あなたの傍に誰かいる
春夏秋冬
貴方の傍に誰かいる
ボクは非常にショックを受けている。上の方から重い何かが頭をめがけて落ちてきたような強い衝撃だ。頭がくらくらする。目の前がグニャグニャして焦点が定まらない。ダリの「記憶の固執」のようにすべてが溶け込み、夢のような不安定な空間にいるようだった。
足元も歪んで見える。まっすぐ立たず、波打つように歪んでいた。
ボクはどのように家路を歩いて行ったのか記憶にない。気が付いたらベッドの上でうつぶせになっていた。
ボクは枕に顔をうずめて、うめき声をあげる。叫び声のような何かをあげる。雄たけびに近いか。枕によって声が埋もれてしまっているためそこまで響き渡ることはなかった。
ボクは頭を抱えて足をバタバタと動かす。体は横に揺らす。ベッドがガタガタ揺れる。まるでボクの心の内を表しているかのようだった。
何があったのだろうか。いや、知っているのだが、それを認めてしまうと心が崩壊しかねないから、断定をしたくない。
ボクの目からは涙がこぼれ始める。嗚咽が漏れる。枕が、水に沈めたかのように涙でぐしょぐしょに濡れる。
ボクには……実は……好きな女の子がいた。名前は
覗きに行くっていったらなんか変態ストーカーみたいに思われるかもしれないけど、断じて違うということだけは覚えていただきたい。
とにかく、ボクだけではない。いろんな男子がその子狙っていた。あの子があーしたこーした今日も可愛い、奇麗、髪型変えた、雰囲気が違うだとかなんとか、男子の中での話題に必ずあがるのだ。
ボクは、雅ちゃんを好きだった。惚れてしまった。一度だけ、話したことがある。なんか、ボクの髪の毛にゴミが付いていたみたいで、手を伸ばし軽く背伸びをして「とれたよ」と天使のような笑顔で微笑んでくれたその時だけ。そこでボクは心を射止められた。
それ以来、彼女のことしか考えられなくなってしまった。
ボクのこの14年の人生の中で世界がキラキラと輝いた瞬間だった。暗い、深海よりも深く暗いどんよりとしたこの世界を細い腕で引き上げてくれたのだ。
そして、日の目を見せてくれたのだ。あの子はボクにとっての光だった。あの笑顔は太陽だった。
だがしかし、ボクは今は違う事で考えられないことが起きてしまったのだ。その日は没してしまった。
実は、ボクは、あの、なんていうか、その、雅ちゃんが、あの。その、クラスで一番のイケメンの、男と、腕を組んで、いたん……だ……。
そう、つまるところ、彼女に彼氏がいたんだ。そしてボクの心が痛んだ。
もう、ボクの生きている希望なんてない。なくしてしまった。
辛い、辛すぎる。ボクはもうどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
彼女がボクの生きがいだった。その生きがいを無くしたらどう生きていけばいいのかわからない。もう、死のうかな。生きてる意味ないし。
ボクは夕飯も食べられない程に傷ついた。親は心配していたが、何も言えるわけがない。そして、ボクは翌日、学校を休んだ。体が鉛みたいに重く、動けないのだ。心が一度折れてしまったら、もう二度と、戻ることなどないのだ。そう、二度とだ。
ボクは布団にくるまり、時を過ごした。食欲もない。こうしてこのままボクはしゃれこうべになっていくのだろうか……。
ボクは彼女の為にポエムも書いた。そのしたためたノートを読み返すが、虚しさだけが漂う。ボクはそのノートをそのあたりに放り投げた。そして、ふて寝する。
時が流れて、日が暮れた。そんな時、ノックがした。
ボクはびくっと体がはねた。どなただ? 親かな?
「おーい。
ボクを呼ぶ女の声。これは、親ではない。隣の家に住む幼馴染の
ボクの心は今は閉じられているのだ。誰にも開くことは出来ない。
「入るよー」
そう言って無神経に部屋に入ってきた。
「ちょ、ちょっとノックぐらいしろよ」
「いや、したじゃん」
「勝手に入ってくるなよ!」
「入るよって言ったよ?」
「入ってきてからね? 入ってきてから言ってもしょうがないでしょ!」
「元気じゃん。なんで学校休んだの? ああ、朝は体調悪かったのか。じゃあ、元気になったのね。明日は行ける?」
「……行けるわけないよ」
ボクは布団の中にこもった。
「どうしたの? なにかあったの?」
心配はしてくれている。だけれども、そんなのはお節介だ。もう放っておいてほしい。ボクはこもり続けた。早く出て行けと思っていた。
「あれ? ナニコレ?」
奈緒美は何かを発見したようだが、よくわからない。
「えっと、ポエムノート?」
ボクはさっと血の気が引いた。目を見開いた。
「ん? 『雅ちゃん ああ雅ちゃん 雅ちゃん』。何書いてんの? これ?」
ボクは飛び上がった。必死にそのノートを奪い取ろうとするが、逃げる。そして一部分朗読し始める。
「えっと、『ハロー放浪エブリデイ』? 何言ってんの? 『雅ちゃん。君はボクにとっての太陽。光り輝くサンシャイン。君のその笑顔はたとえ沙漠でさえも草木を生やし、草原にしてしまうだろう。ボクは心の枯れた旅人。君はオアシス。ボクの心を癒してくれる。ああ。君を見ていると心が満ち満ちていく』。全般、何言ってんの? うわ、恥ずかしー」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!!!」
ボクはノートを奪い取ることに成功した。
顔が真っ赤になる。もう死にたいくらいだ。布団の中にまた潜った。
「ダサッ……ぷっ……あはははは!!!!!!」
大笑いする。まさに抱腹絶倒。床に寝転がり足をじたばたさせて笑い転げる。
「笑うなよ!」
「そ、そっか……雅ちゃん、好きだったんだ、アイドルみたいなもんだしね。そう言えば彼氏出来たって話聞いたけど、え、ちょっと待って、あれ? 恐い恐い。もしかして、あの、今日休んだのって、それが原因?」
「だからなんだってんだ!」
「あははっははははっははっーーーー!!!!!!」
また大笑いする。せき込んでいく。
「うるさい! お前になにがわかるんだよ! この彼女いない歴=年齢のこのボクのさみしい気持ちが。ずっと、女の子にモテない、誰にも見てもらえない。そう、誰にも愛されない恋人さ。誰もそばにいない。そんな貧しい心をお前に理解できるか!? だけれども、雅ちゃんは、違う! 彼女はボクの心のオアシス。そこにいる女神だったんだ!」
「え? なに? またポエム?」
「ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
ボクは絶叫する。
「うるさいな! 近所迷惑だよ」
「もうおわりだぁ……おしまいだぁ……」
「そんなこの世の終わりみたいな顔をしなくたっていいじゃん」
「だって、お前に知られた。ボク、もう無理。生きていけない」
「はあ。そんなことで。大丈夫。そんなのなんか食べて寝たら治るって」
「軽く言うなよ……」
ボクはひょっこりと布団から顔を出した。
「ま、そんなときは腹ごしらえでもしなよ。何も食べてないって、おばさまから聞いたよ。今日は出かけるから、代わりに作ってあげてって。ほら、私が作ってあげるから。しばし待たれよ」
「母さんは?」
「コンサート行くってさ。おじさまと一緒に。まあ……」
「なんで大事な息子を放っておくんだよ」
「まあ、しらない。とりあえず、待ってて」
そう言って奈緒美はご飯を作りに行った。まあ、確かに何も食べてないからお腹が空いた。とりあえず、腹ごしらえでもしようかな。
しばらく待ち、奈緒美から声がかかる。部屋から出て、食事をしに向かう。
ごはんに、野菜、生姜焼きに味噌汁。無難だが、ボクの好きな組み合わせだった。
奈緒美は「好きでしょ?」と言って、テーブルに肘をついた。
ボクはうなづき、食べ始めた。
「ああ、うめ、うめ。そうそう。これこれ。お前の飯ものすごくうまいんだよね。味噌汁もチョベリグだよ」
「あんたの好みぐらい知ってるよ。当然。てか、テンション戻ってるね」
「なんか叫んだらどうでもよくなったわ。味噌汁うめ。お前いいおかあさんになれるぞ」
「何言ってんのさ。全般。はあ。あーあ。あんたももう少し周りを見なよ。本当に傍にいないのかな?」
「どういう意味?」
「ま、なんでもないよ」
奈緒美は頬杖をついた。そう言って、にっこりと笑うのだった。
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