第14話 怪現象の正体
(カエサルさんは「任せろ」って言ってたけど、やっぱ心配だな……)
少し不安になりながら優斗はドアの前に立ち、ノックをしようと手を上げたその時だった――不意にそのドアが開かれ、ゴッ――と鈍い音を立てて優斗の顔面に直撃した。
「はぐっ!?」
想定外の衝撃と痛みに額を押さえながらその場に蹲る優斗を、驚いた顔をしたカエサルが見下ろしていた。
「ユウト!?――大丈夫かい?」
「あ、ああ……大丈夫っす――ってか、それはこっちのセリフっすよ!あんま遅いから様子見に来たんすけど……」
ぶつけた箇所をさすりながら涙目で優斗は立ち上がると、心配そうな表情を浮かべているカエサルに「大丈夫」という風に手を振って見せた。
「ああ、心配してくれたのかい……ありがとう――」
苦笑いを浮かべつつカエサルは優しく頭をポンポンしてくれる――それがなんだか子供扱いされているようで、癪全としない優斗だったが、その手の気持ちよさから振り払う事はせずそのまましておく。
「う~、まぁ大事がないならいいんすけど……んで、どうなりました?」
「ああ、それが……今回、私は特に手出しはしていないんだよ――」
「えっ!?」
予想外のカエサルの言葉に目を見開く優斗に対してカエサルは説明を続けた。
「君が部屋を出て行った後、暫く様子を見つつ、私は眼鏡を外してあの『腕』の鑑定してみたんだ――あれの根源が分かれば、こちらとしてもその対処方法が分かると思ってね――」
(なるほど……カエサルさんの鑑定スキルであの『腕』の正体が分かるかもしれないってわけか――つうか、カエサルさんの裸眼顔、見たかったな……)
もう少し早くカエサルの様子を見に来れば見る事が出来たかもしれない事に若干の悔しさを感じながらも、優斗は口を挟むことはせずに彼の言葉の続きを待った。
「まぁ、なんとなくその正体は分かったんだが、そうこうしてるうちに今度は何処からか大きな蛇が現れてね……あの『腕』を喰らってしまったんだよ……」
「あー、依頼書にも書いてあった蛇っすね――ってか、喰っちゃったんすか!!??」
素っ頓狂な声を上げながら驚きを隠せない優斗が可笑しかったのだろうか、カエサルはクスリと笑って見せた。
「私も最初は驚いたよ――で、その蛇は腕を飲み込むとそのまま消えてしまったんだ……まあ、これでこの件の真相はおおよそ解明できた訳だが――」
そこ迄言うとカエサルは隣のエミルの部屋に視線をやる。
「――ベルノルト様は今、エミルさんの部屋に?」
「――???え?あ、はい……そうっすけど……?」
つられてエミルの部屋のドアに目を向けた優斗はカエサルの意図が読めずに小首を傾げた。
「ひとつ確認したい事があってね……」
そう言うとカエサルはエミルの部屋の前まで行き、そのドアをノックした。
優斗も慌てて彼の後へ続く。
「はい――カエサルさん、ユウトさん……お疲れ様です――問題は解決出来ましたか?」
扉を開けたエミルは、期待を込めたような目をこちらに向けながら二人を部屋へ招き入れる。
そんな彼女にカエサルは「ええ、まぁ」と曖昧な返事をしつつ、そのまま真っ直ぐにベッドで眠っているベルノルトの元へ歩いて行き、そっと毛布を捲った。
そして何を思ったか、徐に手を伸ばすと、眠っているベルノルトのパジャマのボタンを外して前をはだけさせ、露わになったその胸に掌を当てがったのだ。
((――!!!?!!?))
これには優斗もエミルも驚きを隠せなかった。
「(ちょっ!何やってるんですか!)」
突然始まったカエサルの奇行に慌てて優斗は彼の肩を掴むと、ベルノルトを起こさないように小声ながらも制止の声を上げる。
しかし、彼はその手を優しく振り払うと優斗に顔を向けた。
「なに、少し確認したいだけだよ」
「はぁ……何を……?」
眼鏡の奥から向けられる有無を言わさないような真剣な眼差しに気圧されつつ優斗が問いかけ返すが、カエサルはその問いに答える事無く再びベルノルトへ視線を戻した。
そして、ベルノルトの胸に掌を当てがったまま何やら呪文らしい言葉を詠唱し始める。
すると、ベルノルトの胸の中心から淡く輝く光が浮かび上がったかと思うと次第にその光は収束していき、やがてその輝きを失った。
カエサルが手を退けたその部分を見た優斗は驚きのあまり息を呑んだ――ベルノルトの胸の真ん中に、直径5センチ程の小さな魔法陣のような模様が浮かび上がっていたのだ。
「やはりな……」
小さく呟くカエサルの横で、優斗は初めて見る不可思議な紋章に興味津々で見つめて呟く。
「こ、これは……なんすか……?」
「……カ、カエサルさん……これは、いったい……?」
ベッドを挟んだ向かい側で同じように紋章を覗き込んでいるエミルの呟きにカエサルは頷き、紋章を指差しながら説明を始めた。
「よく見てごらん……この印、二重に施されているのが分かるかい?」
「え……二重……?」
カエサルの言葉を受け、優斗はまじまじとその小さな魔法陣に見入る。
言われてみれば、確かに二つの印章が重なり合っているようにも見えるが、如何せん魔術系に関しては全くの無知である優斗には、それが一体どういうものなのか見当もつかなかった。
(――???)
魔法陣を凝視したまま首を捻る優斗の横で、小さな溜め息が聞こえた。
「うん……どうやら君にはちょっと難問だったかな?」
「す、すんません……」
少しバツの悪さを感じながら謝る優斗にカエサルは苦笑いを浮かべて見せた。
「いや、謝る必要はないよ……初めて見る人も多いだろうし――」
そう言うとカエサルは優斗やエミルにも分かるように、解説を始めた。
カエサルの説明によると、これはある種の呪術魔法の印が重なって施されているとの事だった。
まず、最初に一つ目の印があり、その後、その上から二つ目の印を刻印した、という二重構造になっているそうだ。
そして、そのまま続けられたカエサルの話に、優斗とエミルは驚愕し、言葉を失った。
「この一つ目の印――これはベルノルト様の実の母親が施したものだ……そして、それに重ねるようにして刻印されたほうはテネル様が施したのだろう……」
(えっ!――それはいったいどういう……まさか、本当にテネルさんが呪いを――?)
予想外のカエサルの言葉に優斗とエミルは驚きを隠せなかった。
そんな二人とは対照的にカエサルはいたって冷静に事実を語っていく。
「まず、一つ目の印章――これは『厄除け』や『魔除け』の役割を果たす印だ……当時の母親が愛するベルノルト様をあらゆる厄災から護りたい、という想いで施したと推測される……その時はそれで良かった筈だったが――」
はだけたベルノルトのシャツを整えながらカエサルは続ける。
「不幸な事に彼の母親は亡くなってしまった――この手の魔法は術者が亡くなっても消える事はなく、その想いと共に残り続けるんだが、どうやら今回はそれが悪い方向に作用したようでね――」
そこまで言うとカエサルは優斗に「ここまでは理解出来たかい?」と尋ねて来た。
「あ、はい……まぁなんとか……」
友人たちから『脳筋』と揶揄されるだけあって、あまり頭脳労働は得意ではない優斗だが、カエサルの丁寧な説明によりなんとか付いて行けていた。
苦笑交じりに優斗が答えると、それを聞いていたエミルも「そうですね」と同意の意を示しながら二人をソファーへと促した。
そして、三人はエミルが淹れてくれたお茶を飲みながら話の続きを始めた――。
ソファーに腰を下ろし、カップのお茶を一口啜った後、カエサルは優斗とエミルに対して「いいかい――」と前置きしてから再び静かに語っていく。
「――ベルノルト様の母親は幼い彼を残して逝く事に相当心残りがあったんだろう……我が子に対する強い愛情と、ベルノルト様の母親を亡くした喪失感とが混ざり合い、それが邪なモノへと変化していき……その思念がとうとうあの『腕』という姿となって表れたんだ……きっとそのままならあの『腕』に彼は連れて行かれただろう――それが2年前の話だ――」
「えっ!?2年前って?――でも、そん時は別に騒ぎにもなってないし、ベルノルト様は今でも無事っすよ……?」
思わず口を挟んでしまった優斗にカエサルは苦笑いを浮かべた。
「ああ、そうだね……それにいち早く気が付いたのは、当時この家に嫁いできたばかりのテネル様だった――彼女はあの『腕』からベルノルト様を護る為に母親の遺した印の上に新たな”護りの印”を重ねて施したんだ――それが具象化したのがあの『蛇』っていうわけだよ」
そこで一旦言葉を切ると、カエサルはカップのお茶を一口、口に含み一呼吸置く。
「……その印とテネル様の十分な愛情のおかげでベルノルト様の心も平穏を取り戻し、大事に至る事無く事態は収束した、はずだったが……今回、テネル様に実子が産まれた事がきっかけなのかどうかは定かではないが、再びベルノルト様の心が乱れてしまったんだろう……タイミング的に見て間違いないだろうね」
因みにカエサル曰く、『腕』が徐々に伸びてきているという現象はベルノルトの心の中で不安や恐怖といった負の感情が大きくなっている現れなのだが、これは彼自身に自覚の無い深層心理下で起こっているので、本人も無意識のうちにこの現象を呼び起こしているらしかった。
そしてまた、これは彼がまだ幼く心が未熟故の事象で、成長と共に安定していく、との事だ。
「しかし……前回はテネル様の護符で防げていてたものが、なぜ今回はここまで……」
そんなカエサルの呟きを聞いた優斗は、ハッと先程エミルから聞いた話を思い出し、漸く事の全貌が理解できたような気がした。
「もしかしたら、ベルノルト様は使用人たちの噂話を聞いちゃったんじゃないっすかね」
優斗の言葉にカエサルは一瞬驚いたように目を瞠るが、すぐに納得したように頷いた。
「そうか……きっと、それがトリガーとなってしまったのだろう……」
「……っす」
カエサルを見つめたまま優斗は大きく頷いた。
つまり、ベルノルトは使用人たちの心無い噂話を耳にしてしまった事により、彼の心の奥底で再び負の感情が芽生えてしまったのだろう。
そして、それによって、本来彼を護るべき存在であった筈の実母の印が、また悪い方向へと変容してしまったのだ。
母親の子供への愛情、というとてつもなく強い想いは彼への執着へと変貌し、膨れ上がっていく彼の心の闇に同調するようにその姿を変化させていったのだった。
そして、今回の異変も前回同様、テネルの護符が発動し、蛇が腕を喰らいながら彼を護っていたのだが……今回はそう簡単には行かなかったのだ。
タイミングや噂話といった、いろいろな条件が悪いほうへ重なってしまい、テネルの『蛇』では対処しきれなくなった、という事なのだろう――そう優斗は結論付けた。
そうであるならば、今、するべき事は一つなのだ――優斗はある提案を二人に持ちかけた。
「――そういう事なら……エミルさん――」
「え?あ、はい……」
いきなり話を振られ、少し驚いたように返事をするエミルに優斗は続けた。
「今日の明日で悪いんすけど、別荘へ行ったテネル様を呼び戻して来てもらえないっすかね?」
「あ、はい……かまいませんよ……」
いきなりの優斗の提案に少し戸惑いつつもエミルは了承した。
隣に座っているカエサルも少し驚いたような表情で優斗を見ている。
「ユウト……なにか考えがあるのかい?」
「う~ん、たぶん……上手くいくとは思うんすけど……」
カエサルの問いに優斗は頭を掻きながら苦笑いを見せた。
確証は無いが優斗の中にはこれで上手くいくはずという確信があった。
「ま、取り敢えず明日テネル様が帰って来るのを待ちましょう……」
そう言うと優斗はカップのお茶を一気に飲み干した。
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