第6話 見送る背中

「やっぱ、今日も帰っちゃうんすか?このまま一緒に朝までいればいいのに……」


行為の後、帰る為に身支度を始めたカエサルを、ベッドに横たわったまま優斗は名残惜しい気持ちを抑えつつ見つめる。

いまだ、カエサルとは朝を共に迎えた事が無いのだ。


「何度も言っているだろう……君とは恋人同士ではないんだよ?」


「分かってるけど……セフレだって朝まで一緒する事くらいあるんじゃないっすか?俺とカエサルさん、何回ヤッたと思ってるんすか」


優斗は不満げに口を尖らせながら起き上がると、シャツの袖ボタンを留めているカエサルの腰に抱きつき、グリグリと顔を押しつける。


「こら、じゃれるな」


「やだ……もっと一緒に居たい」


そう言って抱きつく力を強めると、カエサルは困ったように苦笑し、優しく頭を撫でてくれた。


「……はぁ……まったく甘えん坊だなユウトは……でもね、聞き分けておくれ。今の私たちの関係で朝まで共に過ごすというのは違うだろう?」


「それは……そうっすけど……」


(ちぇ~っ、さっきまでさんざん俺の腕の中で可愛く乱れてたのに……)


カエサルのつれない言葉にそんな事を考えつつ、優斗は渋々ながら手を離す。

ここで我儘を言って、彼を困らせてしまえば、せっかく築き上げてきたこの関係を解消されかねないからだ。


(これが『惚れた弱み』ってヤツなのかな……)


自嘲気味に笑いながら、優斗は再びベッドに寝転がる。


(それにしても……やっぱり惜しいなぁ……)


チラリと横目でカエサルを見ると彼は帰り支度を済ませたところだった。

先程まで情事に及んでいたとは思えないほどテキパキとした動きで衣服を身に着けていき、あっという間にいつもの隙の無い格好に戻ってしまった。


(もうちょっと余韻に浸りたいんだけど……)


しかし、そんな事を口にすればまた子供扱いされてしまうので黙っておくことにする。


「……さて、今度こそ本当に失礼するよ――ああ、宿の支払いは私がしておくから、ユウトはそのまま泊まっていくといい」


そう言いながらドアに向かって歩き出すカエサルの背中に声をかける。


「あざっす!――お休みなさいカエサルさん、また明日……」


本当なら強引にでも引き止めたい気持ちを抑えつつ、笑顔を作り、物分かりの良いセフレを演じるしかない優斗であった。

部屋を出る寸前、カエサルは一瞬足を止めて振り返った。


「――ああ、おやすみ……ユウト」


そう言って微笑んだ顔はどこか寂しげだった。


(あれ……?)


その表情に違和感を覚えた優斗だったが、すぐにドアが閉まり姿が見えなくなってしまった為、確かめる事はできなかった。


(気のせいかな?……ま、いっか)


考えても仕方ないと思い直し、優斗は一人ベッドの上で天井をぼんやりと眺めていた。


(あ~あ……いつんなったら俺の事、恋人にしてくれるんだろうなぁ……)


溜め息を吐きながら、ゴロリと寝返りを打つと、先程までカエサルがいたシーツの上を掌で撫でる。

そこは既に温もりを失っており、ひんやりと冷たかったが、微かに香るカエサルの残り香を感じた優斗は愛しさと同時に寂しさを覚えた。


(……俺、結構好かれてると思うんだけどなぁ……体の相性だって悪くないと思うし……)


その証拠に、シーツの所々に残る染みはカエサルがどれだけ優斗との行為に感じてくれたかを如実に表している。


(あ~、マジでちゃんとあの人の心まで欲しいな……絶対諦めねえからなっ!)


改めてそう心に決めつつ眠りにつく優斗であった。

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