45.蠢く影(どうでもいいけど『蠢』って春、虫、虫って書くのなんかヤダ)


 エスメラルダの動向はどうであろうか。何らかの何かをどうこうしているのであろうか。彼女は古びた市庁舎の地下深くを探索していた。竜人の冒険者が先を行っている。


「フィーバス、噂は本当なの?」

「エルフ、ドワーフ、竜人、あらゆる長命種の文献に共通して載っているそうだ。驚異的な力を持つ聖遺物、この月の港にも保管されたという記録がある」

「そんな大層なものなら誰かがとっくに見つけていそうだけど」

「まあ、そう考えるのが普通だろうな……」


 そんな会話をしていると地下へ続く階段を見つけた。石造りの古い階段を下る。するとやがて大きな扉が現れた。その扉の周囲には厳重に鎖で封じられている。錠前も三重だ。


「どうするの」

「開けるしかないだろう」


 鍵開け用の道具を取り出し、鍵穴に差し込むと慎重に作業を始めた。そのまま十五分ほど経過しただろうか、そこで手が止まった。


「あ、これ開いてるわ元から」

「時間の無駄じゃないの!」


 憤慨するエスメラルダを無視して鎖を取り外していく。扉が重い音を立てて開かれた。中へ入るとひんやりとした空気が彼らの肌を撫でた。彼女の猫耳が辺りを探るようにピクピクと動く。明かりがないため真っ暗だが、壁に取り付けられた松明を手に取り火を灯す。」


「本棚もあるわね、ただ武器庫ってわけじゃないみたい」


 彼女が一つの本を手に取る、それは日記のようであった。その内容を見てエスメラルダの表情が驚愕に染まる。


『二丁目に出来た酒場のねーちゃんがめっちゃ可愛かった』


「本当にただの日記だったわ……」

「そんなもん置いとけよ、それより使えそうな物を探すぞ」

 

 エスメラルダは本棚に日記を戻すと、辺りを見渡す。部屋の奥の机に置かれた筒状の物体を見つける。


「これは……」


 埃を払い、持ち上げるとずっしりとした重みを感じる。『危険物・魔力過敏・起動には軍司令部の許可が必要』といくつかの警告が古い書体で書かれており、帝国の紋章が刻まれている。なにやら物騒なもののようであった。


「こっちのオシャレな鏡は割れちまっててダメそうだ。そっちはなにか見つけたか? 」

「……そうね、いいものがあったわ」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ジロたちの馬車は軽快に進んではいなかった。中世の街道、ましてや帝国崩壊後の道など整備が放置されており、大雨が降ればたちまち泥濘になってしまう。


「あまり急ぐと車輪がハマってしまうぞ」

「しかしこのままでは馬も俺達も体を壊す。近くに村でもあればいいが」


 シケ猫とシケ狼になったウルバンとジロが、幌の外にて相談をしていた。彼らも馬たちも全身ずぶ濡れだ。


「二人とも話すなら中に入りなよ、風邪引くよ」


 アカネの声が幌の中から聞こえてくる。続いてステラも叫んだ。


「入ってこないでください! 中がビチャビチャになります!」

「こいつ……」

「まあ、ステラの言い分にも一理あるんじゃないか?」


 話に加わったウルリーケも、ニヤリと笑ってステラに同調した。


「ウルリーケまで! 酷いよ!」

「冗談さ、半分はね」


 クスクスと笑いながら彼女は自分の外套を羽織った。


「乗りな、男ども。私が手綱を取るよ」


 そして御者台に座り込むと、馬を操ってゆっくりと前進させる。シケた二人は荷台に乗り込んだ。


「あーあ、もう。床が水浸しです。ブルブルしちゃダメですよ!」

「しない」


 ステラに喚かれながらも、二人は衣服をさっさと脱ぎ始めた。毛皮もすっかり濡れそぼっている。乾かすのには時間がかかるだろう。だがそれも旅の醍醐味である……そんな中、タナカは若干の疎外感を感じていた。移動手段が明らかに前近代な感じなので手伝えることもなく、まだみんなと打ち解けたわけでもないので会話に参加することもできず、ただ黙って座っているしかなかったのだ。


(このままじゃ、『お前もう馬車降りろ』って言われるのも時間の問題だ……)


 彼は内心焦りまくっていた。


 「どうしたの、タナカくん」


 そんな状態であるタナカを心配してか、アカネが話しかけてきた。


「いや、別に何でもないんだけど……あの、僕、何か手伝うことあるかな?」

「え? 今は特に何もしてなくていいけど……」

「そうかぁ」


 やはりタナカは気まずかった。彼を見て、アカネは自身が関東に引っ越してきた際の事を思い出した。親友、サヤカが話しかけてきてくれたからクラスに打ち解けることができた。それを思うと、彼を放ってはおけないと思いつつ、前回変なこと言ってたしなぁ……という気持ちもあった。しかしそれでも、サヤカならめげずに声を掛けたであろうと思い直し、彼の手を握った。


「気まずいかも知れないけど、何かあったらいつでも言ってね! みんないい人たちだからステラ以外! だからステラ以外にはいつでも頼ってね!」

「え、う、うん……」


 タナカは頬を染める。彼女は美人だし人懐っこいし、何より好意の祝福チートを持っているので、こういう手合は数秒あれば堕とす事が出来る。その気はないし悪女でもないのにファム・ファターるので彼女の人生には苦難が付き纏うことになるかもしれないが、ステラという米櫃に入った唐辛子のような存在がいる事は幸運であろう。


「ちょっと色々聞き捨てなりませんけど!? この私、ステラが一番良い人物であるという自負がありますけどね!」


 そうは言いつつ、タナカとは若干の距離を開けている。流石のステラも変態はちょっと嫌なのであった。

 しばらく道を進むと、御者台のウルリーケがジロを呼び出した。


「おいジロ、魔物だ、ローンウルフ」


 ローンウルフ、単独行動を行う狼型の魔物である。その性格は極めて獰猛、好戦的であり、悪天候下での行動を得意とする。単なる狼とは違い家畜は襲わず、戦闘力のある魔物や人を狙う習性を持つ。別名はいっぱいあってな、フローズヴィトニル、ヴァナルガンド、フェンリル、クソアホバカイカれ犬などが有名であり、高利貸の元に頻繁に通うことでも知られている。


「俺が出るか」

「いやいい、大きな音が鳴るから先に知らせておきたくてな」


 彼女は腰のホルスターから自作リボルバーを取り出した。かなりの大型であり、口径14.5mmの弾を使用、装填数は五。大口径弾を使用するために生まれる諸問題をドワーフの魔法金属で無理矢理ねじ伏せる荒技で作られ、反動もドワーフ族由来の腕力で強引に抑え込むような代物であった。だが弾薬は? そこで彼女の祝福チート、弾薬を自在にする能力が活かされる。魔力を使用し、弾薬が手のひらに生成された。


「ぬおお、我輩にも見せてくれ!」


 ウルバンが興味津々で幌から顔を出した。彼女もまた見せるだけなら構わないかと、シリンダーに弾を込めていく。


「はぁ〜〜〜なるほど、なるほどなぁ〜〜〜」

「うるさっ」


 弾を込め終えシリンダーを戻すと、撃鉄を起こす。その音を聞きつけたのか、はたまた殺気を感じ取ったか、茂みの中から黒い影が飛びかかってきた。瞬間、銃声が轟き、弾丸が放たれる。飛びかかった影はそのまま地面に叩きつけられ、ビクリと痙攣したかと思うと動かなくなった。胸部に大きな穴が開き、血と内臓がこぼれ落ちる。それを見たウルバンはまたしても何かに納得した様子である。


「んん〜〜〜〜なるほどぉ〜〜〜〜!!」

「ホントうるさいね」


 彼女が指を鳴らすと、弾薬は光を放ち消えた。薬莢も共に消え去るので後片付けいらずなのだ。まさしくチートである。ローンウルフの亡骸を回収すると、一行は再び雨宿りできる場所を探して出発したのだった。

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