第31話 夏の森(2)


 シエレラの森はソラウ様のお屋敷の周りにある森。

 魔物の数は少なく、王都にある結界で阻まれる。

 それでも王都のそばにある唯一の大きな森、ということでソラウ様が近くに屋敷を建てて、見張っている――という状況。

 学園の生徒が森に魔物狩りの実習でも使うため、このように定期的に学生がやってくるのだとか。

 パンプスからブーツに履き替えて、マーキア様、ソラウ様、オラヴィさん、シニッカさんとともにシエレラの森に向かう。

 マーキア様が先を歩き、森の中心部近くにたどり着く。

 そこにいたのは数人の騎士と、マーキア様と同い年ぐらいの男子学生が狼狽えながら集まっている。

 

「ヨシュー、 ロキア殿下は!? 見つかった!?」

「い、いいや、まだだ。でも、セエラも一緒だし……もしかしたら……」

「チッ」

 

 数人の生徒に話しかけたマーキア様は、彼らの答えを聞くと舌打ちする。

 ええええ……あんなに年若い公爵家の嫡男様でも、お養父様みたいなことするんだぁー?

 なんて驚いていたら、ソラウ様が私に小さな声で「ここで待っていて」と告げる。

 そ、そうね。私、まだ貴族の御令息の前に出られるほど、教養が身につけてられているわけではないもんね。

 と、その場でオラヴィさんとシニッカさんとともに待機。

 ソラウ様がズンズン腰に手を当てがい、マーキア様の後ろへつく。

 漏れ聞こえてくる会話を盗み聞きする限り、王子殿下はロキア様というお名前。

 我ながら非常識なのだけれど、この国の王子殿下の名前を「へー、そういう名前だったんだ」と思ってしまう。

 習った気がするけれど、あまりにも興味がなくてすっぽ抜けていた。

 そういえばジェリー奥様とハンナ奥様とのお茶会の時に、ロキア殿下は私と年が変わらないんだっけ?

 ロキア殿下は私の一つ下。

 さらにその下にマーキア様と今回ロキア殿下とともにいなくなった後輩学生。

 だんだんソラウ様の声が荒くなる。

 シニッカさんを見ると、シニッカさんの表情もだんだん困り顔。

 オラヴィさんの方を見上げると、視線が険しくなっている。

 

「なんで俺が女生徒と消えた王子を探さなきゃいけないのさ! そんなのよろしくやってるに決まってんじゃないの!? 探しに行く方が空気読めないじゃん!」

 

 というソラウ様の叫び声にマーキア様が盛大に肩を叩く。

 えーと……。

 

「迷子になってしまったのは、王子様と女生徒さんのお二人ということですか? 探すと空気が読めない……のは、なんでですか?」

「えーと、そうですね……デートみたいなことをしているのかもしれませんね、という、話ですかね」

「え、それって……邪魔してはいけないのでは?」

「なので今困っている、という話ですね。さすがに護衛騎士を全員置いていくのは、場所が場所ですからね」

「あ、そ、そうですよね。せっかくのデートなら、もっと美味しいものを食べたりできる安全な場所に行った方がいいですよね」

「「…………」」

 

 と、私が言うと、オラヴィさんとシニッカさんが「そういえばお二人は双子だったな」と思い出すぐらいに同じ冷めた笑顔を浮かべていた。

 あれ? なにかおかしなことを言いました……?

 

「しかし、ソラウ様。ロキア殿下の行方がわからないのは――」

「あーもー! 面倒くさい! 俺のせいって言いたいのね! いーよー? そういうことなら秒で見つけて吊し上げてやるからさぁ! どんな状況で見つけても、それは俺のせいじゃないからね」

「え!? いえ、あの、それは……!」

「せ、せめて場所だけでも……いえ、殿下のご無事だけでもわかれば、それで――!」

 

 騎士様やマーキア様のご学友の方々も焦りながらソラウ様を宥めておられる。

 怒るソラウ様は魔法で背丈ほどある杖を取り出した。

 一瞬で杖の先端の大きな石を輝かせ、波紋のように光が広がる。

 

「あ……? なに? 影樹……!?」

「え!?」

「影樹の反応。西側に――っ! オラヴィ、シニッカ! リーディエを屋敷に連れて帰って! 学生全員森から出ろ! 騎士は学生どもの護衛と、城へ影樹出現の報告! 魔法師団と騎士団を派遣要請も一緒に!」

「はっ!」

「皆様、こちらへ!」

「ま、待って待って待って、叔父様! ロキア殿下は――」

「俺がなんとかする!」

 

 ソラウ様が私の方を振り返り、スタスタと近づいてくる。

 表情が怖い。

 

「屋敷に帰って。影樹が森に生えた」

「影樹……魔物を生み出す穢れた樹、ですね。じゃあ、もしかして魔物が増えるんですか?」

「そう。影樹が生えるところには大型の魔物も増える。いつ生えたのかまではわからないけれど、聖魔法も使えない今の君じゃあとてもじゃないけど魔物と遭遇させたくない。オラヴィとシニッカは最低限戦えるけど、それでも大型に遭遇したら無理だ。屋敷には結界祝石ルーナがあるから、帰ったら起動させて大人しくしてて。いいね?」

「は、はい。わかりました」

 

 確かに私は今までの人生で魔物を見たこともない。

 影樹のそばには魔物が増え、強力で巨大な魔物も生まれてくる。

 つまり、時々朝に散歩していた平和なシエレラの森ではなくなっているのだ。

 さらにソラウ様はマーキア様に「お前も一応俺の屋敷で待ってて」と指示をして、私の護衛役のお一人にマーキア様を加える。

 いいのかなぁ、と思ったけれど、ここから一番近い、一番安全な場所というとソラウ様のお屋敷だものね。

 

「影樹だなんて……こんなタイミングで、なんでそんなことに……っ」

「マーキア様、ここは危険です。すぐにお屋敷へ。リーディエ様も」

「はい、わかりました。マーキア様、まいりましょう」

 

 頭を抱えるマーキア様を支えるようにしながら、ソラウ様のお屋敷へと戻る。

 確かに――この辺りはソラウ様が浄化をしているし、王都の結界祝石ルーナの力が届く範囲内。

 それなのに影樹が生えるなんて、なにか変……のような……?




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