第5話 新婚生活?


「部屋は二階の空いているところを勝手に使って」

「は、はい」

「では、先にお部屋のお掃除をしてまいります。兄さん、荷物をよろしくお願いしますね」

 

 翌朝、朝食後に私はシニッカさんとオラヴィさんと、ソラウ様のお屋敷にやってきた。

 昨日は生まれて初めてのふかふかのベッドに沈んで爆睡してしまったのだけれど、今日からは私も使用人として頑張って働かないとね。

 そう気合を入れたのだけれど、荷物はオラヴィさんに運ばれ部屋の掃除はシニッカさんがやるという。

 ええと……じゃあ、私は……。

 

「部屋を決めたら仕事を教えるから工房に来て。一階の南の部屋だから」

「は――ハイ」

 

 私は他のお仕事があるんですね。

 シニッカさんと二階に行って、階段から一番遠い北の部屋にしようとしたら強制的に東の部屋に決められてしまった。

 昨日泊めていただいた部屋よりは狭いけれど、レーチェお姉様の部屋よりも広い。

 委縮していると案の定、部屋と同じくらいの広さのクローゼットに昨日と同じ量の荷物を詰め込まれてから「お休みの日には肌気や下着を買い足しに行きましょうね」と笑顔で圧をかけられた。

 とても断れる空気ではない。

 

「服も少なすぎますから、まとめて買いましょう」

「あの、私もシニッカさんと同じく使用人の服をいただけませんか?」

「旦那様よりみっともない格好をさせず、公爵令嬢としての扱いをするように申しつかっております。リーディエ様には相応の教養を今からでも身に着けていただくように、と」

「な、なんでですか!?」

 

 意味がわからない。

 なぜ私なんかが公爵令嬢のような扱われ方を!?

 しかも、今から淑女教育を受ける!?

 なんで!? そんな必要がどこに!?

 

「わたくしも詳しくは聞いておりません。ですが、ソラウ様のお弟子さんとして外に出る機会がいずれ来るだろうとのことですので、必要かと」

「ソラウ様の、弟子……え、ええと」

「そういえばソラウ様についてもご存じないのですよね。ええと……かなりものすごい経歴の方ですので、今から説明しますけれど心の準備をしてくださいませ」

「えええ!?」

 

 そんな脅し方ある!?と、思ったけれど、聞かされた経歴は確かにものすごかった。

 前王の王弟ジャスティ様の息子ということで、血筋はもちろんのこと九歳で普通の貴族が十八歳の成人の頃にようやく終了する学業過程を終了させて、聖魔法師として魔物を産む影樹を単独で五本も伐採。

 大型魔物を十二体、お一人で討伐。

 プロティファ王国をはじめ近隣諸国の主要都市の加護結界石を浄化。

 聖女と同等の貴い存在【聖人】の称号を五ヵ国に与えられる。

 それらの功績と血筋も尊重された結果、プロティファ王国の王位継承権第三位に。

 ちなみに第一位は現王陛下のご子息、第一王子ロキア様。

 第二位は旦那様の第一子で現ティファリオ公爵家当主ロディ様。

 現在は祝石ルーナ研究者として、魔石の種類による祝石ルーナ効果の発見により各国の歴史書に名前が載っている。

 

「……………………そんな方の弟子? 私が? なぜ?」

「旦那様からのご指示ですので、わたくしからはなんとも……」

 

 なんでえええええ……!?

 頭を抱えて崩れ落ちた。

 影樹についてはさすがに知っている、

 光の神の後光により生じた影が、現世に伸びたことで現れる漆黒の穢れた樹。

 中からは魔物が無尽蔵に生まれ続ける。

 けれど、その魔物もまた光の神よりの恩恵。

 皮は服に、肉は食料に、爪や牙は武器に、内臓は薬に、魔石は魔道具になる。

 人の生活には、必要不可欠な資源――それが魔物。

 とはいえ危険なことに変わりはなく、影樹は聖魔力を持つ魔法師により定期的に伐採される。

 特に人里近くに生えたものは一刻も早い伐採が望まれ、国中から聖魔力を持つ魔法師が集められて大々的な伐採作戦が行われるという。

 それを単独で?

 大型魔物といえばドラゴンやべへモス、王級や女王級の群れのボスなど。

 それを一人で十五体?

 魔物を見たこともない私でも、それがとんでもないことなのはわかりますとも。

 そんな人が存在するのか。

 そんな人の弟子なのか、私は。

 

「やっぱり意味がわかりません! なんでですか!?」

「直接お聞きになった方が確実かと」

「お話するのも怖いのですが……!?」

「それはすごくよくわかりますが、旦那様からのご指示ですので……。それに、そんなソラウ様のお世話をするよう命じられているのはリーディエ様ですし」

「あ……」

 

 そういえば昨日『研究に没頭しすぎて日常生活も怪しい末っ子の世話係を探していたんだよ。助手兼世話係として、この子の健康管理を頼めないかね?』と言われている。

 あの時は「ソラウ様を主として仕えるメイドになるのかな」と思っていたけれど、しっかり「助手兼世話係」って言ってた。

 つまり、嫁いで新婚生活するっていうよりも……就職?

 私就職したの?

 な、なるほど?

 いや、でもやっぱりわからない。

 もっとちゃんとした人を雇えばいいのでは?

 公爵家ならばそのくらい簡単だろう。

 そもそも旦那様はなんで私を娶られたのだろう?

 

「ええと……シニッカさん」

「はい、なんでしょうか?」

「私って旦那様の妻としてティファリオ家に来たんでしたよね……?」

「はい。あのでも、公爵夫人にはちょっと教養が……」

「そうでした。でも、だとしてもそれでソラウ様の助手兼世話係、というのは……それはそれで『なんで?』となるのですが」

「そうですね。……そういう時は『偉い人の考えることはわからないな!』で、乗り切りましょう!」

「……なるほど!!」

 

 要するに「考えるのは無駄!」ですね!

 わかりやすい!


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