第15話 四流


「勝つぜ」


 そう、迅君は息巻いてくれる。

 それが今は有難い。


 だって、状況は絶望的だ。


 立花吟。白地騎士団ホワイトナイツの副団長。

 そして、迷宮都市最強。

 彼女だからこそ、ここまで耐えられたのだ。

 目の前に立ってみて分かる迫力は、今まで私が戦ったどんな相手よりも強力で。


 対してその立花吟は、今や戦闘不能。

 這いずる状態で逃げる事もままならない。


 戦力の全ては私と迅君だけ。

 でも、相手は一匹じゃない。

 時間を掛ければ感染した他の探索者を呼ばれる。


 いや、もしも感染対象が魔獣にも及ぶなら。


 それが集まって来れば、勝ち目なんて針の糸を通す程も無い。


 一瞬で決着をつける。

 それだけが現状の答え。


 でも。


「悩むなら、どうやって勝つかだ。勝てねぇ理由なんかどうでもいいんだよ」

「迅君……別に、何も言ってないでしょ」

「お前の顔見てりゃ分かる」

「だから二人は……逃げ……グフッ」

「「黙ってて(ろ)!」」

「む……ん……」


 勝つ。そうだね。やるしか無いんだ。

 久我さんの為にも、この階層に居る他の探索者の為にも。


 私自身の為にも。


「私が触手を叩き落とす」

「あぁ、俺が本丸に風穴を空けてやる」


 水操――トリプルウィップ。


 今の私の魔力操作で操れる水を全て使っても、並列で処理するなら3本が限度。

 敵の触手は14本。


 さっき立花さんに撃ち抜かれた分も再生してる。

 触手を幾ら斬っても無駄って事。

 だったら狙うは中央にあるハエトリソウみたいな本体。

 大型魔獣の口みたいなアレだ。


 という事は、そこまで迅君を届けるのが私の仕事。



【キキキキキキキキキキキキキ!!!!!】



 まるで金属がぶつかる様な音を立てながら、植物モンスターの歯が何度も噛み締められる。

 威嚇行動だ。敵も殺気立ってる。


「葉っぱ如きが吠えてんじゃねぇ。行くぜ。クイックアーツ――加速アクセル!」


 迅君が最速で飛び出す。

 触手がそれをに纏わりつく様に動き始めた。

 一本一本弾いてたら足りない。

 だから私は線を引く。


 迅君の頭上に二本の線を水の鞭で引く。

 すると、それに阻まれて触手は迅君まで届かない。


 触手は水の鞭に巻き付く様に曲がり迅君まで伸びて行くが、一度威力が殺されればその速度には追い付けない。


 だが魔獣にあるまじき冷静さで、残されていた一本の触手が迅君を真正面から襲う。

 けれど、手を残してたのは私も同じ。

 最後の一本同士で弾いて、迅君の道を開く。


「ナイスだ」

「行って!」

「魔力集中。斬撃強化」


 身体強化。しかも一点に集中させた最大攻撃力。

 その魔力の宿った短刀を持ったまま、迅君身体は魔獣パラフレシアの口を縫い付ける様に串刺しにした。


「やっ」

「ってない。早く離れて!」


 私の横に倒れる立花さんが大きく叫ぶ。

 迅君にも声が届き、後ろに跳躍したその瞬間――


 プシュゥ。


 という音と共に、紫色の煙がパラフレシアの口から吐き出された。


「なに……?」

「あの魔獣が使う毒は一種類じゃないの。シールドッ!」


 また立花さんの異能が発動する。

 私と彼女を守る様に結界が展開された。

 煙まで遮断できるのか。


 迅君も直ぐにそこに飛び込んでくる。


「迅君! 大丈夫!?」

「クソが……吸ってねぇのに……」


 膝が折れた。

 そのまま何よりも大事な筈の短刀を取りこぼす。

 迅君の右腕が紫に染まっていた。


「肌から吸収されるタイプだから、息を止めるとか関係ない」

「なんであんたは罹ってねぇんだ」

「私、だから」

「理由になってねぇだろ、クソ……」


 腕だけじゃない。

 迅君の症状は右半身だ。

 足も使い物にならなくなってる。


 見誤った。いや知らなかった。

 こんな力があるなんて。

 これはパラフレシアの通常種には備わってない力。

 こんなの想定できる訳が無い。



 いや、全部私の馬鹿が招いた事だよね。



 ダンジョンっていうのは最初から理不尽な物だった。

 この杖っていう理不尽があったから、抵抗できてただけ。

 私は最初っから、何もできない小娘だった。


「迅君」

「あぁ、次はどうする?」

「片足でも逃げれるよね」

「あぁん?」

「その人連れて逃げて、それで応援呼んで来て。私が時間を稼ぐ」


 私がそう言うと、迅君は形相を浮かべて私を睨む。


「…………テメェ、本気で言ってねぇだろうな?」


 怒ってくれる。

 何にも関係ない私の為に。

 それだけで満足だよ。


「もう勝てないよ」


 勝つ方法が存在しないんだ。


「ウォォォォォ」

「アォォォォォ」

「グォォォォォ」


 もう、タイムリミットだ。

 私と迅君の加勢を見て仲間を呼ばれた。

 最初に仲間を呼んでいなかったのは、人質が居れば立花さんは反抗しないって分かっていて、嬲って遊んでいたから。


 状況が代われば、相手の対応も変わる。

 当然の事だ。


 人間も大勢いるし、最悪の読み通り、魔獣にも感染させられるらしい。

 獣と人を合わせて、目算でも50匹以上。


 この数の敵を退けて、あいつを叩くなんて今の力じゃ絶対無理だ。


「嫌だね」

「迅君! お願い、聞いて!」

「なんで俺がテメェの願いを聞かなきゃならねぇ。テメェの願いはテメェで叶えろ。逃げるなら、お前とそこの女だ」


 残った左手に短刀を構え。

 片足で踏ん張って身体を支える。

 肌の紫は首を伝って顔にまで伸びようとしていた。


「これは冷静な話し合いだよ。もう君には時間稼ぎなんてできる力は残ってない」

「馬鹿か、知るかよ」

「ッ……の! なんで!?」

「親助けんだろ? 死んだら助けらんねぇだろうが」


 だから馬鹿かっつってんだ、と続けながら迅君の視線は敵を向いた。



 なんで……関係無いじゃん。


 君には私の命も、私のお母さんの事も。


 何にも関係無いじゃん。



「なんか凄いね、君たち」



 その呟きの元は、立花吟だった。

 何もできない状態なのに、透き通る様な声は健在で。

 魔に魅入られた様に聴こえるその声は、頭に響いた。


「もう逃げ無くて良い」

「どういう事ですか?」

「勝つんだ、君達が。広がって、シールド」


 毒煙を防いでいた透明が結界が、一気に広がって行く。

 あの結界は阻む対象を指定できる。

 多分、今指定されたのは『煙』と『ゾンビ』。


 その二つの対象が押し退けられて行く。


 結界が残したのは、私達とパラフレシアだけ。


 けど、感染者たちが外から結界を攻撃しているのが見える。


「死に損ないの癖に、まだこんな事ができるのかよ……」

「長くは持たない。この間、私は他の事が何も出来なくなる。けど5分は稼げる」


 流石、迷宮都市最強と呼ばれるだけの事はある。

 これがレジェンドランク探索者の実力……


「でも、どうして……」

「何が?」

「私は諦めたのに」

「貴方はここで諦めない方がいい。私はそう思う。だって、勝てるのに」

「何か方法があるなら教えてください。何を根拠に言ってるんですか?」

「勘」


 はぁ?


「はははっ。マジでウケるな、あんた」

「ありがとう」

「褒めてねぇよ」


 笑みを作った迅君が私に呼びかける。


「やろうぜ。最後まで」

「迅君……私……」

「自信持てよ。お前が強ぇって、俺は知ってる」

「来るよ。お喋りしすぎ」


 駄目だ。

 誰も私の言う事聞いてくれないや。


 なんでかな、なんで……なんでだよ……



 嬉しい気がする。



「分かったよ迅君」

「あぁ、行くぜ」

「ううん、今度は私が行く」


 飛んでくる触手を水操で弾く。

 更に飛んでくる触手を炎を纏った杖を振って弾き飛ばす。

 風域で触手の動きは読める。


 近接戦闘は苦手。


 違う筈だ。

 この杖は全てを熟す。

 できてないのは、私ができないと思っていたからだ。


 迅君に負けたの。

 私は接近戦は苦手なんだって、知らず知らず引きずってたっぽいね。


 見えている。

 触手の動きも、魔獣の頭部が再生していない事も。


「迅君は立花さんを守ってあげて。もう十分仕事をしてくれたから、後は私に任せて」

「あ……?」


 杖を構えながら、歩いて進む。


 そうすれば、不愉快な鳴き声と共に触手の嵐がやってくる。

 けれど、『風域』はその動きを見逃さない。


 最小限の動きで回避。

 二撃目、三撃目も。

 次に撃って来るのは、多分、数本による同時攻撃。


「キキキキキキキキ!!!」


 ははっ。見えるや。

 杖を使って一本を受け流し、できたスペースを通り抜けて進み続ける。


 まだだ。

 通り過ぎた触手は千切れてる訳じゃない。

 前や頭上からの攻撃が通用しないと魔獣が理解する。

 そうすれば、君はきっと私の後ろにある触手を動かす。


 前から来る触手を囮にして、本命は後方の触手をUターンさせての追撃。


 でも、風域を発動してる私に視界は関係ない。


「あぁ、なんて言うんだろうね。この感覚」


 回避して通り抜ける触手を、炎纏を付与した杖で殴って千切る。


「もう、見切っちゃった」


 これは動きじゃない。

 私が今見てるのは、未来とか、心とか、そういう不可侵な物だ。


 この魔獣には迅君程の爆発的な速度は無い。

 風域で追えるなら、その軌道を計算し、見えた動作から次の動きを予測して。


「噛みつかないでよ」


 言い終えた傍。

 目前まで辿り着いた私に向けて。

 パラフレシアは、ハエトリソウの様な大きな口を開け私に迫る。


「炎纏」


 杖に炎を宿し、顎を打ち上げる。


「巳夜!」

「毒が!」


 分かってる。

 ちゃんと見えてる。

 けど、あの広範囲攻撃を完全に回避するのはこの距離じゃ無理だ。


 でも、大丈夫。

 感覚があるんだ。



「第四属性・光」



 杖に付いた四つ目の宝玉。

 黄色に光るその宝玉より魔法が発現する。



光鎧こうがい



 迅君は自分の体内に魔力を巡らせて身体強化している。

 立花さんは自分の体内の魔力を制御して毒素を無効化してた。


 でもそれって全部、魔力操作の応用だ。


 だったら、私にできない訳が無い。

 そう思った。そうして完成したのがこの魔術。

 私を害す、邪なる物を弾く鎧。


 今の私に毒なんか効かない。


 私の身体を包む黄金の光の上より、紫の煙が吐き出される。


 でも、貴方のその技って自分の視界も奪ってるよね。

 それに毒素が変な匂いしてるから嗅覚も狂わせてる。


 まぁ、この魔獣がどんな感覚で周囲を捉えているのか知らないけれど、毒を浴びた迅君を追撃しなかった時点でこの煙が君の感覚器官を潰してるのは明白。


 スカンクって自分の匂いで気絶したりするし。

 カメムシなんて自分の匂いで死ぬ事もある。

 蛇とかも種類によっては自分の毒を受ける。


 君にとって、その毒煙はそういう物なんだろうね。

 毒が自分に効くって程じゃないけど、自分の視界を防ぐデメリットを持った欠陥技。


 でも、風域がある私には君の動きは全て分かる。

 今この瞬間は、毒さえ効かなきゃ一方的なこっちのターン。


「炎纏――フィスト」


 まだ。


「水操――ハンドレットニードル」


 まだ。


「炎纏――ワンド」


 まだ。


「水操――ドリルランス!」


 燃えた拳で殴りつけ、水の針を幾つも撃ち込み、炎の杖で殴打を繰り返しながら――


 水で作り上げた巨大な槍が高速で回転し、魔獣の顔を貫いていく。

 歯をガチガチと鳴らす事もできず、身体を大きく痙攣させながら、魔獣は事切れて行く。


 油断する事は無い。

 周囲を囲む感染者が自我を取り戻してく光景をみてやっと、私は迅君たちの方へ振り返った。


「迅君」

「ったく」

「勝ったよ! ピース!」

「あぁ。ちょっとはやるじゃねぇか」

「ん、期待通り」

「いえ、立花さんの結界のお陰です!」

「そもそも奴を倒せなかったのは私の落ち度。感謝するのはこっちの方」


 自然と拳が握り込まれる。

 自然と顔が緩む。


「それにしても迅君って、ちっとも言う事聞いてくれないよね」

「俺に命令しようなんざ百年早いっての。やりたい事しか俺はやらん」

「はぁ……まぁ、それでもいいよ。それと、ありがと」

「あ? 何がだよ?」

「お母さんの事とか、私を逃がそうとしてくれた事とか……」

「……別に。親はまぁ、大事にしとけ」

「うん……」


 なんで私、迅君に照れてんだろ。

 迅君なんかただのガキなのに。

 ていうか寧ろ悪ガキなのに。

 なんかムカついて来たな。


 というか私が接近戦不得意だと思ってたのも迅君のせいだし。

 いや、それは流石に八つ当たりだけど、なんか八つ当たりしたい気分なんだよね。


「でも迅君! 毒に罹った状態で戦おうとするのは無茶! 絶対無茶!」

「うっせぇな、俺の勝手だろうがよ! 突っ込んでぶっ飛ばす、これが俺の勝ち方だ!」

「それが無茶苦茶って言ってるんでしょ! 大人しくする事も憶えてよ! このガキ!」

「誰がガキだテメェ! もう毒も直って来たし、もう一回のしてやろうか? あぁん!?」

「うわ、女の子殴るなんてサイテー。大人はそんな事しないんだからやっぱり子供だ」

「んの野郎!」


 掴みかかって来る迅君をヒョイっと躱す。

 『風域』も何か前より使い易いし、新魔術『光鎧』も習得した。


「もう私の方が迅君より強いねこれ」

「な訳ねぇだろバーカ」

「二人は恋人?」

「ちげぇよ!」

「違います!」

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