全部殺してあげるから生き残れたら結婚して

ウタガ

第一話:「全部殺してあげるから、生き残れたら結婚して」

1

『新宿区において人間が怪奇化する謎の現象が起こっていることを受け、東京都は新宿区を封鎖することを決定しー』


テレビの音が耳を鳴らす。目の前には、血塗れで横たわるさっきまで人間だった化け物、その隣には返り血を浴びた刃物を持った女が佇んでいた。


「私ね、あなたのためだったらなんでも出来るの。」


瞳孔が開いた目がじっとこちらを見つめる。知ってる、この街で死ぬほど見た、頭のいかれた女の目。


「私が全部殺してあげるから、生き残れたら結婚して」


なんでこんなことになったのか、時は数日前に遡る。


――――


「今夜もー!」「美味しくシャンパン飲めるのはー!」


うるさいほどにキラキラした照明。酒と香水の匂い。鳴り響くシャンパンコール。


「これからもよろしくね♡よいしょー」


マイクを通して、女へのメッセージを声に出す。新宿歌舞伎町雑居ビルの中、ホストクラブ「crown」。ここがオレの居場所。


「はあ!?まじで意味わかんないんだけど!?」


シャンパンコールが鳴り止んだ後、ツインテールの女の、怒鳴り声が店内を響かせる。


「なんで他の卓行くわけ!?シャンパン入れたじゃん!」

さっきまでご機嫌だったのに、すごい形相だな。


「しょうがないだろ、あっちでも入ったんだから」

「だから…!」

「はぁ、みゆは彼女だからオレの仕事分かってくれてると思ってたんだけどな」


わざとらしくため息をつきそう言うと、悔しそうな顔で口すくんだ。立て続けに責める口調で伝える。


「てか、今日伝票三桁いってないけど?オレのために頑張るって言ってたの嘘だったんだ、そういうの大嫌いなんだけど」


代わりに縋りつくようにオレの手を引く。


「ねぇ、今日アフター行くって約束忘れてないよね?」


彼女の手を、振り払い伝えた。


「行くよ、伝票高い方と」


⬜︎⬜︎⬜︎


「お待たせ」

「ううん、全然待ってないよ」

「あっち大丈夫だったの?余計なことしちゃったかな、ごめん」


髪の長い、少し陰気な雰囲気のある女がオレの顔色を伺うように、遠慮気味に言う。


「ううん!そんなことないよ。あのお客さん厳しくてさ。むしろ歌恋ちゃんがシャンパン入れてくれたからこっちこれて助かった。ありがとう。」


こうやって言って欲しかったんだろ。相手が望んでそうな言葉を返すと、少し頬を染めた彼女が目を泳がした。


「もう一個、上のにしようかな…」

「え!いいよ無理しないで。歌恋ちゃんが来てくれただけで嬉しいんだから」

「ううん、いいの。」


「私ね、トキヤくんに凄い救われたんだ。親からも見放されて、友達もいなくて。なのに、トキヤくんは私に優しくしてくれて、必要にしてくれる。あなたのためだったらなんでもしたいって思えるの。」


うっとりとした目。周りに誰もいない奴は、簡単に騙されてくれるし、依存してくれる。相手の感情まるごと金に変える、そういう仕事。


「ありがとう。君がいてくれてよかった。」


にっこりと、絵に描いたような笑顔を作った。



⬜︎⬜︎⬜︎


営業終わり、店のソファにもたれながら腰掛けた。


「はぁーー疲れたぁ、ルイ、一本ちょうだい」

「またっすか?いい加減自分で買ってくれません?」


後輩のルイは、顰めっ面をしながらもタバコを一本オレに渡してくれる。


「結局どっちとアフター行くんすか?」

「みゆの方。あいつ負けず嫌いだから詩音が入れると張り合ってバカみたいにオーダーすんだよ。まぁ掛けだけど」


掛け、つまりみゆが借金して無理やりいれて、作った売り上げ。火をつけて、煙を吐き出す。メンソールのすっとした味がした。


「回収できます?」

「意地でもするわ、自分で払うなんてまじ勘弁」

「そりゃそう」

「今月まじで1位狙ってっから、全員使わせる」

「それ毎月言ってません?1位取れてないっすけど」

「殺すぞ」


ルイも煙を吐き出した。


「なんでそんな金欲しいんすか?」

「んーあー……俺借金あるんだよね」

「そうなんすか?」

「母親がばーかみたいに金使って蒸発して、代わりにオレが払わなきゃいけないんだよ。おかげで学校にも通えなくなるわ普通に働けもしねぇ。女に人生めちゃくちゃにされたから女の人生めちゃくちゃにして金返してやってんの。」

「ふぅん。」

聞いたくせに、ルイは興味のなさそうな返事をしたあと、タバコを灰皿に押し付け、ポケットから薬を取り出した。


「うわ、何その色の薬」

「知らないっすか?最近流行ってるドラッグ。いい感じにハイになれるから結構みんなやってますよ。俺は姫からもらったんすけど。飲みます?」

「いいわ。そういうのは苦手なんだよ。」

「変なとこ真面目っつーか、潔癖っすよね」


パキッと、薬を出し水もないまま飲み込んだ。


「それ、副作用は?幻覚?」

「いや、なんか化け物になるらしいっすよ」

「なんだそりゃ」

「この街にいる奴なんてみんな倫理観イカれてるし、元々化け物みたいなもんすよね。」


はは、違いねぇ。そう返して灰皿にタバコを押し付けた。


⬜︎⬜︎⬜︎


眠らない街。その名前がまさに相応しく夜中の1時を過ぎても人は多く、どこも明るい。


「やっべー」

スマホを見ると絶賛メンヘラ起こし中のみゆから通知が100件ほど届いてた。


「締め作業してから行くっつってんだから、そんぐらい待ってろよ」

文句はあるが、そのまま言うほどバカじゃない。まぁ今日被りとバチった後だし、無理して使ってたししょうがないか。電話を掛けると何コールかかっても通じない。おかしいな、いつもならすぐ出て、罵倒してくるはずなのに。


そうしているうちに、約束していたバーに着く。扉を開けると、他の客は誰もいなく、ルイの飲んでいたのと同じ薬が散乱したテーブルの席にポツンと、項垂れたみゆだけがいた。


「みゆ」


名前を呼ぶと、舌っ足らずな声で返ってきた。


「わた、わたひ、かんば、いつもがんばってりのに、とひやくんわ、」

「うん、ごめんね。いつもオレのためにありがとう。姫は他にいても愛してるのはみゆだけだよ」


耳触りのいい言葉を並べる。隣に座り、頭を撫でると、ギギギ、という効果音が似合うような、少し違和感のある動きで、俯いていた顔をあげた。


「は?」


みゆの口元は口裂け女のように裂けており、べったりと血がついていた。口をゆっくりと大きくあける。遅れて、肩に痛みが走った。


「え、あっ、え」


目を向ける。オレの肩を、みゆが噛み千切っていた。噛み、千切、は、っは?


「いってぇぇ!!!!」


肩を抑えて倒れ込む。な、なんだあれ、なんだこれ、は、は?彼女は、口をもぐもぐとさせながら「うーーあーー」と唸り声のようなものを上げていた。


脳が危険信号を鳴らす。逃げろ、と全身が言っている。震える足を何とか動かし、出口へと走った。


「なんだよあれっ…!」


足がもつれ、その場で倒れた。血の匂いがする。顔横に向けると、喉を噛みちぎられたバーテンダーが倒れていた。


「ひっ……!」


脳裏を、ルイの言葉がよぎる。「薬の副作用」「化け物になる」まさか、あれが副作用だとでも言うのか。

立ちあがろうと手に力を入れようとするが、肩が痛くて上手くいかない。床を見つめていた視界に、みゆの靴が入り込む。


「ああ、あうひて、いあい!!!」


もう単語にすらなっていない。こんな、訳わかんないところで、よくわからないものに殺されるのか。脂汗が大量に出てるのを感じる。


「ふっざけんな、こんなところで死んでたまるかよ!!!」

「うん、死なせない」


ギィ、と後ろから扉の開く音がする。

痛む身体を抑え、顔だけ後ろを向かせると、いつもの陰気そうな顔の、歌恋が立っていた。


「お前……!」


彼女は歩き出し、手にしていた包丁で容赦なくみゆの喉元を切り裂いた。それは大量の血を出しながら、「うー」「あー」とか相変わらずの唸り声をあげたあとべしゃっと、その場で倒れた。


「急所は人間と一緒だよ、喉裂いたり、心臓刺せば死んでくれる」


いつもの淡々とした声で話しかけてくる。変わらず呆然とするオレを尻目に、彼女はテレビをつけた。深夜の時間なのに、緊急ニュースが流れてる。新宿の街を映した映像を背景に女子アナが焦った顔でニュースを読み上げていた。


『新宿区において人間が怪奇化する謎の現象が起こっていることを受け、東京都は新宿区を封鎖することを決定しー』

「新宿を封鎖…?」

「そう、期間は今のところ7日間。私達は、あと一週間こいつみたいに化け物になった人間の蔓延る街を、生き延びなきゃいけない」


ずっと、意味がわからないことだらけだ。全部に現実味がなく、テレビを眺めた。


「私ね、あなたのためだったらなんでも出来るの。」


瞳孔が開いた目がじっとこちらを見つめる。血まみれの手が、オレの手を握る。


「私が全部殺してあげるから、生き残れたら結婚して」

「は…?」

「私がトキヤくん守ってあげる」


にっこりと、この場には似つかない笑顔で笑った。


「守る……?」


肩が痛い。身体中の血が沸騰してるみたいだ。走馬灯のように、一瞬大嫌いな母親の姿が、脳裏に浮かんだ。感情が迫り上がってくる感覚がある。守るってなんだ。お前が、女如きが。


「オレを見下げてんじゃねぇよ!!!」


感情のままに怒鳴り声をあげ、胸ぐらを掴み上げた。というか、みゆ殺しちまったら


「この女殺したら掛け回収できねーじゃねぇか!!使えねぇな!!」


理不尽なオレの言葉に、詩音は変わらず、笑った。


「ぜってぇ生き残ってテメェに払わせてやるからな!!」

地獄の7日間が、始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る