第10話 かくれんぼ
(う~ん……みんなドコに隠れてるんだろ……?)
優斗は館の一階を探索していた。
あれから四人でかくれんぼを始めたのだが、鬼となった優斗は三人を見つける事が出来ずにいた。
「――てか、この屋敷広すぎじゃね?……」
そんな事をボヤきながら廊下を歩いていると、ふと覚えのある香りが優斗の鼻腔をくすぐった。
(これは……カエサルさんの……?)
優斗は思わず立ち止まり、辺りを見回す。
その香りに導かれるようにそのまま歩いていくと、階段下の一画へたどり着いた。
一見すると、そこは何もないただの薄暗い空間のようにも見えるのだが――優斗は躊躇せずその空間へ向けて手を伸ばした。
すると、まるでカーテンでも開けるようにそこの景色が割れ、その向こうの空間が覗いた。
「――!……見っけ!」
裂け目から漂う嗅ぎ慣れた匂いに、優斗は顔を綻ばせた。
その空間の中では目的の人物が驚いたような顔をして立っていた。
「な、なんでここが分かったんだ……?」
「へへっ、俺の鼻を見くびってもらっちゃあ困りますよ!」
そう言ってドヤ顔で胸を張る優斗に、その人物――カエサルはやれやれといった様子で微笑む。
「鼻って……それはズルくないか?」
「え~、魔法のカーテンなんて使うカエサルさんのほうが、ズルっすよ」
言いながら優斗は中に足を踏み入れ、開けたカーテンを再び閉ざした。
これで、優斗とカエサル、即席『二人きりの空間』の出来上がりというわけだ。
「次はカエサルさんが鬼っすよ……」
ニッと笑いかけながら優斗はカエサルへ手を伸ばして引き寄せると、その身体抱き締めた。
「お、おい……ユウト……?」
突然の行動に戸惑いを隠せない様子のカエサルの耳元で優斗は小声で囁く――外からは見えないといっても、音や声は伝わりかねないからだ。
「(ちょっと、充電させて下さい)」
優斗はカエサルの首筋に顔を埋めながら、その匂いを堪能するかのように息を吸い込むと彼を抱く腕に力を込めた。
そんな優斗の様子に諦めたのか、カエサルは小さく溜息をつくと、そのままされるがままにしていた。
「(……ったく、仕方ない奴だな……少しだけだぞ?)」
その口調とは裏腹に満更でもなさそうな表情を浮かべるカエサルは、自らも優斗の背中に手を回してきて、まるで駄々っ子をあやすようにポンポンと叩きながら応えてくれた。
しばらく無言で抱き合っていた二人だったが、どちらからともなく離れると自然と見つめ合う形になる。
優斗はそっとカエサルの口元に顔を寄せると、そのまま口づけた。
昨夜の『キス解禁』があったおかげか、カエサルはもう拒む事無くキスを許してくれた。
最初は軽く触れる程度だったが、優斗が舌でカエサルの唇をノックをすれば、すぐに口を開いて受け入れてくれ、そのまま深い口付けへと発展してく――だが、やはり眼鏡が邪魔をしてくるのだ。
「(やっぱ、眼鏡……外さないんすか?)」
唇を離すと優斗はそんな質問をする。
「(……それは、まあ……)」
そう曖昧に返事をするカエサルの頬に優しく手を添えながら、優斗は再び彼に問いかけた。
「(またキス、しちゃいましたね?)」
「(う、うむ……そうだな)」
優斗の言葉に動揺したのか、カエサルは少しどもりながらも頷く。
カエサルの反応に苦笑いしながらも、そんな彼がとても愛しく感じられ、優斗は心の中に彼に対する想いが急激に溢れて来るのが分かった。
(ダメだ……言ったら……またこの人を困らせちまう……)
頭の中で警鐘が鳴り響くのを感じる。
彼が今のセフレ以上の関係を望んでいない事は優斗も承知していた――頭では分かっていた――だがそれでも口に出さずには居られなかった。
「(カエサルさん……俺、本気っすよ?本気でアンタの事が好きなんだ)」
優斗は真摯な眼差しで彼を見つめながら真剣に告げる。
その言葉にカエサルは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、少し気まずそうに視線を逸らした。
「(何で今、そんな事言うんだ……)」
「(だって、いつもはぐらかすじゃないっすか?――俺はカエサルさんに惚れてるから、アンタが『セフレでなら』って言うなら――アンタを抱けるなら、それでも良いって思って来たっすけど……でも、やっぱ正直、このままじゃ嫌っす)」
真剣な表情で見つめる優斗に、カエサルは困惑の表情を浮べた。
そんな彼を更に追い詰めるように、優斗はそっと彼の頬に手を伸ばす。
「(好きっすよ……大好きです)」
言いながら再びカエサルにキスをしようと顔を寄せるが、今度はそれを許してもらえなかった。
「(な……!ま、またそんな事を……君は私と違って元々はノンケだろう?)」
そこ迄言ってカエサルはプイとそっぽを向いてしまった。
そんなカエサルの言動に、優斗は、彼が自分の気持ちを受け入れてくれない理由が少し分かった気がした。
もしかしたらカエサルは、ゲイでもない優斗が本気で自分を好きになるはずはないと――そして、いつか『やっぱり女のほうがいい』と優斗が去って行ってしまうかもしれないという事を、心のどこかで恐れているのではないだろうか……そんな考えが頭を過った。
「(なあ、ユウト……)」
不意に、カエサルが話しかけてきた。
「(……今の関係のままではダメなのかい?……いや、もしかしたら、それすら君のキャリアに於いての汚点になってしまうかもしれないかな……)」
カエサルは顔を背けたまま自嘲気味に笑いながら呟くと更に言葉を続ける。
「(……君もいつか心惹かれる女性と出会うだろうし、その時私の存在が邪魔になったら申し訳ないだろう?)」
その言葉に優斗はムッとした表情を浮かべると、カエサルの両肩を掴み自分のほうへ向けさせる。
「俺が惚れてんのはアンタだって言ってるでしょ!」
思わず声を抑えるのも忘れて語気を荒げてしまうが、今の優斗にはそれを気遣う余裕は無かった。
珍しく強引な態度の優斗に一瞬驚いたように目を瞠ったカエサルだったが、すぐに苦笑いをしつつ再び顔を逸らした。
「よく言う……先程だって、さんざんテネル婦人に見惚れていただろう?――やはり君は女性のほうがいいんじゃないか?」
そう言って皮肉めいた笑みを浮かべると、優斗の手を払い除けようとする。
だが、優斗はそれを許さず、その手をしっかりと掴んだまま真剣な表情で続けた。
「確かにテネルさんは綺麗っすよ――」
「――ほら、やっぱりそう――」
「でも!!」
尚も言い募ろうとするカエサルの言葉を遮って、優斗は大きく首を振ると彼を引き寄せ、力いっぱい抱き締めた。
そしてありったけの想いを込めて言葉を紡ぐ。
「でも、俺的にはこの世のどんなに綺麗な人だってカエサルさんには敵わないんすよ――何度だって言います――俺はアンタだから惚れたんだ!他の人じゃダメなんすよ!アンタしか欲しくない……」
その言葉を聞いた途端、カエサルは諦めたかのように優斗の腕の中で硬くしていた身体の力をフッと抜くと、大きくひとつ溜息を吐き、そのまま黙ってしまった。
呆れられたのだろうか?――そんな考えが頭をよぎるが、ここで引くわけにはいかない。
優斗は尚も言葉を繋いでいく……。
「ねえ、カエサルさん?……アンタにとって俺は和哉の代わりかもしれないし――ただの性欲解消のための道具に過ぎないのかもしんないけど……」
「違う!私はそんなつもりは――!」
その否定の言葉を言わせる余裕すら与えず優斗は続けた。
「それでも俺はアンタの事が好きなんだ……だから俺の気持ちを信じて欲しいっす……」
優斗はそう言って更に腕に力を込めると、その思いを伝えるかのように彼の肩に顔を埋めた。
「俺はもうアンタを諦めるなんて出来ないから……だから……俺にチャンスを下さい……」
優斗の言葉に、しばらく黙り込んでいたカエサルだったが……やがて苦笑しながら口を開いた。
「全く……キミは強引なのか、謙虚なのかよく分からないな……」
やれやれと言った様子で小さく溜息を零すカエサルだったが、どこか優しげな声音でそう呟くと、彼の腕が優しく背中に回されるのを感じた。
その感触に優斗が安堵しかけたその時だった――不意に誰かが走ってくる足音が聞こえて来た。
(――誰か来る!?くそっ、こんな時に……)
足音は徐々に優斗達のいる階段下へ向かって来ていた――
「ベルノルト様ー、どちらに隠れてますかぁ?……もうすぐバイオリンのお稽古の時間ですよ~?」
声の主はエミルだった。
せっかくカエサルの気持ちが解け掛けてきたと思った矢先にこれか……と、優斗は人知れず落胆する。
しかし、自分がかくれんぼを提案した手前このままという訳にもいかず、素早くカエサルから離れてカーテンを開け放った。
「エミルさん!カエサルさんを見つけたっすよ」
そう言いながら優斗が階段下へ姿を見せると、彼女は驚いたような声を上げた。
「あら!ユウト様!こんな所に?……ベルノルト様は……まだ見つけられてないようですわね?」
「残念ながらまだっすね」
優斗は微笑みながら小さく頷く。
(まいったな……まさかこんなタイミングで邪魔が入るとは……)
そんな事を考えつつも、優斗はエミルに目線を合わせながらにこやかに口を開く。
「じゃあ、三人で手分けしてベルノルト様を探しましょう――稽古に間に合わないと困るんすよね?」
「ええ……そうなんです……全く、どこに隠れてるのかしら?」
エミルは少し困ったような表情で返事をすると、ベルノルトの名を呼びながら去っていった。
(さてと……)
優斗は一息つくと、魔法のカーテンを撤収しているカエサルに近づいていった。
「あの……カエサルさん?」
優斗の声にビクリと肩を震わせたカエサルは、ゆっくりと振り向いた。
その表情にはどこか焦燥感が浮かんでいた。
そんなカエサルに優斗は優しく微笑みながら言葉を続ける。
「さっきの事……考えといて下さいよ?」
それだけ伝えると、優斗はカエサルから離れ、ベルノルトを探すために駈け出して行った。
一方、残されたカエサルは複雑な表情で俯いていたが、やがて顔を上げると小さく呟いた。
「まったく……急に何を……今の関係のままで充分だというのに……」
そして、一つ息を吐くと自分もベルノルトを探すべく歩き出した――だが、その頬が少し赤く色付いている事に、彼自身気付いてはいなかった……。
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