第15話 体育祭当日

体育祭の練習は二週間ほど続いた。


その間冬野さんはものすごく真剣だった。足の速さというとはそう簡単に変わるものでは無い。だから冬野さんは少しでもミスをなくそうとバトンパスを完璧にしていた。


彼女は結構努力家みたいだ。相手に迷惑をかけたくないからと冬野さんは言っていたがここまで本気になるということは少なからず彼女も勝ちたいという気持ちがあるように思える。



そうして迎えた体育祭当日、僕はいつものように家を出てエレベーターに乗る。すると一つ下の階で止まった。ドアが開き冬野さんが乗ってきたのだ。


足取りが少しかくついている冬野さん。どうやら相当緊張しているらしい。


「お、おはよう立花くん」と緊張で呂律が少し回らなくなっている冬野さん。


「おはよう冬野さん」


今思えば行く時間が被ったのはこれが初めてだ。


「緊張してる?」


「し、してないよ」とバレバレの嘘をつく冬野さん。


ほんと彼女は変なとこで見栄を張ろうとする。


「絶対してるでしょ」


僕はそれが面白て笑ってしまった。


「笑わないでよ」と頬をふくらませる冬野さん。


「こんな真剣になったの初めてなんだもん.....」と誰にも聞こえない声でつぶやく冬野さん。


そうしてエレベーターは1階に降りドアが開く。


マンションの外には見覚えのある人影があった。


「おはよう千里」


朝から眩しい笑顔を見せる綾香がいた。


「おはよう綾香」と一つトーンを落として話す冬野さん。


「いやーまさか二人が同じマンションに住んでるとは....」と少し驚いた様子の綾香。


どうやら冬野さんと綾香は一緒に行く約束をしていたらしい。


体育祭の練習で結構関係が深まったみたいだ。


「それじゃあ行こっか」と笑顔の綾香。


こいつは何というかほんと呑気だな。


僕達は揃って学校へと向かった。


体育祭なので運動場に集合となる。学校に着くと既に椅子が準備されており僕達は自分のクラスの場所に荷物を置きに行った。


そうしているとどこからか和樹と僕の名前を呼ぶ声がした。


僕はその声の方に振り向くとそこには悠真がいた。


「よっ」と笑顔で手を上げる悠真。


「なんか久々だな悠真」


「確かに最近話してなかったな」


クラスが別になると話す機会も減るものだ。それに悠真は部活で忙しいから尚更だ。


「和樹は何出るんだ?」と悠真。


「混合リレー」


僕がそう答えると驚いた顔をする悠真。


「お前が体育祭で走るなんて珍しいな。てっきり今年も綱引きとかで適当にやると思ってたぜ」


「僕もそのつもりだったんだが綾香が勝手に出ることにしやがったんだ」


すると隣でニヤっとする綾香。


すると悠真は笑いながら「綾香良くやったな」と言った。


「でしょ」と謎にドヤ顔をする綾香。


「それであとは誰が出るんだ?」と不思議そうな顔をする悠真。


「高橋と冬野さんだ」


僕がそう言うと「冬野さん!?」と大きな声で言う悠真。


ま、そのリアクションになるのも仕方ないか....。


「私が誘ったんだ」とまたしてもドヤ顔をする綾香。


「マジか....」と開いた口が塞がらない悠真。


「それで悠真は何出るんだ?」


「俺は今年も1000mだ」と少しドヤりながら言う悠真。


悠真は陸上のスポーツ推薦をもらいこの高校に来ている。当然だがめちゃくちゃ足は速いし体力もある。悠真が出る競技は誰も勝つことは出来ないだろう。


そういえば冬野さんだが緊張しすぎでさっきから椅子に座りそわそわしている。

氷の女王である今彼女の顔はとてつもなく機嫌が悪そうだ。



しばらくして本格的に体育祭がスタートした。


僕のいる二年一組は意外と運動のできる人が多いらしくほとんどの競技で上の順位に入っていた。


ちなみにだが悠真は1000mで余裕の一位をとっていた。二位と一周近く差をつけゴールとかほんとバケモンだ。


順位は学年ごとで別れており悠真のいる五組と僕のいる一組が接戦になっていた。皆一位を逃すまいと本気になっている。


これは....大丈夫だろうか。


そうして迎えた混合リレー。


「よーし勝つぞぉ」とやる気満々の綾香。


「冬野さん大丈夫?」


緊張でずっと落ち着かない様子だった冬野さんが僕は少し心配である。


「だ、大丈夫よ」と変な笑みを浮かべる冬野さん。


みんなの前では笑みを見せないようにしている冬野さんだ。その彼女が何かを誤魔化そうとしているのか口角だけ上げて笑みを浮かべている。これは大丈夫じゃなさそうだ....。


全員各々の場所へと向かいバトンを待つ。


『位置について.....よーい、ドン』


その言葉と共にピストルが鳴った。


みな一斉に走り出す。


綾香はすぐに一位におどりでた。僕は少し離れたアンカーのいちでそれを見ていた。


クラスからの応援がトラックを満たす。


謎の緊張感が自分にも湧いてきた。


「はい!」そう言い綾香は一位のまま高橋へとバトンを渡した。


後ろから段々と高橋に迫り来る人影があった。


五組か...。五組とは今も接戦になっておりお互い一位を譲る気はなくクラスの応援がいっそ大きくなった。


冬野さんはずっと胸に手を当て深呼吸をしているのが目に入る。


高橋と五組の人が競り合いになりほとんど並んだところでついに冬野さんにバトンが渡った....。


バトンパスは今までにないほど完璧だった、ただ五組の女子の方が足が速く冬野さんはすぐに抜かされてしまった。


それを見て一瞬ハッとした顔をする冬野さん。

彼女に渡ったバトンはものすごいプレシャーのかかっているものだ。


クラスからの『頑張れー!』という応援が全て冬野さんへと集中した。


冬野さん大丈夫かな....。


すると冬野さんの顔色が変わった。ものすごく真剣な顔だ。彼女も負けたくないという意思が強くなっていく。


後ろのクラスが少しづつ冬野さんとの間を詰めて来る。それでも冬野さんは絶対に譲らないと必死に走る。


あれ....なんか練習の時より速くなってる気がする。僕は冬野さんを見てそう思った。


これならもしかしたら....。


その時だ───。


「───っ!!」


冬野さんが足を滑らせてしまった───。


バトンが地面を転がり、冬野さんは大きく転倒し地面を滑った。


「千里!」とハッとした顔の綾香が叫ぶ。


クラスの応援が途切れ、皆が眉を落とし嫌な顔をした。


冬野さんは痛みと申し訳なさからか足がガクガクと震えは上手く立つことが出来なくなっていた....。


すると───。


「千里ファイトォー!」と腹の底から叫ぶ綾香の声が聞こえた。


「頑張れ冬野さん!」と高橋も続けた。


それにつられクラスメイトも応援を再開する。


「あと少しだよ冬野さん!」


僕もつられそう叫んだ。


冬野さんが驚いた顔で周りを見渡す。今にも泣きそうな程に引き攣っている顔が少しづつ収まるのがわかった。


僕は彼女に向かって目一杯腕を伸ばした。









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