自殺教室

西羽咲 花月

第1話

なにか夢を見ていた気がするけれど、目が覚めたときその夢の内容は簡単に記憶から消えていってしまった。

体が痛くて身を捩り、地面の硬さに首を傾げた。


いつものベッドに眠っていない。

そう気がついて上半身を起こすと、そこは見知った教室の風景だった。

下平奈穂は「え?」と小さく呟いて立ち上がり、周囲を見回した。


周りに居たのはクラスメートの中武珠美、望月豊、杉本一浩の3人だ。



「あれ? なんで俺こんなところにいるんだ?」



一浩がキョトンとした表情で頭をかいている。

みんな、なぜか制服姿だ。



「ちょっと、なにこれ?」


「うお、なんだ?」



珠美と豊のふたりも今の状況に混乱し始めている。

もちろん奈穂も同じくらい動揺していたけれど、周りにいるのは見知った顔ばかりということでなんとなく安心してしまった。



「みんな、どうしてこんなところにいるの?」



そう聞きながら近づいていくと珠美が左右に首を振った。



「わからないよ。だって私、ちゃんと自分の部屋のベッドで寝てたもん」



「俺も同じだ」



隣で一浩が同意を示す。

どうやらそれも全員一致しているみたいだ。


奈穂は昨日の夜のことを思い出していた。

昨日は夜10時には自分の部屋に戻って、明日の学校の準備をした。


そのままベッドにもぐって眠りについたんだ。

もちろん、制服に着替えた記憶も、学校へやってきた記憶もなかった。



「集団催眠かもしれないな」



ふと気がついたように言ったのは豊だった。



「集団催眠?」



奈穂が聞き返す。



「そう、前にテレビで見たことがある。同じ場所にいた全員がありえない化け物を見たって話。だけどその化け物を見る前にそこにいる全員は同じ怪獣映画を見ていたんだって。それが原因でみんなが同じ幻覚を見て同じように逃げ出したらしい」


「もしそうだとしても、俺達にそんな共通点はないだろ」



一浩が腕を組んで仁王立ちしている。



私たちの居痛雨天といえば安岡中学校2年B組の生徒ということくらいだ。

一浩は派手なタイプで学校でも授業に出たり出なかったりしている。


豊は一浩と仲がいいけれど、授業にはちゃんと出席していてどちらかと言えば真面目なタイプだ。

珠美は地味で目立たないタイプで、あまり自分から発言はしない。


今はこの状況で興奮しているのか、普段よりも口数が多くなっている。

でそして奈穂はごく一般的な生徒だった。


地味でも派手でもなく、そこそこ校則は守りながらもスカート丈を少しだけ短くしてみるとか、ちょっとした冒険はしている。

至って、一般的といえた。



「私たちの共通点は同じクラスの生徒ってだけだよね。集団催眠なんてきっとかかってない」



奈穂はそう言いながらスカートのポケットを探った。

いつもここにスマホを入れいてるから、癖でつい触ってしまうのだ。


でも、そこにスマホの感触はなかった。



「私、スマホを持ってきてないみたい」



「私も、さっき探したけどなかった」



珠美がすぐに同意する。

他のふたりも制服のポケットを確認しているけれど、その中からはチリ一つとして出てこなかった。



「おかしいな、ハンカチもないなんて」



豊が首を傾げている。

ハンカチはポケットに入れっぱなしにでもしていたのだろう。



「迎えが呼べねぇな」



一浩がチッと小さく舌打ちをする。

教室内は電気がついていて明るいけれど、外は真っ暗だ。


時計の針を確認すると午前3時だとわかった。

夜が明けるまでにはまだまだ時間がありそうだ。


真っ暗な中家に帰ることを思うと、憂鬱な気持ちになる。



「夜明けまで待って帰る方が安全かもしれないね」



奈穂が珠美へ向けて声をかける。

同じ女子生徒同士だから同意してくれるだろうと思ったけれど、珠美は鋭い視線を奈穂へ向けた。



「そうだね、奈穂は可愛いから」



その言葉に棘を感じてあとずさりをする。



「私は大丈夫。誰も相手にしないから」



更に続けられた言葉に返事ができなくなってしまった。

奈穂と珠美は普段それほど仲がいいわけではないから、珠美が自分の容姿をコンプレックスに感じていることなんて知らなかった。


悪気はなかったといえ気分を悪くさせてしまった奈穂はそっと珠美から距離を置いた。



「女子は送ってあげるよ。それから帰っても大差ないし」



そう提案したのは豊だった。

男子が一緒なら真夜中に歩くことも悪くないかも知れない。


奈穂は内心ホッとする。



「俺は真っ直ぐ帰るぞ。付き合ってられねぇから」



一浩は相変わらず一匹狼で協調性はないらしい。

普段の学校生活からしてそういう態度だから驚きはしないけれど、こんなときくらい協力してもいいのにと思ってしまう。


そんな不満が顔に出ないように奈穂は豊へ笑みを向けた。



「ありがとう。お願いできる?」



「もちろん。珠美も行こう」



豊に声をかけられた珠美がようやく近づいてきた。

そして4人で教室を出ようとした、そのときだった。


奈穂がドアを開けようとしてもそれはびくとも動かなかったのだ。



「あれ? ドアが開かない」


「カギがかかってるんじゃないか?」



豊に言われてカギを確認してみるけれど、それは確かに開いていた。



「カギは空いてる。でもドアが動かないよ」



向こう側からつっかえ棒でもされているんだろうか。



「それなら窓から出ればいい」



一浩が廊下側の窓に手を伸ばす。

その窓はクレセント錠で、反転させて解錠させるタイプのものがつけられている。


カギも鍵穴もないから簡単に開閉できるはずなのに、なぜか手こずっているのがわかった。



「なんだこの窓、カギは開けたのに開かねぇ!」



一浩が叫び声に似た声を上げる。

さっきから両手をつかって懸命に窓を開けようとしているため、顔は真っ赤に染まっていた。


一浩の二の腕は筋肉で持ち上がっているし、これが嘘だとは思えなかった。



「窓もドアも開かないってこと?」



珠美が青ざめた顔で聞いてくる。

奈穂は答えずにまたドアと向き直った。


両手を使い、力を込めて開こうとする。

けれどドアはびくともしなかった。



「こっちもダメだ!」



振り向くと豊がベランダ側の窓が開かないか確認しているところだった。

でも、そこも開かないらしい。


だんだん焦りが湧いてきて、背中に冷たい汗が流れ落ちていく。



「閉じ込められたってこと?」



誰にともなく問うと、血管を浮き上がらせた一浩が椅子を持って廊下側の窓へ向かった。



「なにするの?」



奈穂が思わず声をかける。

一浩は答えずに勢いよく椅子を窓に打ち付けたのだ。


がんっ!

鋭い音が響き、珠美がビクリと身を縮める。


しかし窓は破られていない。



「くそっ。結構力入れたのにな」

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