野望の女はやべーの女の章

42.OH!嫉妬!

 前章のあらすじ

 ステラは激怒した。だいたいいつも不満げだったがその日は特に激怒していた。ジロにはステラがなぜ激怒しているのかわからぬ。しばらく考え、たぶん冷蔵庫に入っていたメロンを勝手に食べた事かもしれないと思い当たった。ステラは自分が損する事柄に関しては人一倍敏感であった。でも今回は普通にジロさんが悪いと思うよ。

「ジロさんは私の心を殺します」

「ごめん」

「謝りはするのですが、そんな申し訳ないという心を持っては居りませぬ」

「ごめんて……」

「冷蔵庫を開けた時驚きました、ジロさんは乱心ですか」

「また買ってくるから」

 聞いて、ステラは激怒した。

「呆れた物言いです、許して置けませぬ」

「週末、一泊旅行にでも行こうか」

 ステラは、単純な女であった。旅行に誘われたので、たちまち彼女は、言い包められ、すっかり気を良くしてしまった。

「泊まって何をするのですか。言ってください!」

 ステラは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その顔はりんごほっぺで、眉間の皺は、指で押すとぷにぷにしていた。

「言わないでください!」

 が、とても恥ずかしい想像をしたステラはいきり立って前言撤回した。

「すぐそういう事を考えるのは、最も恥ずべき悪徳です」

「俺だって、そういう事を望んでいるのだが」

 ステラは、ひどく赤面した。

 しかし後日、彼の言うそういう事とは食べ歩きと晩酌のことが判明した。彼に彼女を欺くつもりは、みじんも無かった。このおばか!

「ああ、何もかも、ばかばかしいです。ジロさんは、醜い裏切り者です。どうとも、勝手にするがいいんです。やんぬる哉」

 四肢を投げ出して、それから悔し泣きにおいおい声を放って泣いた。ジロは、旅館の部屋にあるあのスペースから彼女の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに彼女に近づき、顔をあからめて、こう言った。

「ステラ、君は、まっぱだかじゃないか。早くその寝間着を着るがいい」

 ステラは激怒した。

 

 本当の前章のあらすじ

 大陸に渡った一行は魔王国を訪れた。魔人たちと交流し、魔王国に住むドワーフ、ディートリヒと知り合う。彼は鍛冶職人であり、ジロの持つ刀の秘密を見抜いた。その過程で、一行がログレスを救った英雄であるという事が知られ、魔王アドリーヌの耳にも入る。彼女はジロたちに悪党ヴァレリーを征伐するよう依頼する。道中、仲間に加わったウルバンはヴァレリーら一行の一人であるウルリーケを探していた。少々トラブルに見舞われるも、なんとかヴァレリーら一行を追い詰め、捕縛することに成功した。


⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺


 さて、ジロたち一行は報酬を受け取ると再び南下を始めた。報酬金で買った二頭立ての幌馬車に乗るので楽ちんだ。ウルバンとウルリーケも同乗していた。彼ら二人は南岸の港町から船でビザンチスタンに向かうので、途中までは同行することになった。


「アカネ、お前日本人か! 首相が暗殺されて、大変なことになったろう」

「まあそうだね。とりあえずはなんとかなったみたいだけど、今はどうなってるやら」


 アカネとウルリーケは転生者トークで盛り上がっている。他の三人はノリノリで歌を歌っている。


「愛ってなんだ〜♪」


 熱唱するステラ、ジロも手綱を握りながら頭を振っており、ウルバンも二人の後ろでリズムを取っていた。そんなこんなで、どんなこんなだよ、ともかく一行は南へと向かっていた。途中立ち寄った宿屋の酒場でも、彼らはリズムを取っていた。


「あの三人はいいのか」

「突っ込んだら思うツボだからいいの」

「そっかぁ」


 アカネとウルリーケは彼らを無視して、ガールズトークを続けていた。


 「しかし、こんな異世界に飛ばされるとは難儀だな。私はいいさ、死んじまったしこっちの暮らしに満足してる。でもあんたはまだ若すぎるだろう。元いた世界に戻れりゃいいんだがな」


 ウルリーケはそう言ながら新しいワインの栓を抜き、グイとラッパ飲みする。


「うん、一応その為に旅をしている。ここから南西に行けば地球に帰ることが出来る魔道具が手に入るんだって」


 作者も忘れていた当初の旅の目的を思い出させてくれるアカネのファインプレーであった。サンキュっ!


「忘れるな作者が!」


 急に立ち上がって叫ぶアカネを見て、ウルリーケは目を丸くしていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ところで話は変わるが、魔王国の南部には月の港と呼ばれる都市がある。月に関する言い伝えがあるとか、そういうわけではなく流れる大河の形が三日月っぽいことからついた名だ。この都市はゴート族領アクイテーヌ公国の領地であるが、魔王国の住民やオークたちも数多く住む国際都市となっている、大河からは海に繋がっているため交易も盛んだ。魔族と有蹄獣人、そして他所から定住したオークや半獣人種、そして人類種が入り乱れて暮らしている。


「馬だぞ! 馬だぞ! 我が王国をやろう!」


 リチャード三世みたいな人も有蹄獣人には大喜びである。喜んでるのかなこれ。ともかく栄えた大きな街であり、だからこその問題もあった。うんこである。下水道を始めとするうんこ処理の都市機能が帝国時代と違い維持されていないため、街中にうんこがあふれているのである。更なる問題点は、主たる構成員である魔族と有蹄獣人がその辺りをあまり気にしないということである。つまり、大通りだろうが裏路地だろうがうんこが落ちていてもお構いなしなのだ。これはもう、どうしようもない。こうした状況は帝国の崩壊から、つい最近、中央から出向してきた神龍教の神官たちが改善に動くまで続き、近年にようやく改善の兆しが見え始めてきた。

 長々と綴ったが、この月の都こそが次なるエピソードの舞台である。ちなみに上記の話はちょっとしか絡まない。


「じゃあいちいち説明しなくてもいいだろ!」


 という意見もあるが、ここからが重要な話である。この一連の流れで、魔族・獣人派閥と神龍教派閥という構図が生まれた。言ってしまえば、神龍教は余所者である。そんな連中が宗教者であるという理由で高い地位につくのは、まあ別にいいけどなんとなく鼻持ちならない感じ……なのである。


「で、結局何が言いたいんだ」


 とにかく原住民と教会の間にゆるい対立軸があるということである。そんな街に稀人が一人。


「つまりこの街なら公開うんこしてもいいってことだな!」


 男はズボンを下ろしてしゃがみ、踏ん張り始めるがすぐに衛兵に取り押さえられた。


「獣人でも見えないところでするわ!」

「尿瓶の中身をその辺に捨ててるってことだよ」


 それを聞いた稀人はしょんぼりと頭を垂れ、そのまま衛兵に連れ去られた。そんな状況を聖堂の入り口から冷たい目線で見る女神官がいた。


「あいつアホね……」


 その、世にも美しい半獣人の女神官、名をエスメラルダという。彼女の美貌はマジパなくて、語彙力が消し飛ぶほどであった。その整った顔立ちは他人種でさえも魅了し、彼女が街を歩けば誰もが振り返った。


「こんにちは、エスメラルダ。お茶しませんか!」

「私ともお茶しませんか、いい茶葉を仕入れたんですよ、東方から仕入れた最高級の茶葉ですよ」

「エスメラルダはお茶なんて飽きてるさ、今の流行りはコーヒー」

「何がコーヒーですか! そんな饐えた泥水なんて誰も飲みませぇぇん!」

「なんだとぉ、草の煮出し汁飲んでる分際で……」


 彼女を誘いに来たと思いきや喧嘩を始める男たち。彼女は辟易としていた。カ◯ヨムや小◯家になろうのラブコメがどれもこれも『見捨てられたけど実は大人物だった』とか『高名な異性に偶然見初められた』とか『身近な異性に甘やかされてる』とかそんなんばっかりであることに。


(いや、そうじゃなくて……別に嫌いではないし……)


 心の中で地の文にツッコミを入れる。彼女が本当に辟易としているのはお茶やコーヒーである。きっとワインとか飲みたいのだ。


(だから、そうじゃないって……)


 じゃあ、街を歩く度にナンパをしてくる男たちに?


「そういうメタなネタには辟易としてるけどね!!」


 急に叫んだエスメラルダに男たちは驚き、小さくなってしまった。


「あら、ごめんなさいね」

「い、いえ、こちらこそすみません……」

「また今度誘うよ……」


 立ち去る男たちの背中を見て、彼女は舌打ちをする。彼らのような人間に何か言いようのない複雑な感情を抱えていた、最も近いのは嫉妬なのかもしれないと彼女は考えていた。


(よくもまあ、人に声をかけるほど自分に自信をお持ちのようで。余程育ちがよかったのね)


 心の中で毒づく。自分に声を掛けるなど分不相応、という意味ではない、彼女は普通の人々が嫌いだった。

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