第5話

 比較的新しいドアをカリカは開けた。その瞬間、ふわりと花の甘い香りが体を包んだ。そこは裏通りにひっそりと佇む葬儀屋で、この街に住む多くの人間は基本的にこの葬儀屋を利用する。葬儀屋という職業はこの国では敬遠される事が多いため、ここ以外に葬儀屋がこの街にはない。今日は休業日で、店内にはスタッフも誰も居なかった。

 だが、ドアは店主の意向で通常休業日でも開いている。以前は古さを感じさせる店内だったが、最近リニューアルしたため現代的な装飾に変わった。全体が白のインテリアで纏められていて、各所に色鮮やかな花が置かれている。葬儀屋というと暗いイメージがあるが、ここのコンセプトは違った。


「フィア、ルコを呼んで来てくれ」

 カリカはソファに座って早速煙草に火をつけている。フィアは溜息をついた後、壁の向こうに消えていった。数分すると壁の方から叫び声が聞こえ、焦ったような足音と共にドアが大きな音を立てて開いた。


「カリカ!いらっしゃい。また驚かせたわね」

 ルコは胸を押さえながらカリカの元へ歩いてきた。彼女は座っているカリカと同じ身長だった。大きい花が特徴的なワンピースを着ている。


「私が呼んでもいつも植物の世話をしていて気づかないじゃないか。これが一番早いんだよ」

 持参した小さな酒のボトルを開けてカリカは飲んでいる。だが、ルコは全く気にしていない様子だった。フィアはもう諦めている様子でカリカを見ていた。


「フィアさんもここにいらっしゃるんでしょう?」

 ルコは周りを見渡している。

 

「そっちは反対側だ。彼女は私の隣にいる」

 カリカがフィアがいる右側を指差した。


「え、そうなの!?私にもフィアさんが見えたらいいのに。久しぶりね。色々おしゃべりしたいわ。この店にくるのも、リニューアルしてから初めてでしょう?あんな事があったから、思い切ってみたの。そうだ、カリカとフィアさんに渡したいものがあるから、少し待っていてもらえる?」

 早足でルコは先程のドアに戻っていき、少しすると二つの大きな花束を持ってやってきた。


「はい。こちらがカリカで、もう片方がフィアさんの分。一週間ほどかけて徐々に宝石に変化していくの。よかったら貰ってね」

 カリカの方は紫を基調にした花束で、フィアの方は青がメインだった。

 

「ありがとう。また珍しい花を作ったな。フィアも礼を言っているよ。一週間後が楽しみだ」

 二人共花束を受け取った。ルコの目からはフィアの分の花束が宙に浮いていた。


「今日も何か用事があるから来たんでしょう?」

 ルコは近くのテーブルからハーブティーとカップを持ってきた。


「ああ。今までに頭部欠損の、女性の遺体の依頼がきた事があるか聞きたくて来た」

 突然新鮮な顔をしてカリカは言った。正面に座ったルコは3人分のカップにハーブティーを注ぎながら思案している。


「そうね......。今までに3件あったけど、探している女性はどのくらいの年齢?」

 カップをそれぞれに渡しながらルコは尋ねた。

 

「不明だ。出来れば全ての情報をもらえると助かる」


「分かったわ。すぐ持ってくるわね」

 ルコはまた奥の部屋に戻って行った。


「座らないのか」

 カリカは重い鎧をものともせず、背筋を伸ばし立っているフィアに声をかけた。


「私はこうしていないと落ち着かないんだ。知ってるだろう」

 フィアは無愛想にそう答える。彼女は遥か昔、ある国の騎士だった。忠誠心が高く、国が無くなった今でもこうして鎧を纏い、その国の騎士であったことを誇りに思っている。そのせいかその騎士の仕事が無くなってからも、自分の中の規律を守る姿勢を崩す事はない。仕事以外でも隙を見せる事がないのだ。


「たまには休息も必要だ。それに今は私の護衛騎士兼助手だろう。命令だ」

 悪戯っぽい顔をしながらカリカはフィアを椅子に促す。このようにカリカが面白がって彼女を酒に誘ったりすることはいつものことだった。だが、フィアは微動だにしない。そうしているとルコが書類を持って戻ってきた。


「はい、どうぞ」

 カリカの目の前にルコは書類を置いた。礼を言ってカリカは真剣な表情で書類に目を通し始める。ルコは邪魔をしないようにか、座って紅茶を静かに啜っている。

 書類には二人の20代、そして一人の40代の女性の情報について書かれていた。しかしどれも解決済みの事件の被害者で、事件現場も判明しており、どれもトーマスが探している女性には当てはまらなかった。犯人もそれぞれ異なるが、全員が犯行を否定している。カリカはしばらく腕を組みながら思案していたが、書類を置いた。


「ありがとう。事務所に帰ってもう少し調べてみるよ」

 紅茶を啜ってカリカは立ち上がった。二つの花束を手にしたフィアも彼女の後ろに立つ。


「気にしないで、私も助けてもらってるからお互い様。また落ち着いたらお喋りしましょう。フィアさんも、またきてね」

 ルコは微笑みながら二人を見送った。



 事務所に戻ってきたカリカは資料を読み漁った。しかし腑に落ちない様子で、煙草を吸いながら頭を整理していた。カリカはルコが提供してくれた3件の事件について調べていたが、いずれも違和感があったのだ。犯人はどれも初犯で被害者の知人であり、犯人に関する完璧すぎる証拠が事件現場に残っていた事だ。頭部を切断するほどの殺人計画をしていたのに、靴や指紋がついた凶器を残していくような不注意なことをするだろうか。もしかしたら、これらの事件は関連しているのかもしれない。全ての事件を洗い流す必要があるだろう。


 数時間後、カリカは眠ってしまったようだった。もう深夜で外は暗くなっている。書類と酒瓶などで荒れた部屋を片付け終わったフィアは、カウチで眠るカリカの前に立った。顔を覆っていた白い長髪を避けてやったが、カリカが起きる様子はない。フィアは慎重にカリカを抱えると、事務所の隣にある彼女の自室に連れて行った。その部屋の真ん中にはベッドが置いてあり、一方の壁には大量の酒が、もう一方には本が並んでいる。フィアは眠るカリカをベッドに降ろし、立ったまま彼女の寝顔を見つめていた。

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カリカ探偵事務所 華井百合 @flower_lily

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