第26話

なんでここにいるの?

自分を追いかけてきたんだろうか。


恐怖で体がすくんだ。

それでも足は逃げ出そうとして動いていた。


赤信号で車が行き交っている交差点へ向けて。


千秋の体は自分の言うことも効かなくなり、横断歩道へと飛び出したのだった……。


☆☆☆


そうして交通事故に遭った千秋は数日前に目を覚ました。

目を覚ました瞬間、あぁ、目が覚めてしまったんだと落胆したことを覚えている。


自分なんてあのまま死んでしまえばよかったのに。

学校へ戻るくらいなら、死んでよかったのにと。


すべてを聞き終えたとき、珠美は泣きじゃくっていた。



「ごめんなさい。ごめんなさい」



と、何度も繰り返している。

奈穂はうつむいて肩を震わせ、豊と一浩も唇を引き結んで目に涙を浮かべている。


自分たちがしてしまったことは『ごめんなさい』で許されるものじゃない。

千秋の心はいくら謝罪したところで元には戻らない。

傷は永遠に残ってしまうだろう。



たとえこの先松葉杖なして歩くことができたとしても、心の傷までは癒せない。



「本当は……私達には謝る資格だってないのかもしれない」



奈穂が震える声で呟く。

声を出すたびに涙が滲んできて、床にシミを作った。



「そうだね。謝られたからって許せることじゃないよ」



千秋がハッキリとした声色で答えた。

一浩の体がビクリと跳ねて震える。



「俺たちはどうすれば……」


「これからずっと償ってもらう。私は学校へ戻ることに決めたから、まずはカンニングが嘘だったってことをみんなに伝えて」



一浩は何度も頷いた。

それくらいのことなら当然するつもりだった。



「靴も返して」



「わかってる……」



一浩の頬に幾筋もの涙が伝う。

声は震えて、もう以前のような凶暴さは鳴りを潜めていた。



「それと……」



千秋の視線が他の3人へ向かう。

奈穂は涙でにじむ視界で千秋を見た。



「私は誰かの宝物なの。その宝物を壊してしまったことを、謝って」



それは千秋の両親、友人らへの謝罪を意味するんだろう。


奈穂は何度も頷いた。

ここまできて、もう隠し通せることはないだろうと思っていた。


自分たちのしたことをすべての人に謝罪して、それでも元の生活に戻ることができるかどうかはわからない。

きっと、4人のことを悪く言う人たちだって出てくるはずだ。


それでも、千秋の傷に比べたら軽いはずだった。



自ら目覚めなくてもいいと考えてしまうほどの深い傷に比べれば。



「それと」



千秋は言葉を付け足す。



「もうこんなことはしないで。私みたいな子を増やさないで」

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