第2話 開店ラブホテル②

「もしもしマスター。接客が終わったので一旦戻ります。私もどんな様子か見たいので」


 ラブホテルのエントランスで受付をしていた女は内線でダンジョン内のマスタールームと連絡を取り。

 バックヤードに下がって魔法陣に乗って塔の最上階へと移動した。

 移動した先には幾つもの扉があるのだが。

 その中でチョコレート色をした扉を二回ノックしてから中に入る。


「お疲れさん。この人達ずっと警戒してるんだけど」


「お疲れ様エマ。接客は問題無さそうね」


 エマと呼ばれた受付の女が入った部屋の中はコンパクトだが豪華な作りだ。

 やたらとピンクい塔の雰囲気とは違って木目調の落ち着いた雰囲気で座り心地の良い皮張りのソファーが置かれ。

 その正面には大型のテレビモニターが置かれている。

 テレビモニターに映っているのは503号室に入った蒼剣の誓いだ。


「やっぱりそのテレビ?って言うの凄いですねぇ。あ、お茶淹れますか?」


「ありがたい。接客が上手く出来た褒美に好きなお菓子食べて良いぞ」


「やった!ケーキ貰いますね!ショートケーキ!」


 アイトの前世で人気だった曲を鼻歌で歌いながら。

 ご機嫌にスキップしてエマはキッチンへと向かった。


「動きましたね」


 アイトの隣に座っているヒショの言葉通り。

 蒼剣の誓いの杖を持った男が廊下を抜けて部屋へと入る。


「何じゃこりゃあ!」


 テレビモニターに繋がれたスピーカーから聞こえたリアクションに。

 くつくつと笑いの漏れるアイト。


「やっぱりこの世界の基準だとあんなリアクションになるのかね?」


「私はダンジョンモンスターなので基準が分かりませんけれど」


「なりますよ。なるなる。おっきくてふわふわのベッドとか柔らかいソファーとかムーディーな照明とか。随分慣れましたけどテレビモニターとか未だに何なのか理解出来ないですもん」


 アイトの言葉に反応してお茶と茶菓子を持って戻って来たエマが答える。

 異世界から転生したアイト、ダンジョンで生み出されたヒショと違い。

 エマはこの世界の現地人である。


 住んでいた場所を追い出されて彷徨い歩いていた所を。

 まだ地下空間だったアイトのダンジョンに迷い込んでお菓子と食事で懐柔されたのだ。


 因みにエマはエルフと人族の間に生まれたハーフエルフと言う種族で。

 追い出されたのはそれが原因となっていたりするのだが。

 それは今は良いとして。


「設備の使い方を表記しておいたのは正解だったな」


「流石はマスター。御慧眼です」


「料理メニューを見てるんでそろそろ連絡が来ますかね」


 まさか三人から観察されているとは露知らず。

 蒼剣の誓いは部屋の中を興味深げに探索するのであった。



「おい!風呂があったぞ!しかも湯が使い放題だ!」


「こっちはトイレだ!清潔だし水が流れるらしい!小便が飛び散るから座ってしろって書いてある!」


「このベッドすげぇフカフカだよ!こんなベッドで寝たら朝までぐっすりだ!」


「この料理の絵を見てみろ!一人一品まで無料って言ってたよな!注文してみよう!」


 あちらこちらでテンションの上がり切った男共の声が上がる。

 目ざとくテーブルの上に置かれた料理メニューを見付けたルイスが広げて見せると後の三人も集まってL字に配置されたソファーに腰を下ろした。


「はんばーぐ?ふらい?どれも旨そうだが見た事も無い物ばかりだな」


「だったらお薦めを聞いてみれば良いんじゃないか?この電話?とか言うのでフロントとか言う所と繋がるんだろう?」


 ネイトの提案に全員が賛同して四人はベッド脇にある電話を取り囲む様に陣取った。


「これでさっき酒を出してくれた人族と繋がるのか?」


「これは魔道具なのだろうか」


「わからんが兎に角やってみよう」


 電話の置かれた台から直ぐ上の壁に使い方が書かれた木札が取り付けられている。

 このラブホテルの場合。

 客室の電話は受話器を上げればフロントとマスタールームに繋がる仕組みだ。


 リーダーであるネイトが代表して受話器を上げ木札に書かれた通り耳に付けて持ち。


『こちらフロントです』


「「「「おお!」」」」


 受話器から先程接客していたエマの声が聞こえた事に。

 4人が寸分違わリアクションを取った。

 それを聞いたエマは笑いを噛み殺すのに必死である。


「ああ、失礼。料理のめにゅー?と言うのを見たんだが知らない料理ばかりなんだ。だから出来ればお薦めを聞きたいのだが」


 ネイトの聞いた内容はエマが予想していた通りだった。

 なので答えも用意していて。


『どれも美味しくてお薦めです。ですのでそれぞれ別の料理を注文して4人で分けるのは如何でしょうか?』


 エマの返答に4人は目を合わせて頷き。


「そうしようと思う。その上でお薦めを教えて貰えるだろうか?」


『わかりました。まずはハンバーグ定食ですね。柔らかくてジューシーな肉料理です。これは外せません。次にミックスフライ定食です。魚介類を油で揚げた料理で私はこれが一番好きです。次にビーフカレーですね。これは食べた事の無い衝撃的な美味しさです。分けるのが難しいので4等分してお持ちします。最後に季節メニューから牛タン定食ですかね。これも他ではあまり食べられないコリコリした食感のお肉ですよ』


 やけに早口で捲し立てる様にお薦めを口にするエマの熱。

 その熱にやや押され気味の4人はエマの言う通りの料理を注文し。


『今から料理人が調理をしてお持ちします。料理は扉に付いている受け取り口から受け取れますので10分少々お待ち下さい』


 ガチャリと受話器を置く音がして男達は期待に胸を膨らませながらソファーに座って待つ。

 あのシャンパンなる未知の美味い酒を飲ませてくれたエマが勧める料理なのだ。

 さっき飲んだシャンパンが食前酒となっていた事もあって自然と期待が高まり。


 ピンポーン


 料理の到着を告げる合図が鳴って四人でいそいそと扉の前まで移動する。

 扉の真ん中辺りにある引き戸を開くと木のトレイに乗った料理が置かれていた。

 運んだ者は既にいない。


「何だこの匂い!滅茶苦茶旨そうじゃないか!」


 あまりにも強烈に旨そうな匂いはビーフカレーのスパイシーな香りである。

 ネイトが代表してトレイを中に入れ。

 ソファーの前に置かれたテーブルまで運び。


「「「「何これうめぇ!」」」」


 全員が一言一句違わぬ反応をしてものの五分で料理を平らげたのであった。



「人が食べてるの見ると腹が減るよね」


「そうですね。本来はマスターも私も食事は不要なのですけれどね」


「何か頼みます?私ビーフカレーが食べたいです!」


「お前、ショートケーキからのビーフカレーってスイーツビュッフェ以外でやる人聞いた事ないよ?」


 テレビモニターで観察していた三人も小腹が空いたので調理場に料理を注文したのであった。


 因みに調理はヤマオカと言う名のオーガが担当していて。

 調理は肉や海鮮は火を通すだけで完成する状態になっていて。

 カレーやスープ類は温めるだけのレトルトとなっている。


 ついでに補足しておくと配膳は念動力が使えるレイスが担当している。

 アイトのダンジョンは少数精鋭だが使えるモンスターをフルに活用しているのである。



「もう無くなっちまった」


 空になった皿を見て悲しそうな声を出したのはニック。

 調査依頼を受けた当初は一番警戒心を持っていた男が。

 旨い酒と料理で警戒心などと言う下らない物は随分と遠くに置き忘れてしまった様だ。


「これってさ。俺達は無料って言われたけど普通だったら幾らするんだろうな?」


 モルトが疑問に思うのも無理はない。

 旨い酒に旨い料理。

 王族でもここまでの物は持っていないだろうと思われるフカフカのベッドに座り心地の良い高級そうなソファー。

 色を変えられる謎の照明にフロントと会話が出来る電話なる物。

 貴族か金持ちの家にしかない風呂は仕組みはわからないが湯が使い放題。

 トイレも清潔でこちらも仕組みはわからないが水が流し放題。


 こんな宿が街中にあったら一泊幾らすると言うのだろうか。


「めにゅー?の裏に料金ぷらんとか言うのが書かれているぞ!」


 ルイスが目ざとく見付けて注目する。


「休憩2時間で銀貨5枚から。宿泊は小金貨1枚からか。平民には少し高いが払えない金額では無いな。料理も良く見たら値段が書かれてるな。びーふかれー?が銀貨1枚。味を考えれば安すぎるくらいだ」


 ネイトが料金表を見て納得した様子で頷く。


「それにしても休憩2時間ってのは何なのだろうな?宿屋は寝泊りする為の場所なのにたったの2時間じゃ昼寝にしかならないだろう」


 そんな疑問を口にして全員が首を傾げたのであった。



「よし、アダルトフェイズに移行するからエマはフロントに戻って音楽でも聞いてな」


「えー。これから面白くなりそうなのに」


「エマはまだ子供ですからね。ここからは私達大人の時間です」


「二人とも寿命が無いんだから二人からしたら私は一生子供でしょ。私もう52歳だよ?人族だったら寿命で死んじゃってる歳だよ?」


「見た目が18超えたら見せてやるから。さっさと戻んなさい。仕事の時間だ」


「ブーブー。わかったよ。後で結果だけ教えてね」


「結果は見れば分かると思うけどな。まあわかった」


 エマがマスタールームを出てフロントに戻ったので。

 アイトは503号室のテレビモニターを遠隔操作して電源を入れた。


『あん♡あん♡あはぁん♡』


 突然起動したテレビモニターに蒼剣の誓い全員の視線が向き。

 4人は灯りに集まる虫の如く。

 テレビモニターの超至近距離へと吸い寄せられたのであった。


『あん♡あん♡あはぁん♡』



「おい。何だこれは」


「この薄い板の中に人間が入ってるのか?」


「いやいや。そんなの有り得ないでしょ」


「現実に起こった事を記録して映し出す魔道具か?」


 蒼剣の誓いはそれぞれ真面目そうな雰囲気で考察を始め。


「顔は平たいがスタイルが滅茶苦茶良いな」


「胸がすげぇよ胸が」


「女ってこんなエロい声出すのか?女のこんなエロい姿俺は知らないぞ?」


「出す女はいる。但し殆んど空想上の生き物だ」


 即座に急角度で話題の主旨が変わった。


「つ、、、唾をアレに垂らすのか」


「そのまま胸に挟んだ?何だよこれ!羨まし過ぎるだろ!」


「は?先っちょを口で咥えただと?」


「この前衛的なプレイは一体何なんだ!」


 最早誰もテレビモニターがどんな仕組みなのかなど興味は無い。

 男達の目はギンギンに見開いていて。

 何処とは言わないが体の一部もギンギンである。


『あん♡あーん♡イ〇♡イ〇ちゃうー♡』


 プレイの始まりから終わりまで。

 約30分の映像を見終わり。


「俺、トイレ行ってくる!」


「ズルいぞ!俺が先だ!」


「俺は風呂に入るぞ!」


「ふざけるな!まずはリーダーである俺に譲れ!」


 誰が先にトイレと風呂を使うかで軽い喧嘩になり。


『それじゃあお注射しますね♡』


 次の映像に切り替わったので全員致すのを断念してテレビモニターに齧り付くのであった。


 映像を三本見終えて。


 プルルルル プルルルル


 電話の着信音が鳴り響いた。

 ネイトは受話器を上げ。


『退室時間の10分前になりました。今回は清算の必要はありませんのでそのまま扉を開けてフロントへとお越し下さい』


 エマの声にもナニかが反応してしまう4人。

 ここでネイトが流石はリーダーと言える行動を見せる。


「つかぬ事を窺うのだが」


『はい、何でしょうか?』


「あの人間が入った板?魔道具かもしれないが。あれは他の部屋にもあるのだろうか?」


『テレビモニターですか?あちらは全室に完備しております』


 ネイト以外の3人はこの時点て意図を理解して内心で歓声を上げた。


「であれば有料で良いので部屋を借りたい。休憩2時間で一番安い部屋が良いのだが」


『ありがとうございます。それでしたらランクEのお部屋が銀貨5枚になりますがよろしいですか?』


「ああ。それで頼む。一人ずつ4部屋でお願いしたい」


『畏まりました。では退室の準備が出来ましたらお一人ずつ扉を開けて部屋の外に出て下さい。各お部屋へと移動します。料理とドリンクは別料金になりますのでご了承下さい』


「ありがとう。ではまた時間になったら知らせてくれるのかな?」


『はい、お知らせします。後ほど改めて案内しますが、退室の際は扉の横にある清算機に料金を投入して頂く形になりますので』


「わかった。では失礼するよ」


「失礼します」


 ガチャリと受話器を置き。


 蒼剣の誓いは無言で我先にと扉の前に列を作ったのであった。

 但し最前列はファインプレーをしてリーダーのネイトに譲る事にしたのだが。


 そして2時間が経ち。


 フロントに立つエマの前にはやけに艶々した肌の男達が現れ。

 ラブホテルの料金説明やシステムを質問して満足した様子で帰って行ったのであった。



「取り敢えずは大成功って事で良いかな?」


「はい、流石ですマスター。リスク無くダンジョン力を入手出来て人族のお金まで手に入るのは素晴らしい成果です」


「エマもお疲れ」


「お客さん達みんなテレビで見た仏様みたいな顔してたけど何があったの?」


「きっと色々と溜まってるものが発散出来てすっきりしたんだろ」


 休息宿ラブホテルの営業一日目は大成功で幕を閉じたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る