第2話 嫁入り(2)


 馬車で丸一日、移動して王都近郊の大きなお屋敷に到着した。

 御者が扉を開けて、下りるように促される。

 門の前に待っていたのは燕尾服の親子。

 

「ようこそ、リーディエ様。わたくしはこのティファリオ家のお屋敷の管理を務めております、アスコ・ロヴァンペラと申します。こちらは息子で見習いのオラヴィ。リーディエ様のお世話を担当する娘のシニッカです。長旅でお疲れでしょう。先にお部屋にご案内いたしましょう」

「こちらですわ」

「は、はい」

 

 三人に屋敷の中をさらりと教えてもらいながら、三階の一室に案内された。

 見たところ客間のようなのだけれど……それでも一等部屋じゃない?

 ダイニングと寝室が繋がっており、寝室のクローゼットは衣装室も兼ねてある――ハルジェ伯爵家の私の部屋の三部屋分の広さがありそう!?

 

「ひ、広すぎませんか!?」

「さようですか? ご結婚されるまでは他家のご令嬢ですので、旦那様は『お預かりしている状態なのだから、丁重に扱うように』と仰せつかっておりますので何卒ごゆっくりおくつろぎください。旦那様は夕方にはお戻りになるとのことですので、ご挨拶はその時でよろしいですか? それとも本日はもうお休みになられますか?」

「いえ、あの……はい! 旦那様がお戻りになりましたら……ぜひご挨拶を……!」

「かしこまりました。旦那様がお戻りになりましたら、お声がけいたします。シニッカ」

「はい、あとはお任せください」

 

 アスコさんとオラヴィさんが部屋から出て行く。

 残ったのはシニッカさんのみ。

 私の荷物を持ってクローゼットに運ぼうとする。

 

「あ! 私が……」

「え? ああ、大切なものが入っているのですか?」

 

 どうぞ、とボストンバックを差し出される。

 ひとまずバッグを取り戻し、寝室に持っていくけれどすでに既製品のカジュアルドレスや夜会用ドレスが五種類ずつハンガーにかけられているクローゼットに入り、下着や肌着を空のタンスに入れていく。

 ブラウスとスカート三着を入れて、クローゼットを出る。

 寝室に戻り、レーチェお姉様から誕生日に貰った日記帳と万年筆、刺繍キット、裁縫セット、文字の勉強用の絵本。

 ベッドの隣にあるチェストの引き出しに入れて、完了した。

 

「……。え?」

「え?」

「えっと、他のお荷物は……後ほど届くのでしょうか? それに、あの、ブラウスとスカートは、型も崩れていましたし生地もかなり薄くなっておりましたし……まだ着られるのですか?」

「え、あ、は、はい。まだ着られると思って……。な、なにかまずかったですか?」

 

 聞き返すと、それはもう目をまん丸く見開かれ、驚かれた。

 そして硬直。

 まずい。なにがまずかったのかはまったくわからないけれどなにかがとてもまずかったんだ!

 どうしよう、どうしたらいいのだろう!?

 

「事情のあるご令嬢が来られるとはお聞きしておりましたが……ええと、リーディエ様は淑女教育などは受けてこられたのでしょうか?」

 

 学がないことがもうバレた!?

 

「え、ええと、その……も、申し訳ございません! ……じ、実は――」

 

 これはもう観念しよう。

 ここを追い出されたらどうすべきかはわからないけれど、まず私はハルジェ伯爵家には容姿で入った身元不明の孤児であり、籍自体は伯爵家次女とされているけれど淑女教育は受けておらず、読み書き程度はできるけれど屋敷では使用人として働いていた。

 レーチェお姉様の侍女として令嬢の身の回りの世話の経験はあるけれど、私自身は令嬢としての教養は持ち合わせていない。

 そんな娘が由緒正しい王家の血を引く元公爵様の妻の座に入るなど、おこがましいにもほどがある。

 土下座で謝罪をすると、シニッカさんは「そういう事情でしたのね」と頬に手を当てて困った表情。

 

「ともかく立ち上がってくださいませ。お屋敷は父が回しておりますし、リーディエ様がなにかしら事情のある方だということは旦那様も最初から理解の上お迎えするようにとおっしゃっておられましたの」

「え、え? ええと……」

「旦那様にご挨拶の時、ご自身でお聞きした方がよいでしょう。旦那様がリーディエ様を引き取られたのは、リーディエ様に妻としての役割をお望みだからではないのだと思いますわ。旦那様は三番目の奥様を本当に愛しておられて、いつも『彼女以上の女性にはもう二度と巡り合えない』とおっしゃているんです」

 

 え、と驚いて顔を上げた。

 シニッカさんは穏やかな笑顔で「旦那様を貶めるような噂もありますが、そんな噂は全部嘘ですわ」と言い放つ。

 それで自分が噂を疑っていたのだとバレていたのだと知った。

 ああ、どこまでも私ってば……。

 

「申し訳ございませんでした……。噂を鵜呑みにしている部分もありました」

「外から来た方ですもの、仕方ありませんわ。それに、淑女教育も受けておられないということですものね。それについてはご実家の事情もあるのでしょう――けれど……。いえ、そのあたりはわたくしどもが詮索することではございませんわね。ともかく、そういうことでしたら早めに旦那様にご挨拶する準備を始めましょう。最低限の受け答えができるか、確認させていただいても?」

「は、はい!よろしくお願いいたします!」


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