第15話 天使の贈り物
そして翌日、テネルが帰宅すると早速皆はベルノルトの部屋へ集合した。
部屋にはベルノルトをはじめ、優斗、カエサル、エミル、そしてテネルの五人が集結していた。
「あ、あの……これはいったい……」
突然呼び戻され、訳の分からないといった様子のテネルの隣で、ベルノルトもこの状況が把握出来ずキョトンとした表情で周りの大人たちを見上げていた。
「すんません、テネル様……でも、どうしてもあなたに知ってもらう必要があると思って――」
「私から説明させていただきます――」
頭を下げる優斗をフォローするようにカエサルは昨夜、三人で話した内容をテネルに説明してくれた。
話を聞き終えたテネルは驚きの表情を見せる事もなく、黙って下を向いていたが、暫くしてフッとその表情を緩めた。
「そういう事でしたか……何となくそんな気はしていましたが」
そんな思いがけない反応に今度は優斗の方が驚いた様子を見せる番だった。
「……え?知ってたんすか?」
「ええ、まあ……ただもう一方で、私の施した護符の効力が弱まってしまったのかとも、考えたりしてましたが……」
そう答えたテネルは少し寂しそうな眼をしているように見えた。
そして彼女は、それまで黙って大人たちの会話を戸惑ったような表情で話を聞いていたベルノルトに向き直ると、彼の前に膝を付き、その小さな体をそっと抱き締めたのだ。
「お、おかあさま……?」
突然抱き締められ、何事かと目を丸くしているベルノルトにテネルは優しい口調で語りかけた。
「ごめんなさい……もっと早く気付いてあげられなくて……」
そう言って更に強く抱き締めた後、ゆっくりと離れたテネルの目には涙が浮かんでいた。
「……お、おかあ……さま……?」
何が何だか分からず戸惑うベルノルトにテネルは優しげな微笑みを浮かべたままその頭を撫でた。
「大好きよ、ベルノルト……あなたもあの子もどちらも私の大切は息子なの……だから、また一人にさせてしまってごめんなさい……」
そのテネルの言葉を受けたベルノルトは驚いたように目をまん丸くさせていたが、次第にその口元は弧を描き、目は細められてゆき……。
「……えへへ……おかあさまっ!」
そう言うとベルノルトはテネルに飛びつくように抱きついた。
「あらあら、危ないわよ?」
そう言いながらテネルはベルノルトを優しく抱きとめ、その頭を何度も撫でる。
そんな二人の様子を見つめていたカエサルと優斗はどちらからともなく顔を見合わせ微笑み合う。
(どうやら丸く収まりそうだね)
(みたいっすね)
無言のアイコンタクトで頷き合う2人の様子に気が付いたのか、テネルと抱き合っていたベルノルトはふと顔を上げ、彼女の腕から抜け出すと優斗とカエサルの前へとやって来て言った。
「ユウトさん……カエサルさん……」
少し照れ臭そうな表情を浮かべているベルノルトに、優斗は穏やかな表情で向き合った。
「ん?どうしたんすか?」
膝を付き、ベルノルトの視線に合わせた優斗が優しい声色でそう尋ねると、彼は戸惑い気味に聞いてきた。
「なんでぼくがさみしかったこと、わかったの?ふたりはエスパーなの?」
「ふふ……俺たちは違うっすよ――気が付いたのはエミルさんっす」
「え?エミル?」
優斗の言葉にベルノルトが驚いたような顔で、部屋の隅で成り行きを見守っていたエミルへと視線を向けた。
「え、あ、あの……」
いきなり自分が話題に上ったことで動揺したのか、エミルはしどろもどろになり狼狽えている。
そんなエミルにクスリと笑みを零した後、優斗は改めてベルノルトに向き直った。
「ベルノルト様、あなたは自分で思っているよりもずっとたくさんの人に愛されているんすよ――」
そう言って優斗はベルノルトの胸に――護りの紋章が刻印されている辺りにトンッと人差し指を当てながら言った。
「愛されているって事を忘れないで……」
その言葉に一瞬きょとんとした表情を浮かべるベルノルトだったが、徐々に表情が崩れていき――やがて大粒の涙と共に彼の口から嗚咽が漏れ出した。
「う……うぅ……」
今迄ずっと気を張って来ていたのだろう――優斗は泣いているベルノルトの体をギュッと抱きしめて、その頭を優しく撫でてあげた。
「今までよく頑張ったっすね……もう我慢しなくていいんすよ」
すると、優斗の腕の中の小さな嗚咽は、次第に大きな泣き声へと変わっていった。
「うあっ!あああああっ!」
そんな彼の背中をポンポンと叩きながらあやし続けているとやがて彼は泣き疲れたのか、静かに寝息をたて始めるのだった――。
****
****
「――では、後日、ギルドより改めて報告書が届けられますので……」
優斗とカエサルは再び初日に通された応接室に案内されていた。
向かいのカークスに一通りの報告を終えてから二人は席を立った。
そして、部屋を出るためにドアを開けた時、カエサルが思い出したようにカークスへと振り返った。
「ああ、そうだ――使用人たちの噂話もほどほどにされるように」
それだけ言うとカエサルはさっさと部屋を出て行ってしまった。
(お、カエサルさん、けっこう怒ってるなこれ――)
などと思いながら彼の後を追うように続く優斗がカークスに振り向くと、彼はバツの悪そうな顔をして俯いてしまっていた――どうやらカエサルに忠告されてしまった事を恥じているようだった。
そんな彼に苦笑いを浮かべながら優斗はペコリと頭を下げると部屋を後にした。
仕事も終え、少し離れがたい気持ちを感じながらも優斗がカエサルと共にギルドへ戻るべく玄関ホールへ向かうと、そこには見送りしてくれる使用人たちと一緒にエミルとテネル、そして彼女としっかり手を繋ぎながら立つベルノルトの姿が既にあった。
「あ、ユウト!カエサルさん!」
二人の姿に気が付いたベルノルトはテネルと繋いでいた手を離し、満面の笑みを湛えながらこちらに駆け寄って来た。
「お、ベルノルト様、元気になったっすか?」
優斗が笑顔でそう言うと、そのセリフを待っていたかのように彼は幸せそうな笑顔を見せながら大きく頷いた。
「うんっ!」
ベルノルトは元気よく頷くと、優斗とカエサルに向かってひらひらと手招きをしてきた。
「ふたりとも、ちょっとすわってくれる?」
(――?)
優斗とカエサルはベルノルトの意図が分からず、顔を見合せる。
「はやくっ!」
「――え?あ、はいはい」
言われるがまま慌てて優斗がベルノルトの前にしゃがみ込むと、続けてカエサルも戸惑いつつも片膝を付いてしゃがみ込んだ。
小さなベルノルトと視線の高さが同じとなった二人の目の前には、晴れやかな笑みを湛える彼の姿があった。
「あ、あの……どうかしたんすか?」
戸惑う優斗に、ベルノルトは微笑んだまま徐に手を伸ばし二人の首に抱き付いてきたかと思うと、優斗とカエサルの頬にそれぞれチュッ、チュッ、と軽くキスをしたのだった。
「ありがとっ!おにいちゃんたち、だいすきだよ!またいっしょにあそぼうねっ!」
屈託のない笑顔で言うベルノルトに、二人は暫く言葉を失い固まっていたが――いち早くハッと我に返ったのは優斗だった。
「あっ……はい!もちろんっす!また遊びましょう!」
戸惑いながらもニッコリと笑って答える優斗の言葉にベルノルトは嬉しそうに頷くと、元気よく「ばいばい!」と言いながら、くるりと踵を返して再びテネルの元へと駆けていった。
そんなベルトルトの姿に優斗は気恥ずかしさと共に胸の中に嬉しさが湧き出てくるのを感じた。
「へへ――」
鼻の下を指で擦り、照れ笑いを浮かべつつ立ち上がった優斗は、隣で未だ固まったまま呆然としゃがみ込んでいるカエサルに声を掛けた。
「カエサルさん?」
「……えっ?あ、ああ……」
声を掛けられた事でやっと我に返った様子で立ち上がるカエサルだったが、その顔には何とも言えない微妙な表情が浮かんでいた。
「で、では行こうか――それでは、失礼します」
そう取り繕うように言い、見送る屋敷の皆に会釈をするとカエサルはくるりと踵を返し、そのままスタスタと行ってしまった。
そんな彼の耳が赤く染まっている事に気付いた優斗は、思わずフッと笑みを零した。
そして最後にもう一度見送るベルノルト達に向き直り「それじゃ!」と頭を下げると、まるで照れ臭さを蹴散らすかのように大股で歩いて行くカエサルの後を慌てて追いかけて声をかける。
「カエサルさ~ん、なに照れてるんすか~?」
「い、いや、誰が照れてなど――」
揶揄うように言う優斗にカエサルは否定の言葉を返すが――どうやら小さな天使からのキスは効果絶大だったようで、普段冷静な彼からは想像も出来ないほど動揺している様子が見て取れた。
「正直に言ったらいいじゃないっすか~、可愛かったって」
「う、うるさいな」
そんな事を言いながら屋敷を後にする二人の背中に元気に手を振りながら見送るベルノルトと共に、エミルやテネルは深々とお辞儀をしてその姿が見えなくなるまで見送ったのだった――。
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