46.街が罹る病


 ジロたち一行は、月の港にようやく到着した。雨は相変わらず降っているが、少し落ち着いてきたようだ。現在、酒場に滞在していた。


「毛皮を乾かすか」

「そうしよう」


 ジロとウルバンは他に客もいるのに躊躇いもなく全裸になる。そういうのを見るにつけ、アカネとウルリーケはそういえばここ中世だったなぁ……と思い出す。


「他のお客さんも気にしてないみたいだし……いいのかな……」


 とりあえず、彼らを除いた三人は先にテーブル席に座った。

 獣人の二人が暖炉の方に向かうと先客が三人いた。それぞれ、牛獣人の神官、鳥人の剣士、竜人の冒険者の男たちである。彼らもずぶ濡れになったようで、全裸で身体から水滴をしたたらせていた。獣人のいる地域ではあまり珍しくない光景である。


「ここはもう満員だ」

「トカゲ、貴様は鱗であろうが。向こうへと行くがよい」

「服が全部濡れて身体が冷えてんだよ!」


 全員種族的特性で鍛えていなくともまあまあ筋骨逞しいため非常にむさ苦しい空間が出来上がってしまう。でもウルバンはメタボ体型であった。


「我輩、自信なくしちゃうなぁ」

「デブ猫、貴様も去れ。場所を取るであろう」

「なんて言い草だ」


 特に鳥人の男が好き放題言っている。


「鳥人よ、ここは穏便に頼む。全員風邪を引いてしまうぞ」


 牛獣人の男が窘めようとするが、鳥人はそっぽを向いてしまう。これにカチンと来たのが竜人の冒険者であった、彼は鳥人に詰め寄ろうとする。


「おい、この鳥野郎、暖炉は一つしかないんだぞ!」

「お前たち下賤な獣よりも、私の身の安泰こそが大事だ」


 この発言には四人とも眉を顰める。特に竜人の冒険者は今にも彼の羽毛に掴みかかろうという勢いである。しかしながら、声を張り上げたのは酒場の店主だ。


「お前ら! 喧嘩するなら出ていってもらおうか!」


 その一喝により場が静まる。


「そこの隅に並んでろ! 暖炉はお前たちだけのものじゃない!」


 結局彼らは店の隅に置いてある長椅子の後ろに立ったまま並ばされてしまった。ちょうど椅子の背が股間を隠していた。そんな様子をウルリーケとアカネは呆れた様子で見ている。


「ばかだねぇ、実にばかだねぇ」

「うわぁ、あの空間だけ異様に男臭いよ……」


 獣人、鳥人、竜人の五人が集まるとなんかその筋に人気がありそうな光景になってしまった。そこへ、真ん中に立つジロがステラに手招きする。


「髪を拭いてやる」

「えー、そこ行きたくないんですけどー」


 渋々という様子で、ステラはジロの前に胡座をかくとリネンを手渡した。彼が髪の毛を拭いている様子を、他の四人はすることがないためなのかじっと見ている。


「……なんかさぁ! いかがわしいんだよな構図が!」


 アカネは思わずツッコんでしまった。しかし、誰も賛同するものはいないようである。


「いかがわしいって、何がです?」

「どういうことなんだ、アカネ、説明してくれ」

「ええっと……と、とにかく色々言いたいことはあるけど一番は! せめてみんな下着ぐらい履いてよ見苦しい!」


 男たちは渋々といった様子で下着を履き始めた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 少し毛皮が乾いたジロとウルバンが戻って来る頃には、テーブルの上には食事が並んでいた。その辺で獲ったであろう水鳥の丸焼きと魚のスープが並んでいる。いずれも親の敵の如く大量の香草がぶち込まれており、匂いだけは食欲をそそられる。もう一皿にはぶどうが乗っていた。


「美味しそう、いただきまーす!」


 アカネとタナカが水鳥に飛びつくように齧り付いたが、その瞬間二人はあまりの臭さに吐きそうになった。


「ぐえっ! く、臭い! うんこ臭い!」

「香草が頑張ってくれてるけど、それでも無理……!」


 口直しに魚のスープを飲む。こちらは比較的マシであったが、それでも臭いは誤魔化せないものだった。


「その反応、君たちはこの街は初めてかな」


 先程の牛獣人の神官に話しかけられたので、アカネたちはそちらを向いた。すると、彼はニッコリ笑って言った。


「クソ不味いだろう。これはこの街の問題点を煮詰めたようなものだ」


 彼はフロローを名乗った。この街の神龍教教会の神官である。あの恋愛小説にブチギレていた男である。


「この臭いのしない物を食べられるのは、この街では他所から来た商人や金持ちだけだ」

「何らかの陰謀ですか!? ですね!?」


 ステラがやけに食いつくが、彼はそれを無視し、話を続ける。


「物事はそう単純ではない、この臭いを作り出してるのは他ならぬこの街の人々だ、だのに、自分たちが不味い飯を食っているのは金持ちのせいだと思っている」


 深刻の表情をしたフロロー曰く、屎尿を路上に捨てる者が後を絶たず、それらを小動物や虫が食べ、川に流れ落ちれば魚が食べ、それらの生物を水鳥や魔物が食べ、臭いが体内に蓄積されている。農作物や草食動物には影響が少ないが、多くの狩猟鳥獣に汚染が蔓延り、臭いの少ない輸入品が食べられるのは裕福な人々だけである、ということらしい。


「日々の生活で精一杯であるゆえの周囲への興味の欠如、経験則は重要ではあるがそれが全てであると考える科学的見地の軽視ないし無視……」

「要するに馬鹿ってことです?」

「そう言うと角が立つから婉曲的表現にしてたの」


 ともあれ、こういう話を地域のお偉いさんがする時は決まって冒険である。食事も不味かったのでこういう厄介事は避けたい一行であったが、タナカだけは乗り気であった。


「やろうよみなさん!」

「まだ何も言ってないが、手伝ってくれるならありがたいことだ」


 手伝う流れになってしまい、タナカ以外の面々は渋い顔をする。


「このぶどう酸っぱい……」


 が、ジロだけは手と口の周りを果汁でベトベトに汚しながら別の理由で渋い顔をしていた。

 それらの様子を、先の竜人の冒険者、フィーバスがジッと見つめていた。全裸で。さっき履いたのにまた脱いだのかよ。


「下着も全部ずぶ濡れなんだって……」

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