第47話 一人にさせない

千里からお兄さんが来るという連絡が来てから数時間立ち千里から電話が掛かってきた。


出た瞬間鼻をすする音と泣いている声が聞こえた。


『和樹くん....助けて....』と震えた声で千里がそう言った。


きっとお兄さんに何か言われたのだろう。僕はそう理解し何も聞かずすぐ彼女の元に向かうことにした。


家を飛び出し階段を飛び降りる。千里の家の前に着きインターホンを鳴らした。


ガチャっと勢いよくドアが開き泣き顔の千里が飛び出してきた。


「千里大丈....」と僕が話しかける前に彼女は僕の胸に飛び込み静かに声を上げ泣いた。


「和樹くん....ごめん....私....」


震える声に震える体、何かに怯えているように思え僕の服を掴む手からは悔しさを感じた。


僕はそんな彼女を強く抱き締めた。


とりあえず落ち着いてもらおう。今無理に話させるのは良くない、そう思った。


どれくらいの時間が経っただろう。泣き声が少し収まり体の震えも収まってきていた。


するも千里はスっと体を起こし手で涙を拭き取ると口を開けた。


「ごめん....ありがとう」


目の下を赤くさせていた。


「とりあえず家上がって」とドアを開け僕を招き入れる。


「お邪魔します」と僕は中に入った。


千里に連れられリビングへと向かう。壁には何枚もの平になったダンボールが畳み掛けられていた。


これ....もしかして、と僕は視線を送る。


千里はそれに気が付きこう言った。


「次来るまでに荷物詰めておけ、だって....」と悲しそうな顔をした。


「そっか....」


僕はどう返せばいいのか分からなかった。千里の辛さ、それは計り知れない程だ。でも、だからこそ何て声をかければいいのか戸惑ってしまう。


「和樹くん適当に座ってて」


千里はそう言ってキッチンへと向かった。飲み物を入れるためだろう。


「良いよ千里....」


「ううん、大丈夫。少し長い話しになりそうだからさ」と千里。


「わかった....」


僕は言われた通り席に着く。


少しして千里がお茶の入ったコップを僕の前に置き隣りに座った。僕の肩に触れるくらいに近い距離に。きっと寂しいのだろう。


「ごめんね和樹くん。あんだけ諦めないって言ってたのに....。最初は頑張ったんだ....でも駄目だった....」


「謝らなくていい。千里は悪くないんだから」


「でも....私がもっとちゃんとしてたら違ったかもしれないの。監視にさえ気づいていれば....」


「───監視....?」


どういう事だ....。


「前、兄さんが私の家に来た時から私を家の人間に監視させてたみたいなの。和樹くんが恋人って事もバレてた....」


「嘘だろ....」


そこまでするのか....。さすがにやり過ぎだ。


「私、三学期から別の高校に通うことになるの」


「それってどこの....?」


「神谷高校」


「神谷高校ってあの....」


僕はその高校を知っていた。


「そうだよ、ここよりももっと賢くて、真反対にある高校....」と暗い顔をした。


神谷高校、超名門の高校だ。ここらで知らない人はまず居ないだろう。ここからだと二時間以上はかかる。


「多分わざと遠い場所にしたんだと思う。私の実家からなら一時間くらいで着くけどここからだとすっごく遠い....。きっと和樹くん達とも会えなくなっちゃう」


するとまたしても千聖の瞳から涙がこぼれ出した。そして何か言葉に詰まっているようだった。


「....和樹くん」とやっとの思いで出したような弱々しい声が聞こえた。


「私達もう....」


その瞬間僕は何を言おうとしているのかが分かり言い切る前に僕は彼女の手をぎゅっと握った。


「───えっ....!?」と俯いていた顔を上げ驚いた顔をする千里。


僕はそんな彼女に強い視線を送る。


「嫌だよ僕は....」


「でも....」


「でもじゃない。せっかく一緒になれたんだ別れるなんて嫌だよ」


僕は分かった彼女が無理にでも僕と別れようとしていた事を。その方がお互い引きづらなくて済むから少しでも別れの辛さを無くしたかったのだろう。


すると千里の瞳から大粒の涙があふれる。


「でも....もう会えなくなっちゃうんだよ。兄さんはきっと私たちを会わせないようにしてくる」と千里は強く訴える。


「でも絶対じゃないだろ。どこかで会えるさ」


「絶対だよ....。和樹くんを家に入れさせてくれないだろうし学校もきっと車で送り迎え。和樹くんと会えるタイミング何て無いよ....」と再び俯いて辛そうな顔をする千里。


「じゃあ学校の中は....?」


「───えっ....」とポカンとした顔をした。


まっ、予想してなかっただろうな。


「家に行けない道端でも会えない。それなら学校に入ればいい」


「そんなめちゃくちゃ....」


「めちゃくちゃでも良いさ、それでも僕は会いに行くよ」


これは本気だ。今になってさよならなんて認めたくない。


「和樹くんはすごいなぁ.........でも犯罪だからそれはだめだよ」と少しだけ嬉しそうな声を出す千里。


「まぁでも永遠に会えないわけじゃないよ。人生長いんだから。それにそんなの僕が嫌だ。だから別れないよ」


「.......そっか、そうだね。ずっとじゃないもんね....」と千里は別れる話しを無しにしてくれた。


「もし本当に千里が帰ってしまうなら、できるだけ笑顔で送り出したいからさ。これからいっぱい思い出作ろうよ」


千里は笑顔が一番似合うのだから。彼女には少しでも笑顔でいて欲しい。


「とりあえず明日どこか行こう」と僕は提案する。


「でも監視が....」と迷った顔をする千里。


「外が怖いなら家でも良い。自分の家が嫌なら僕の家にこればいい。僕だけじゃ心細いなら、綾香に悠真、健吾だって呼べばいいさ。みんな来てくれる」


「そうかなぁ....」


「そうだよ。だからさ安心しても大丈夫だよ。千里は一人じゃない。少なくとも僕は一人にさせないから」と千里を見て僕は微笑む。


「そんなの分かんないよ。和樹くんでもさすがに忘れちゃんじゃ....」と千里。


「忘れるわけないじゃん。だって....」


「だって....?」


「だって....初めて好きになった人なんだから....」と恥ずかしくなり視線を外してしまった。


くそっ、照れてしまった....。ほんとにかっこつかないな僕は....。と心の中で深くため息をついた。


「───なっ....!?」と千里はそんな声を漏らした後少し顔を赤らめて目を泳がせた。


「もぉーずるいよ....」と頬を膨らませた。


千里は好きと言われることに全く耐性が無いらしい。あんなに告白されておいて自分が好きになった人から言われるとこんなにも照れる。ほんとにかわいいやつだ。


「でもありがと」と僕の手を取りぎゅっとしがみつく。少し表情が和らいでいる気がした。


僕はその行動に驚き急激に鼓動が早くなった。


まだ完全に辛さや悔しさは消えてないだろう。でもさっきより少しだけ表情が明るくなっているのがわかって僕は安心した。


僕は手にしがみつく千里に体をよせくっ付いた。


多分、千里の本質は寂しがり屋で甘えたがりなんだろう。僕はそう思う。



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