AI偉人美容師のカットモデル

ちびまるフォイ

当時のナウくてヤングでイナセなゲキマブヘアー

「いらっしゃいマセ」


AI美容室に入ると手早く案内される。


「これから人と会うから、早めに終わらせてくれ」


「かしこまりました。10分で終わります」


「そりゃよかった」


「髪型はどうされますカ?」


「そうだなぁ。全体的に2mmほど切ってくれ。

 ボリュームを抑えたいんだ。あっ、前髪には手をつけるな。

 これは命だからな。こう右側だけ垂らしてるのがポイントで……」


「できまセン」

「は?」



「そういったご注文は受け付けていません。

 お手元のカタログからご注文をドウゾ」


「なんだって?」


カタログ、と表紙に書かれているのはどうみても世界史の教科書。

AIのジョークとしても笑えない。


「おい、ふざけないでくれよ。こっちは急いでるんだ」


「ふざけていません。カタログからご注文を」


「いい加減にしろ。客の注文が聞けないってんなら帰らせてもら……あれ!?」


「途中退店はできまセン」


椅子にがっちり固定され、逃げることができない。

隣の客はザビエルの髪型にされて半泣きになっている。


「おいおい……まじかよ……」


「ご注文を。規定時間をすぎればこちらで決めマス」


「ふ、ふざけんな! バッハみたいにされたら困る!」


「それにしますか?」

「しねぇっつってんだろ!」


時間がない。無難な髪型を探してさっさと出るしかない。

教科書を開いて偉人のヘアチェックする余裕もない。


とりあえず無難な髪型っぽい人を選択すればいいか。


「そ、そうだな。それじゃ……ナポレオンで」


「ではカットに入ります」


「あ、いや!! ちょっとまって!!」


ふと脳裏に浮かんだ"かっこいい偉人像"からナポレオンを注文した。

しかし、髪型はどうだったか。


イメージは馬にまたがった姿の肖像画しかないが、帽子をかぶっていた。

その帽子の内側のヘアスタイルはどうだったか。


悩んでいると、また別の客がカットを終えた。


「ナポレオンカット、終了しまシタ」


慌ててそちらに目を奪われる。

思わず「うっ」と言葉をつまらせた。


おそらく自分と同じくかっこいい偉人を選択したのだろうが、

ナポレオンと同じ髪型はあまりにぺっちゃんこで、あまりに寂しい頭頂部。


帽子をかぶって肖像画にしていた理由がよくわかった。


「ナポレオンでよろしいですカ?」


「ち、ちがう!! やっぱり別のにする!!」


どうして歴史上の偉人は変な髪型しかないのか。

とにかく精神的ダメージの少ない髪型を探そうにも思いつかない。


願わくばAIカットされないまま退店できるのが理想。


「……いや、待てよ。大事なのはどの髪型が無難かじゃなく

 そもそもAIにカットさせないほうがいいんじゃないか」


AIがカットできないとさじを投げれば、拘束も解除されるだろう。

もっとも安全かつ完璧な作戦だ。


「ご注文ハ?」


「そうだなぁ……。それじゃ、クレオパトラの髪型を」


「かしこまりマシタ」


なにが"かしこまりました"だ。できっこない。

古代エジプトのそれも偉い人の髪型とくれば、

凡人にはマネできないほど凝った作りをしている。


そのうえ古代という現代では用意できない整髪料も使われているだろう。

こんなものが再現できるわけがない。


あとはAIが諦めるのを待つだけだ。

すると、先に鏡を通して反対側に座る客のカットが終わる。


「カット終了。ご注文の"マリー・アントワネット"でス」


鏡越しにみてあまりのクォリティの高さに言葉を失った。


たくさん盛られた髪とカールのバランスが完全に再現されている。

それも10分で。


こんなに難易度の高い髪型であっても難なく再現してしまうのであれば、

古代の人間が手作業でやった髪型なんてすぐに再現できてしまうだろう。


「ではカットはじめマス」


「わぁああああ!! 待って! 待ってストップ!!!」


「注文取り消しは2度までデス。次はありまセン」


「えええ!?」


ついに最後まで追い込まれてしまった。


世界史を眺めてもろくな髪型ない。

いっそ、ちょんまげにでもしてネタとしてごまかすか。


いや、仮に一時的に笑いが取れたとして

その後の生活を考えるとあまりにリスクが大きい。


どんな髪型にしても地獄の日々が待っている。

なんとかしてカットを阻止できれば……。


そのとき、相手がAIであることを思い出した。


「そういえば、最初のときも頑なにカタログから選べと言ってきたな……」


人間の美容師と異なり、AIはインプットされた髪型しかできないのだろう。

その再現率は人間を超えるとしてもアドリブはきかない。


だったら、そこにつけいる隙がある。


「カットモデルを決めたぞ」


「なににしますカ?」



「ルイ104世の髪型にしろ!」



「かしこまリ……リ……リ……」



もちろん、そんな人物はいない。

注文をきくとAIの動きがピタリと止まった。


きっと今必死にデータベースから髪型を引っ張り出している。

永久にゴールのない迷宮に入ったことも知らずに。


「ふふ、できないようだな。じゃあもう結構。俺は帰らせてもらーー」





「かしこまりまシタ!」


「えっ」


AI美容師はすさまじいハサミさばきでカットをしていく。

動けば耳が削ぎ落とされかねない。逃げるに逃げられなかった。


ついにAI美容師のカットが終わる。

AIは満足げに伝えた。


「ルイ104世という人物はカタログに存在しませんでシタ。

 ですので、ルイ家の髪型にしたがいましタ」


「こ、これって……」


おそるおそる頭をさわった。

広がっていたのは絶望だった。




「当時はカツラをかぶり、頭はつるっぱげにする伝統でシタ。お似合いですヨ」

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