けている装備やアイテムがダンジョンに吸収される事は無い。


 もしもダンジョンに接地している無生物が何でも吸収されてしまうのであれば。

 履いている靴なんかは直ぐに吸収されて足の裏だけ素足の前衛的過ぎるファッションが出来上がってしまうだろう。

 しかし。


 人が身に着けている物は何故だかダンジョンに吸収される事は無い。

 理由は不明だがダンジョンはそういう仕様なのだ。

 これが持ち主の手から離れた物だとまた話が変わって吸収されてしまうのだが。


 故にダンジョン内で遺失物はまず見つからないと思って間違いない。

 落とした金が見つからないのと同じ様なものだ。

 戦闘中に弾き飛ばされた武器とかは放置すると吸収されてしまって取り返しが付かなくなったりする。


 さて。

 ここまで説明して不思議に思うだろう。

 どうしてアイトのダンジョンでは本来ダンジョンに吸収されてしまう筈の植物が普通に育てられているのかと。

 寧ろ育ち過ぎて農園にまでなってしまっているのかと。


 これはダンジョンのシステムの穴をついたアイトの高度な戦術が成した結果である。


 ダンジョンには。

 罠が設置出来ずモンスターも入って来れないエリアが存在する。


 安全地帯。

 安地なんて略され方をするこのエリア内においてのみ。

 無生物でもダンジョンに吸収される事無くその場に残り続ける事が出来る。


 つまりモンスターに怪我を負わされて安全地帯に逃げ込み。

 怪我が致命傷でそのまま死亡した人間の死体や所持品はそのまま残り続ける。

 例え肉が腐り何時しか白骨死体になろうとも。

 安全地帯だけはダンジョンの吸収システムが効かないのだ。


 この仕様を利用して。

 アイトは家庭菜園用に全域が安全地帯の階層を作り上げた。

 但しそのままでは自分もモンスターも入る事が出来ないので大量のダンジョン力を使用して。

 モンスターも入れるが殴れない安全地帯に作り変えてはいるのだが。


 そのお陰で戦闘民族のオーガ達も農園にいる間だけは争いが起きないので一石二鳥である。

 但し一旦外に出たら即殴り合いを始めるのだが。


 そんな感じで。

 色とりどりのオーガズは色とりどりの作物を籠に入れてせっせと収穫に勤しんでいる。


 収穫している作物はアキュメとかバジナとかそんな名前なのだが。

 アイトは覚えるのが面倒なのでリンゴとかレモンとか前世の似た名前で呼んでいる。


 これらの元となった種の入手はエマが担当した。

 エマは森に生きるエルフの血が混ざっているだけあって森の恵みに敏感症なのだ。

 森で野生の果樹や木の実を探して採って来るのはお手の物である。


「ウルトラヴァイオレットー。リンゴ一個くれー」


 スミレ色の肌をしたウルトラヴァイオレットオーガに声を掛ける。

 アイトは基本的にオーガズの名前を色で呼ぶ。

 ブルーオーガであればブルー。

 ミッドナイトブルーオーガであればミッドナイトブルー。

 ウルトラマリンブルーオーガであればウルトラマリンブルー。

 レッドオーガである調理オーガのヤマオカは特別である。


 ウルトラヴァイオレットは捥いだリンゴをふんわりと山なり軌道で投げ。

 アイトは股でキャッチしてから手に取って齧り付いた。


 歯茎弱い系男子であったなら血が出る心配をする場面だろうが。

 ダンジョンマスターであるアイトに健康面の心配は無い。


 ダンジョンマスターとは。

 一生健康診断不要の健康優良児なのである。

 ダンジョンモンスターも同様だが。


 シャクリと齧るとジューシーな果汁が溢れ出し。

 果汁が洪水となってダンジョン全域を浸水させ。

 たりは一切せずにアイトの口の中に留まった。


「ウマイー侍!」


 刀で袈裟切りにするモーションを取って。

 しっかり目にスベったアイトはアイアンハートで三度も同じ下りを続けた。

 面白くない事も三回続ければ面白くなるが信条のアイトである。


 三回目もしっかり目にスベっていたとだけは加えておこう。


「半分で良いや。ヒショも食べる?」


「いただきます」


 アイトは半分齧った食べかけをヒショに渡し。


「倉庫もパンパンマンだな。もうダンジョン力に困る事は無さそうだし。吸収廃棄するのも勿体ないと思えて来た」


 農園の一角に建てられた倉庫のドアが開きっぱなしで果実や木の実が溢れ出しているのを見付け。


「フルーツ盛り。ナッツ盛り。販売。酒造り」


 アイトは思い付く利用方法を呟き。


「お酒を作りましょう!」


 リンゴを齧っていたヒショが強めに食い付いて来た。

 ヒショは酒には目が無いのだ。


 アイトに用意出来る酒は前世で飲んだ事のある物と。

 何となくこんなもんだろうと想像出来る酒だけである。

 だから酒の味は割と偏ってはいるのだ。


 それが自家製造出来るのであれば。

 酒のバリエーションは一気に広がるであろう。

 しかも。


 過度に品質管理をされて育ったダンジョン農園産の作物は。

 ワイルドバージョンと違って甘みが強く角の取れた丸い味わいだ。

 これで酒を作れば旨いに決まっている。


「作り方が分からんから外から人材を募る必要があるかな。オーガズには酒なんて作れないだろうし。え?いけるの?何で?」


 近くで作業していたワインボルドーオーガがどんと胸を叩いてアピールした。

 ワインだからか?色がワインボルドーだからなのか?

 殴れて料理が出来て農業が出来て酒まで作れるとは。

 オーガが有能過ぎないだろうか。


「じゃあ倉庫の横に醸造所作っとくから。樽とか必要だろ?知らんけど」


 貯まっているダンジョン力を使って建物と樽を作り。


「後は必要な物があったら言ってくれ。期待している」


「美味しいお酒を作れる様に励むのですよ!」


 アイトとヒショの期待を受け。

 ワインボルドーオーガは両手を上げて舞い。

 喜びを体全体で表現しながら醸造所へと向かった。


 この日からワインボルドーオーガは身を粉にして酒造りに挑むのであった。


 後にラブホテルで作られたクラフトワインとしてワインボルドーオーガの作った酒は試飲され。

 ワインボルドーオーガがヒショにぶん殴られる事件が発生したのはまた別のお話。

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