20 皇家の夕食会 -1-
食事会は身内だけの気軽なもの、とは聞いていたがエリーシャはさながら「空気」のような扱われ方だった。
皇帝は葡萄酒を傾けながら、隣に座る弟のモーヌ公爵とばかり話している。それに時折、ジェスタとユーリスが加わることで会話はほとんど完結していた。集った皇族の中で女性が、エリーシャだけだったというのもあるだろう。皇帝はまるでエリーシャに興味を持っていないようすだ。気楽ではあるがはたしてこれでよいのか不安にもなる。
婚約者を見定める、という話はどこへいったのか。ユーリスがこれでいいと考えているのかは不明だ。薄笑いを浮かべながら、若干苛ついている婚約者の気配を、隣に座るエリーシャは肌で感じていた。
かちゃかちゃと隣で音を立てながら食事をしているモーヌ公爵の息子、レミルも同様に放置されていた。
先ほどからちらと父親に視線を向けては「気づいて」と叫んでいるようなのに、一度も顧みることはない。それがいじらしく、むうっと頬を膨らませているレミルが気の毒に思えた。
「レミル様。お肉、美味しいですね。よろしければ切り分けるのをお手伝いしましょうか」
空気同然だったエリーシャに話しかけられて吃驚したのか、きょとんとした。そして次の瞬間、爆発したかのように大声を上げた。
「ウサギ女!」
「え……っと」
「変なの! おまえは目も真っ赤で髪も真っ白っ、気持ち悪っ!」
言われ慣れた言葉ではあるが、子供は言葉を選ばないので残酷だった。傷つきはしないがどう宥めたものか苦心する。
「わたしの家族はみんなこの眼と髪なんですよ~?」
「うげっ、みんな化物じゃんっ、気持ち悪い気持ち悪いっ! こっち見んな! ブース!」
「……ふふ」
相手は子供、相手は子供だ――おとなの対応をしなくてどうする。
内心いらっとはしていても表情に出してもいけないし、言い返してもいけない。
我慢しなければ――そう思っていたところで、ようやく紳士たちはテーブルの端に追いやられた女子供の挙動がおかしいことに気付いたようだった。
「レミル! フォレノワール伯爵令嬢に失礼だろう、謝りなさい」
「絶対やだっ! 父上、だってこいつ気持ち悪いんだもん」
「……レミル公子」
低く唸るような声にレミルがびくっと肩を揺らした。
「僕の婚約者を侮辱するのはやめてもらえるかな」
「ユーリス、様……? あの、悪気はないと思うので……」
ユーリスはエリーシャが止める間もなく立ち上がると、レミルの前の皿に放置されていたフォークを引っつかんだ。
「でも、ユーリス殿下! この女……っ、ひぃ!」
ガンっと食堂に鈍い音が響いた。
先の尖ったフォークをテーブルに勢いよく突き刺し――素早く引き抜く。
真っ白なクロスに、油と血で濡れた刺し跡が残る。
「――調子に乗るなよ、クソガキ」
ぼそりと、レミルとエリーシャにしか聞こえないような音量でぼそりと呟く。何事か、とようすを窺っている皇帝たちには「テーブルの上に虫がいたので退治しました」なんてしれっと答えている。
恐怖のあまり無言になってしまったレミルを放置して、大人たちは再び関心事への議論を再開させている。さすがに可哀想だ――抗議すべきか悩んだところで、風向きが急に変わった。
「そういえば、このひざ掛け。温かいな、昨日の晩餐には用意がなかった気がするが」
「ああ……それはエリーシャからのささやかな贈り物です。彼女の故郷、フォレノワール州ではヤンペルト羊の放牧がさかんなので」
「ほう。そうであったか――我がヴィーダ帝国の西端だな。あの、なんとかという口のよく回る伯爵が管理している」
エリーシャ、とユーリスに促されて口を開いた。
「わたくしの父、ヴィオラ・フォレノワール伯爵です、陛下」
「そうか。心遣い、感謝する――フォレノワール嬢」
「いえ、少しでも陛下のお役に立てたなら嬉しく存じます。羊たちも喜ぶことでしょう」
「ははは、フォレノワール嬢は面白いことを言う! 羊も帝国の貴重な財産である。くれぐれも大事にするよう伯爵に伝えよ」
ようやく、皇帝はエリーシャに目を留めた。
それ以降はもう興味をなくしたとばかりに話しかけることはなかったが、ひと仕事終えたような感覚があった。
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