第30話 夏の森(1)


 翌朝から、暦は夏の中期。

 朝食を食べ終わってすぐにお茶を飲みながらソラウ様はなにか言いたげに私の方を見る。

 昨日の今日なので、きっと私の里帰りのことだろう。

 帰る――と言っても、私はまったく記憶に残っていないのだけれど。

 

「えっと、あの、ソラウ様」

「ああ」

「私、先に魔石祝石ルーナの細工を教えてほしいです。本当のお母様にお土産……いえ、私が祝石ルーナ細工師として手に職をつけたから、自立して生きていけそうなのでって……安心してもらいたいんです」

「ふーん。なるほど。うん、いいんじゃない? じゃあ、魔石祝石ルーナのネックレスでも作る? そのあと聖女の里へ行く日程調整しようか」

「はい!」

 

 私の件は、様々な問題が残っている。

 私を攫った聖女の行方。

 その聖女が私とともに里から持ち出した光の神の宝具の行方。

 特に光の神の宝具は神の光を発するので、光の影から影樹が生えてくる。

 それを聞いたらぞっとしてしまった。

 ソラウ様がこれまで伐採してきた影樹は十数本にも上るけれど、各国もその本数に違和感があったらしい。

 ここ十数年、影樹の数が先代聖女の頃よりも多かったという。

 もしもソラウ様がいなかったら、大陸は魔物が溢れて大変なことになっていただろう――と。

 

「つまり、俺が人より多く聖魔力を持っているのは父さんの聖痕の影響だけれど、そもそも影樹が増えた理由も父さんが聖女の里に行ったせいってことだよね。今日、帰ってきた報告に行く予定だったけれどついでに文句いってくる」

「そ、そんな。旦那様もお仕事で迷子になられたんですよね? 仕方ないですよ」

「調べることが増えたんだよ? 文句くらい言わないとやってらんないでしょ!」

 

 またほっぺを膨らませるソラウ様。

 やることなすこと可愛いなぁ。

 

「それにその聖女のせいで君は親元から引き離された挙句、雑に扱われて生きてきたんだよ? 恨んだり、怒ったりするべきだと思うけど!?」

 

 うーん、と顎に指をあてて天井を見上げる。

 あんまり気にしてこなかったけれど……そういうものなのだろうか?

 怒ったり、恨んだりするものなのだろうか?

 

「でも、そのおかげでソラウ様に祝石ルーナ細工師として教えを受けることができましたから、恨んではありません」

「はーあ! これだから……。でも、君が聖女の里の聖女であるのは間違いない。国王に挨拶して各国の王族に会いに行き、影樹伐採や各国王都の結界祝石ルーナの浄化や各所の浄化なんかに行ってくださいってお願いされると思うけどそのあたりどう考えるの?」

「え、ええと……」

 

 正式な聖女の里の聖女ということは、この大陸に対して聖女の里に溜め込まれた光の神の聖魔力を盛大に使わなければいけない。

 使うため、消費するために聖女の里の聖女は外界に派遣されるのだから。

 そして、今代の派遣聖女は――私になるはずだった。

 

「どうやって使うのでしょうか……?」

「本来そういうことも聖女の里で教わることなんだよね。里長が君を連れて里を出た聖女の聖魔力の制限を行えるということは、君も聖女の里に一度帰り扱い方を教わる必要があるってことじゃない?」

「なるほど」

 

 じゃあ、どちらにしても聖女の里には一度行かなければいけないんだ。

 でも、聖女として働くというのがいまいち想像ができないなぁ。

 って、思っていたらソラウ様に「聖女の仕事なら俺が手伝えるし、サクッと終わらせて祝石ルーナ細工に戻ればぁ?」と言われてしまう。

 聖女の仕事が終わったら――

 もうそこまで考えていてくださるなんて、さすがソラウ様。

 私、またこの屋敷に、工房に帰ってきてもいいんだ。

 嬉しくて目を閉じて、その言葉を大切に胸にしまい込む。

 

「とりあえず午前中は魔石の祝石ルーナを――」

 

 ソラウ様が直近のスケジュールの話を始める。

 その時、オラヴィさんが食堂から出て玄関の方へ向かう。

 玄関ホールの方に人の気配。

 叫び声のようなものが、ここまで聞こえてきた。

 シニッカさんと顔を見合わせると、ソラウ様が席から立ち上がって「ちょっとこのままここで待ってて」と指示される。

 ソラウ様が食堂から出て行く、その背中をシニッカさんとともに覗き込む。

 玄関ホールはここから階段を挟んでしまうので、よく見えない。

 けれど玄関扉が開いたおかげで声は通るようになった。

 若い男の声……聞き覚えがある。

 

「マーキア? どうかしたのか?」

「大変なんだ! ロキア様がシエレラの森で行方がわからなくなってしまって……! 護衛騎士も俺以外の側近も見失ってて……!」

「はああ? なんで!? 王子がシエレラの森になんの用なわけ?」

「えっと、その、魔物討伐の実習で――ソラウ叔父様の屋敷の近くなら、最悪ソラウ叔父様に助けてもらえるって……」

「俺昨日まで屋敷にいなかったんだけどぉーーー!?」

「え、えーと、でも、夏の中期には帰って来るって聞いていたし……城仕えの騎士がソラウ叔父様がもう屋敷に帰っているから、って……」

「はーーーー? ……ばっかじゃないのぉーーー!?」

 

 心の底から軽蔑したような声色。

 ソラウ様があんなに本気で呆れ返った声をするのは初めて聞いたかも。

 玄関に来ているのはマーキア様のよう。

 話の内容を漏れ聞く感じ、王子様が屋敷近くの森で行方がわからなくなっている?

 

「ソラウ様。人が迷子になってしまったのですか? 早く探しに行った方がいいですよ! 私もお手伝いします!」

「君ねぇーーー」

 

 居ても立っても居られず、玄関ホールに駆け寄るとソラウ様が不機嫌丸出しで振り返る。

 だって、森で迷子だなんて、絶対に不安ではないですか。

 

「探すのを手伝ってくれるんですか!」

「シエレラの森は時々朝にシニッカさんとお散歩に行っているので、浅い場所なら」

「はあ……」

 

 マーキア様が嬉しそうな表情になる。

 深く深く溜息を吐いたソラウ様は「準備してくるから、君も靴履き替えておいで」とジトっと見られた。

 一緒に行ってくれるんだ!


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