身代わりお見合いの行方
sumi
エピソード1
目の前に置かれたのは、友達の両親の馴れ初め話を聞いたときに想像しかしたことがない代物だった。
迫りくるようなギラギラした瞳に押されながらも、それを差し出す彼女と向き合った。
「…この人?」
ホテルのラウンジにある高級カフェの一席に、居心地が悪そうに座る
彼女はこのカフェにも全く引けを取らない高級感溢れる出で立ちで、居心地の悪さなんて一切感じさせない。
年齢を重ねるに連れて落ち着いて来たファッションも、値段は全然落ち着いて見れるような金額ではない。
そんな彼女を、かがりはなんとも言えない気持ちで見た。
大理石模様のテーブルの上に置かれたのは、純白のフレームが光るお見合い写真。
スラッとした体躯が特徴的な男性が写っている、と思われる。
というのも、今日は土曜日で会社も休みだったため、メガネにスエットのなんともラフな格好で家でリラックスしていたところに、
びっくりするくらい急に舞からの呼び出しを食らったのだ。
コンタクトを装着するまもなく呼び出されたカフェに来ると、こんなダサいメガネをしていていい雰囲気ではないので早々に外させてもらった。
「
舞は言い終わると前かがみになっていた姿勢を戻し、さっきの勢いはどこに行ったのか優雅に紅茶を一口すすった。
かがりも一旦落ち着くために少しコーヒーで喉を潤す。
舞は大学時代からの友達だ。
とにかく安定した企業に勤めたかったかがりは、どんな職業にも就けるように私立の総合大学を選んだ。
たまたま奨学金制度が充実していたこともあり、お金持ちの坊ちゃまお嬢さまが通うようなお金持ち大学に行くという奇跡が起きたわけだが、大学時代での玉の輿チャンスは一度も訪れなかった。
特に目標もなく就職に強いゼミを選んで出会ったのが舞だった。
舞も正真正銘のお嬢さま。
それも親族一同病院の医師、議員、会社の役員というエリート一家だ。
しかし舞本人は西園寺家初の落ちこぼれギャルだと自分で笑っていた。
勉強は得意ではなく、恋愛が大好きで毎日イケメンを追いかけては一喜一憂を繰り返していたのを覚えている。
一流の家庭で育ったのに、全くそれを感じさせない、フラットな性格が好きでいつの間にか仲良くなっていた。
卒業したあともこうしてよく会っているが、今日の呼び出しは今までの中で一番頭を抱える内容だった。
「この人と、あたしの代わりにお見合いして!」
事前に話のあらましは聞かされていたが、改めて面と向かって言われてもすぐに受け入れられる訳がない。
「……お見合いしたくないなら断ればいいのに」
「それじゃだめなの!」
「どうして?」
「たーくんのこと、パパにバレちゃう!」
「……たーくん?」
舞はきれいに巻かれた髪の毛を振り乱しながら首を振った。
「もうあたしたち28歳だよ?この年になって、結婚してないってことは、彼氏がいてタイミングを待っているか、仕事が充実しているか、恋愛対象が同性か、に絞られてくるじゃん?」
「そんな断定される…?」
「あたしは別に仕事は小さなクリニック事務だし、男が好きだから、このお見合い、すぐに断ったらゼッタイ彼氏がいるって疑われちゃうもん!」
かがりは、自分では理解できない舞の主張に、お金持ちも大変だ、と同情しながら息をついた。
つまり、大好きな彼氏がいるからお見合いはしたくないけど、すぐに断ったら彼氏がいることがバレるから適当にあしらって欲しいということか。
舞は、ひとしきり主張したら落ち着いたのか、乱れた髪の毛を整えながら、再び紅茶をコクリと飲む。
「…じゃあ彼氏紹介すればいいじゃん」
すると彼女は恨めしそうにかがりを見た。理解してもらえない悔しさなのか、口をへの字にして睨む。
「…それが出来たら苦労しないよ!」
「どういうこと…?」
飲んでいた紅茶を見つめ、小さくため息をつくと、カップをソーサーにカチャンと置いて肩を落としながら話し始めた。
「私の愛するたーくん......、無職なの」
「……無...、なる、ほど」
思ってた通りの答えに、驚くことも出来ずにただ舞のことを見るしかない。
「由緒正しい相手と一緒になれ、が口ぐせの両親に、たーくんを紹介出来るわけないじゃん…」
「…まぁ…、それは、そうだね…」
由緒正しい相手がどんな人を指すのか、凡人のかがりにはあまり理解出来ていないが、舞がここまで自信なさげに話すということは、そのたーくんとやらは由緒正しい相手ではないのだろう。
お金持ちを経験したことの無い彼女にとって、生まれながらにお金持ちで、何不自由なくいい暮らしをしてきた人たちにも、その人なりの苦労があるんだな、としみじみ思う。
もしかしたら、舞もお金持ちに生まれなかった方が幸せだったのかもしれない。
なんて、タラレバのことを考えるが、現実はそうじゃないから悩むのだ。
かがりは、テーブルに置かれたままのお見合い写真を見た。
この人も、もしかすると抗えない運命の中で、舞のようにもがいているのかもしれない。
かがりはかがりで凡人ならではの苦労をしてきて、舞はお金持ちならではの苦労をして来たのだろう。
「………」
たまにはその運命に抗ってみてもいいのかもしれない。
凡人歴28年だ。
こんなどすっぴんスエット姿で、高級カフェにいるのもまた運命。
そんなことを思いながら、いつも自信たっぷりで笑顔の舞の、珍しくしょんぼりした様子を見ながら息をついた。
「………いいよ」
小さくそう答えると、舞は不思議そうにかがりを見た。
「…少しだけなら、いいよ」
少しずつ理解してきたのか、キョトンとしていた顔が、どんどん晴れやかになる。
かがりが添えた手を、ガシッと握り直した。
「ほんと…!?」
勢いのまま立ち上がる舞をみながらうなずいた。
この決断が、自分の運命を揺るがすことになるとはつゆ知らず。
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