第8話 初代の試練
数十分歩くと、ついにオルエイ高等学校へと到着した。
全長数キロにも及ぶ、超巨大学園。
敷地内にはグラウンド、校舎は当たり前、一種の生態系を作り出している巨大な森や、学生寮、また誰も人の住んでいない訓練用の村が複数など、ひとつの学校としては恐ろしい程の設備を兼ね備えたとんでもない学校である。
その迫力は、正門の前に立っているだけでも感じることができた。
試験の時は受験者数が多い為の対策か、別の門から入って来たので、こうやって正門をまじまじと眺めるのは初めてだ。
「すごい、、、」
隣にいたナルキが一言こぼす。
顔を見ると、完全に表情筋が固まっていた。
口の端をびくびくさせており、相当気おされているのがわかる。
実際だが俺もそうだ。
漆黒の門に二つの銅像、奥には高そうなこれまた漆黒な芸術品が縦に並んでいて、真ん中には光沢を発する真っ黒の道が更に奥までずっと続いている。
所々に豪華さを感じさせ、この道だけでも恐ろしい程の予算が注ぎ込まれている。
そしてなによりもやばいと感じるのは気配だ。
人ではない、動物でもない、学園自体が膨大な気配を発している。
言うなれば、目の前に死がいるみたいだ。
「ねぇエスタ、これってもしかしてだけど、」
「ああ、多分噂に聞く初代の試練。」
オルエイ高等学校は初代魔王とその直接の配下、初代四天王により創設された。
その目的はただ1つ、魔王を育成すること。
ここは魔王を作り出す教育機関であり、甘い気持ちで入る事は許されない。
以上の理由から、初代魔王は正門にて試練を設置した。
これがいわゆる初代の試練。
オルエイの入学者達は初め必ずこの正門を通らなければならず、例外はない。
生徒達はここを通り抜けて初めてオルエイ高等学校合格となるのだ。
しかし問題がある。
正門からは恐ろしいほど強大な殺気が放たれているのだ。
中へ入れば、まるで四肢をもがれるような精神的な苦しみが待っている。
生徒達は、その苦しみを抜けていかなければいけないのだ。
「前から聞いてたが、やっぱ話に聞くのと実際に見るのとでは全然違うな。」
俺がそう言うと、ナルキは強くうなずいた。
「そうだね。でもこれは入学の必須条件なんだよね。頑張って通らないと。」
強い気配を感じる。
ここから先を踏み出せないような、妙な感覚が体を襲う。
周囲を見ると、数十人の生徒たちが硬直していた。
俺たちと同じように気圧されているのだ。
申し訳程度に数人の先生らしき人物が生徒達を見守っている。
「ナルキ、進もう。」
「うん。」
俺は一歩踏み出す。
思っていたより簡単だった。
門を目の前にした時は絶対に動けないと思ったのに。
左のほうを見ると、ナルキは六歩進んでいた。案外何とかなりそうだな。
俺は深呼吸をしてから、再び進みだす。
一歩、二歩、、、
速さはナルキのほうがはやかった。
一緒に歩き出したのにもう二倍くらい差がついている。
こいつ早えな、と思いながら自分のペースで進んでいく。
一歩、二歩、、、
二十歩くらい進んだ所で、突如思いもしない寒気が全身を襲った。
今まで滅多に感じない感覚。
だが俺は覚えている。
これは、ガールと初めて接触したときの感覚に似ている。恐怖だ。
圧倒的な死を前にした時に感じる恐怖だ。しかも、ガールなんかのものとはレベルが違う。
全身に鳥肌が立つのがわかる。
指先一つ動かなくなる。
目の前にはあるはずのない幻覚が見え始めていた。
真っ黒な色のついた風に、一人の男。
ありえない光景に一瞬目をそらしたが、消えるわけじゃない。
俺は咄嗟に理解した。
これは現実なのだと。
幻覚だが、実在する。そこにあるのだ。
これが初代の試練。
オルエイ学生達が乗り越えるべき壁。
男は強大な殺気をこちらへと向けてきた。
質量など全くないはずなのに俺は圧で後ろに押されてしまった。
まるで竜巻の中にいるようだ。
四肢をもがれる程の強風の中で、糸一本を掴みながら耐えている感覚だ。
強すぎる殺気に意識を持っていかれそうになりながらも、一つの声が聞こえた。
『なんじ、何を求める。』
ずぶとくて強い声。
黒髪黒目で首に傷跡のようなものがついている。
俺はそれがだれなのかすぐにわかった。
初代魔王。
『なんじ、何を求める。』
強い。
例えが悪いが、ガール三千人分を相手にしているようだ。
とんでもない試験だな、こんなん突破できるやついんのかよッ!
辺りを見ると、もう誰もいなかった。
正確には見えなかった。
さっきまであんなに近くにいたナルキまで、男の殺気に隠れて見えなくなっていた。
『なんじ、何を求める。』
男は真っ直ぐ俺に問う。
近づくこともなく、遠ざかることもなく。ただそこにいるだけ。
そこにいて、強大な殺気を出し続けているだけ。
恐ろしかった。
理由などない、ただ恐ろしかった。
かつて、エイリア先生が俺に言った事を思い出す。
≪周りが自分の為に魔王を目指しているのに、他人の夢を叶えようとしているお前が、魔王になどなれるわけないだろう。≫
その言葉はびっくりするくらい正しかった。
これが魔王になるという事。
国のトップになるという事。
道中には予想のつかない程大きな壁がいくつも立ち並ぶ。
断崖絶壁の壁。それらをいくつも乗り越えて、それでもなれない圧倒的な存在こそが魔王。
こんなの、他人がどうこう言ってる魔族が辿り着けるわけない。
こんなちんけな志を持ったやつが最初の試練すら乗り越えられる訳がない。
だからあの時彼女はああ言ったのだ。
俺は魔王にはなれないと。
わかる。
俺は変化の最中にいる。
今までの駄目な自分を切り捨て、新たな自分へと向かっているんだ。
もし、ここでこの試練を諦めたら?
ダメだ。直感でわかる。
俺は死ぬ。
ダメだった自分に戻るだけではない。
二度と戻ってこれなくなる。
俺は決意したんだ。もう一度、あの日、レオンが攫われた日と同じように決意したんだ。
例え才能がなくとも、魔王になれる素質がなくとも、魔王になることをあきらめないと。
彼の為ではない。
俺の為だ。彼のような理不尽な子供を減らすために、この世界から根絶する為に。
そんなわがままを突き通す、強欲な自分の為に。
「こんな所で、立ち止まってられないッ!」
重い中。
まったく動かなかった右足を無理矢理一歩前へ突き出す。
『なんじ、何を求める。』
「魔王ッ!」
歯を食いしばって、拳を握りしめて、もう一歩踏み出す。
さっきまでは一歩も進めなかった。
だが今は進める。
殺気も、気配の強さも何一つ変わってない。
変わったとすれば、思い。
そう、これは気持ちを量る試験なのだ。
どういう思いでここへ通うのか。どんな気持ちでここへ来るのか。
受験がフィジカルや学力を量る試験だとすれば、これは思いを図る試練。
だが、もう俺には聞かない。
どんな殺気も、威圧も。俺のこの気持ちを止めさせる権利なんてどこにもない。
俺は確実に前へ進んでゆく。
一歩、一歩。
そして男の横を通り過ぎた瞬間、それまで感じていた恐ろしい殺気がついに一気になくなった。
乗り越えた、初代の試練を。
最後彼を通り過ぎたとき、男は少し笑ったかのように見えた。
幻覚か?
俺は即座にその場へ倒れこむ。
後ろを振り返ると、かなり進んでいるのがわかった。
体感では全然進んでいなかったのだが、実際はかなりの距離歩いていたらしい。
思い込みって怖いな。
ナルキの方はまだまだ苦戦中なようだ。
あと三十分くらいはかかりそうだ。
俺は置いていくのもなんだか気が引けたので彼を待つことにした。
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