第30話 決戦の地へ――

それから暫く経ったある日の事――遂に二人の元に例の通達が届いた。


優斗は自室の机に座り、ギルドマスターから受け取った辞令書をもう一度読み直していた。

それによれば、おそらく決戦は三日後の新月の晩に決行されると予想されているようで、その日までに優斗とカエサルはその地へ赴くようにとの事だった。


「――とうとう来たっすね」


言いながら優斗はその通達の内容を確認し直した後、それをテーブル上に滑らせるようにして向かいに座っているカエサルへと手渡すと、彼もまた無言でそれを受け取り内容に目を走らせた。

そして無言のままその紙をこちらに返して寄越す……その表情には緊張の色が見えるものの、恐怖や動揺と言ったものは見受けられない。どうやらカエサルなりに心の準備を整えていたようだ。


(こういう所は本当に男前だよな……俺なんかよりずっと)


そんなカエサルの様子を見つめながら優斗は小さく笑みを零した。


「何を笑ってるんだい?」


怪訝そうに尋ねてくるカエサルに、優斗は軽く首を振って見せる。


「んー……ただ、好きだなぁって思って」


微笑みながら自分の感じたままの素直な気持ちを伝えると、目の前の恋人は一瞬目を瞠った後、すぐに目を細めクスリと笑みを零した。


「ふっ……君はいつも唐突だな」


そう言うとカエサルはツイと手を伸ばしてきて、テーブルの上に乗せていた優斗の手を取り真摯な眼差しで見つめ返してきた。


「――私もだ、ユウト……私も君が大好きだよ」


言いながらぎゅっと手を握り締めてくるカエサルの手を優斗もまた握り返し、暫し二人は見つめ合う――。

お互いに何も口にする事はなかったが、その眼差しは言葉以上に互いの気持ちを雄弁に語っていた。


「さて、と――行きますか」


優斗は名残惜しい気持ちを抑えながら、握っていた手をそっと離すと、静かに立ち上がった。

そしてクローゼットから既に準備を済ませていた二人の荷物袋とマントを取り出すと、カエサルの元へと持っていく。


「カエサルさん」


「――ああ」


真剣な面持ちで椅子から立ち上がったカエサルに、優斗はマントを羽織らせ留め具をしっかりと留めてあげた後、自分もマントを羽織ると、再び彼の目を真っ直ぐ見つめ、想いを込めて宣言する。


「絶対、二人で生きてまたここに戻ってきましょう」


「ああ……必ずな」


優斗の言葉にカエサルもまた、その翡翠の瞳に強い決意の光を宿しながら力強く頷いた。


「では、行こうか――」


「――あっ!カエサルさん」


荷物袋を肩に担ぎ、玄関へ向かおうとするカエサルを優斗は呼び止めた――そして、振り返るカエサルの頭に手を添え引き寄せると、彼の唇にちゅっと軽く触れるだけのキスをした。


「へへっ……行ってきますのチューっす」


言いながらニッと悪戯っぽく笑いかけると、カエサルは先程までの緊張の色を消し、いつもの優しい笑みを浮かべてくれた。


「ふっ……まったく、君は緊張感って物がないのかい……」


「いやー……やっぱ大事な戦いの前だし?気合い入れとかないと、って思ってさ」


ははっと笑いながら頭を掻いて見せる優斗に、カエサルはやれやれと言った様子で小さくため息を吐いた後、ふと妖艶な笑みを見せたかと思うと、グイと優斗の襟首を掴んで引き寄せ、その唇を塞いできた。


「んッ……!」


突然の事に少し驚く優斗だったが、すぐさま差し込まれてきた舌に自分のそれを絡めていく。

そのまま暫くお互いの舌の感触を楽しんでから、どちらともなくゆっくりと唇を離すと、カエサルが悪戯っぽく言った。


「これくらいじゃなきゃ、気合が入らないだろ?ユウト」


「へへっ……っすね」


そう言って優斗はもう一度カエサルの唇に軽くキスをすると、ギュッとその身体を抱きしめた。


「カエサルさん……二人で無事に帰ってきたら、たっくさんキスしましょうね」


「ふふ……そうだな……もちろん、それ以上の事も、な」


「任せてください――もう、とろっとろにしてあげますんで、覚悟しといてくださいっす」


「ああ……楽しみにしてる」


そんな冗談ともつかない会話をしながらも微笑み合い、二人は暫しお互いの存在を確かめるように抱き合う――やがてどちらともなくゆっくりと身体を離すと、大きく頷き合った。


「じゃあ、行こうか」


「――っす、カエサルさん!」


こうして二人は決戦の地である和哉とギルランスが待つ場所へと向かうべく、仲良く手を取り合いながら玄関の扉を開き、その一歩を前へと大きく踏み出したのだった――。


――完――

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硝子のベール 磊蔵(らいぞう) @combu1925

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