第35話 光の神の宝具(3)
「あ……え、ええと、その……」
「どこで手に入れたの、あのネックレス」
聞いたこともないソラウ様の冷たい声。
遠く離れた私まで思わず息を呑んでしまう。
肌もピリっとする。
なんだか、怖い。
少女……セエラ様もロキア様も完全に顔を強張らせて、顔面蒼白。
ああ、怖いんだな。
「お、お母様が、先日の誕生日にくださったんですぅ」
「お母様ねぇ? 君のお母様の名前は?」
「ソ、ソラウ殿。なぜセエラを詰めるのです? なぜそんなことを厳しく問い詰めるのですか?」
「この娘が持っていたネックレスが、聖女の里から盗まれた宝具だから。”聖女の血を引いている”んだっけ? 俺は聖女の里に行った時、里長に光の神の宝具を盗んだ聖女を捜し出し、宝具を取り戻してほしいと頼まれた。盗まれた宝具の数は三つ。宝冠、杖、
と、告げるソラウ様。
声も空気もいつものソラウ様じゃない。
それにしても、光の神の宝具って三つも盗まれていたんだ。
冠があんなに大きかったから、他の宝具も大きいんじゃないかな。
ということは、他のものも装飾品に変えられてどこかにあるのだろうか?
「わ、わかりません。知りません!」
「じゃあ、君のお母様のお名前は?」
「お、お母様の名前は――」
セエラ様は口を噤む。
でも、ここで言葉を濁す理由がわからない。
確か、侯爵家のご令嬢という話だし調べればわかること。
そうこうしていると騎士たちも集まってきた。
セエラ様の様子にロキア様が彼女を庇うように前へ出る。
「そんなことはあとで調べればいい! 今は彼女を安全な場所で休ませたい!」
「[リー・サンクチュアリ]の中には魔物は入ってこれません。今この場より安全な場所はありませんよ」
うっかり「え、ソラウ様って敬語使えたんですか」とシニッカさんとオラヴィさんに聞いてしまう。
苦笑いされながら「一応王太子殿下相手ですから」と言われてそれもそうか、と納得。
あまりにもイメージがなさ過ぎてつい……。
「あ、安全な場所なら椅子や温かな飲み物がある……貴殿の屋敷に……」
「は? 嫌ですけど? 招待もしていない人間を、工房や作業場や研究室のある屋敷になんか入れられるわけがないでしょう。危険なものも貴重なものもありますからね。そんなことよりも母親の名前も言えない女を隣に置いているのは王太子殿下というお立場上、よろしいのですか? すでに一つの証拠が手に入っている以上、その女とその女の母は聖女の里を欺き神の御物を盗み出したいわば神に反逆した者。それを庇い立てするなど、この国のみならず他国からも糾弾されても致し方のないことですが?」
「セエラは――! か、彼女が盗んだわけではないのだろう!? それに、セエラの母君が盗んだ証拠もない!」
はあ、と目を閉じて溜息を吐くソラウ様。
ロキア様の言い分の方がもっともだと思ってしまう私は、きっと同じようにソラウ様に溜息を吐かれてしまうのだろう。
「宝冠のネックレス……光の神の宝冠はとても大きかった。光の神の宝具を細工できるのは、聖女だけなのだけ。できる人間は限られる。少なくとも最近
「違います!」
セエラ様が叫ぶ。
ゆらりと立ち上がった彼女はポロポロと涙を流し、そのままソラウ様の胸に寄りかかろうとした。
さらりとソラウ様が体を逸らしたので、前に倒れ込みそうになっていたけれど。
「なんで避けるんですか!」
「そっちこそさっきからなんで俺に触ろうとしてくるの? 気持ち悪いんだけど」
「ぐぬぬ……。わ、わたしはただ……お母様の初恋の方……ジャスティ様の娘になりたいだけです!」
「はあ?」
ぽかん、となる。
多分、私だけではなく、その場の全員が。
「わたしも詳しいことは知りません! でも、お母様は死の間際までパーティーで見かけたジャスティ様に懸想していたと言っておりました。そしてできるならばわたしにソラウ様と結婚して、ジャスティ様の娘になってほしい、と。ジャスティ様のご子息はソラウ様以外皆様既婚者ですし、歳も離れておりますし、ジャスティ様が溺愛しているソラウ様の妻になればお母様も浮かばれるって、思って……。でもでも、お父様は『王太子妃の方がいい、王族に嫁げ』とおっしゃるし……だからロキア様とも仲良くして、聖女として認められて家のお役にも立って、だから……! う、ううう、うわあああん!」
ああ、混乱してられる。
そうか、ご両親からそれぞれ違うことを言われていたのね。
それは確かにご自分でもどうしていいのかわからないわよね。
顔を手で覆って、ロキア様の胸の中に飛び込むセエラ様。
それはつまり、セエラ様自身はロキア様が好き、ということなのだろう。
話しぶりからお母様はもうお亡くなりになっているようだし、亡くなったお母様のお願いならそれは叶えて差し上げたくなるのも当然よね。
「セエラ……大丈夫だ。そうだったのか……」
「なんでその説明で納得できるの? うちの国の王太子ってもしかして底のない馬鹿ぁ?」
「叔父様!」
ついに素を出して罵ってきたソラウ様を、マーキア様が咎める。
周囲の騎士様たちも「言っちゃったー!」という驚愕の表情。
「どっちにしても情報が変に伝わるのもマズイ。この頭お花畑王子と不審者女はこのまま王城に連れて行って監禁しておいてもらう。その間にナンダッケ、この女の家。侯爵家? 調べるよ」
「ルア侯爵家ね。え、調べるって侯爵を? そんな急に、なんの手回しもなしにそんなことできないよ!?」
「しないと二度とこの国に聖女は来なくなるって言えば事態のヤバさが伝わるんじゃないのぉ? 聖女の来訪がなくなるってイコール国の存続に直結するからね? 俺が死んだ五十年先のことも考えて物を言いな」
「ど、どういうことなの、叔父様! ちゃんと説明してほしいんだけど!」
「だーかーら、情報が変に伝わるのマズいから国王陛下に先に報告するって。ほら、騎士ども仕事だよ。王子殿下と侯爵令嬢を王城に護送して。安全で温かなお茶の出るお部屋に監禁しておいてねー」
シレっと監禁て言ってる。
「リーディエ様、我々はお屋敷に戻りましょう」
「待って。リーディエも一緒に来てほしい」
「え!?」
シニッカさんに手を差し出され、その手を取るけれど近づいてきたソラウ様が私を横抱きにして持ち上げる。
わ、わ、わ、わ、わあああああああ!?
「ソラウ様、ちょ、無理ですって!」
「無関係じゃないんだから、諦めて」
そうではなくて、顔が近いんですーーーー!!
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