第3話 嫁入り(3)


 シニッカさんに浴室に連れていかれ、徹底的に磨かれる。

 爪も足の指の間も汚れている、と言われてしまった。

 令嬢でなくとも公爵家の屋敷に滞在するのなら、そもそも汚れを持たないようにするべき、ということらしい。

 一昨日の夜まで暖炉掃除していたので爪の間まで汚いから、シニッカさんにはご迷惑をおかけしました。

 肌も美容液やクリームを全身に塗りたくり、髪にも香油を塗られる。

 新品の下着と肌着を着せられ、ナチュラルな化粧を施され、カジュアルドレスを着せられた。

 既製品で申し訳ありません、と謝られたけれど……こんなに綺麗な新品を着たのは生まれて初めて!

 鏡の前にいるのは見たことのない

 

「ええ? 生まれて、初めて? どういうことですか?」

「物心ついた頃から、私は養子だから屋敷の掃除をしなければならないと言われていたので……」

「あらあらまあまあ……」

 

 次は挨拶の作法を、という時に扉がノックされた。

 私と同い年くらいの若いメイドが入ってきて、対応したシニッカさんになにかを言づけていく。

 

「大変です、リーディエ様。旦那様が予定よりも早くお戻りになりました!」

「ええええ!?」

「リーディエ様がご挨拶を希望していることは伝えていただいているので、すぐに向かわなければなりません。大丈夫ですか?」

 

 全然心の準備ができてませんけど!

 でも、騙すようなのは嫌なので、ちゃんと謝りたい。

 

「――はい、大丈夫です。行きます」

 

 

 

 階段を下りて案内されたダイニング。

 落ち着きのある明るい茶色を基調とした部屋。

 談話室だというそこには、白髪の老紳士とアンバーローズの髪を一つに結った年若い男性が一人かけソファーに座っていた。

 ギョッとしてしまった。

 前公爵――ジャスティ・ティファリオ様だけだと思っていたら、お客様も同席されている……!?

 驚きすぎて思わずシニッカさんの方を見てしまう。

 

「ソラウ・ティファリオ様です。旦那様のご子息のお一人で、祝石ルーナを研究しておられます」

「る、るーな……?」

 

 聞き返すと、またもギョッとされた。

 あれ、もしかして私って常識的なものも足りていない人でしたか?

 謝罪内容が増えましたか……?

 

「これはこれは……はてさて、いったいどういうことなのだろうな?」

「も、申し訳ございません!」

 

 老紳士が口を開いた。

 驚きすぎて条件反射で全力で頭を下げる。

 そしてそのままシニッカさんにしたのと同じ説明と謝罪をした。

 

「まあまあ、頭を上げなさいな」

「は、はい、申し訳ございません」

「謝罪は不要だよ。実は事前に君のことは下調べしてあったんだ」

「へ、え?」

 

 ふふ、と笑いながら旦那様はティーカップからお茶を一口。

 そしてアスコさんに「うん、今日もいい香りでいつもの味だね」と微笑む。

 ええと、下調べされていた、というのは、つまり……どういうこと?

 

「こちらに座って。少し話をしよう。まあ、君に直接会って少々状況が変わってしまったけれど……」

「え、ええと……失礼いたします」

 

 シニッカさんの方を窺うと、もちろん座ってと促される。

 観念して一人かけソファーに座らせていただく。

 こんなにふわふわの椅子、生まれた初めて座った。

 す、すごい、ふわふわなのにしっかりと支えられる感じ。

 

「さて、まず今回の婚約話、君はハルジェ伯爵にどのように聞いているのかな?」

 

 と穏やかな笑顔で聞かれて困惑した。

 私は素直に「こちらに嫁ぐように、とだけ……」と答える。

 実際お養父様にはそれしか言われていないし、お養母様はそもそも私の顔を見るのも嫌がるから会話どころか屋敷内で姿も見ていない。

 そう言うと旦那様はティーカップをソーサーに戻す。

 

「そうなのか。そして令嬢に必要な教養も身に着けていないようだね。荷物もカバン一つだと聞いているよ」

「は、はい。使用人のように屋敷の掃除などをしておりました。ですから、あの……私はとても旦那様の妻として振舞うことは、できませんので……お許しいただけるのでしたら、下働きとして雇っていただくこ可能でしょうか!? いえ、あの、こんな詐欺のような真似をしてお屋敷に入り込んでおきながら図々しいことは百も承知なのですが! ここを追い出されましたら行く当てもなくて……! ですから、せめて他の働き口が見つかるまで、物置にで置いていいただければと……」

「ふむ……そういうことならやっぱりお前のところで預かってもらうのが一番いいね」

 

 私ではなく、ソラウ様にそう話を振る旦那様。

 恐る恐る顔を上げるとソラウ様と目が合う。

 シャルトルーズイエローの瞳。

 まるで宝石みたいな眩い色。

 瞳はあんなに美しのに、目の下にはくっきりとしたクマが浮き上がっている。

 

「え、ええと……」

「この子はソラウ・ティファリオ。私の一番末の息子でね、祝石ルーナ研究者をしている。祝石ルーナってわかる? 知っているかな?」

「え、ええと……申し訳ございません。し、知りません……」

「そうか。じゃあ、そこから教わるといい」

 

 へあ、と目を白黒させる。

 ど、どういうこと? どういう話になっているの?

 困惑していると旦那様が「妻も間に合っているし、屋敷に今以上に使用人はいらないんだよね」と言い放たれた。

 

「その代わり、この研究に没頭しすぎて日常生活も怪しい末っ子の世話係を探していたんだよ。結婚適齢期も過ぎているのに、女嫌いでいけない。まあ、幸いにもうちはもう長男のルディが公爵位も家も継いでくれているから、後継ぎには困っていない。一生独身でも構わないんだけれど、父より先に逝かれそうなほど不摂生は見過ごせない。助手兼世話係として、この子の健康管理を頼めないかね?」

「え、ええと……」

「ちっ」

 

 舌打ちしてらっしゃいますけれど!?

 

「いいね? ソラウ。それに、この子は祝石ルーナも知らないようだ。常識的なところも怪しい。人に教えることは自分の知識の確認にもなる。学園の教師を断るんだったら、この子に面倒を見てもらいなが面倒を見てあげなさい」

「あーもー。わかったよ! その代わり、学園教師の話はちゃんと断ってよね!?」

「約束するよ」

「じゃあ、自分はもう戻るから」

「それはダメ。夕飯一緒に食べていって。パパ命令」 

「ウッザ!!」

「…………」

 

 にっこり笑う旦那様に、心底鬱陶しいという態度を崩さないソラウ様。

 祖父と孫ほど年の離れた親子だからなのだろうか?

 ハルジェ伯爵家の親子関係しか知らない私には、なんだか不思議な親子関係に見えた。

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