第6話 仮想戦

難しいことを一気に伝えられたので少し混乱した。その頭のまま先生に連れられ今度は何もないだだっ広い場所に行った。縦横100m、高さ10m以上はありそうな空間だ。

「ここでは仮想戦が行えます。魔人を一体用意するので変身して戦ってみてください。」

そう先生に言われた。それぞれ神妙な顔をしている。それにしても変身か。どうやるんだっけ。・・・そうだあの恥ずかしい言葉を言わないといけないんだった。

目の前に昨日見た魔人が現れた。これどうやってるんだろうか。

「それでは順番に変身してください。」

先生のアナウンスが聞こえる。並んでいる順番的に私が最初っぽい。よし覚悟を決めるか。どうせやるなら格好よく変身しよう。

私は両腕を前に突き出し肘を重ねてクロスする。そして腕を引き拳を腰に当て「コメット・チェンジ」と言うと体が光に包まれ白いワンピースに白いリボンでくくったポニーテール。髪の毛は白くなり両腕には金色の龍の頭を象った籠手がはめられる。

ふう。この状態になると精神が高ぶってくる。私は一息つくと右隣を見た。

そこには黒髪ポニーテールできりっとした目の女性がいる。手には折り畳み傘が握られている。そして傘の留め具を外すと青い光に包まれ彼女は青いウインドブレーカーに身を包み、青いシュシュで纏めた位置が高めの短い黒髪ポニーテール。右側頭部には彼岸花の髪飾り。傘の布部分は展開され織り込まれていき刀の形になった。

秋雨さんの姿は凛々しかった。清廉な水という感じがした。次は夢見さんの番だ。

彼女は少しおどおどしながら赤と白の縞々模様のステッキを胸の前に抱えると、横にぽんっと茶色い小さな熊の妖精が現れた。そして「ドリーム・チェンジ」とつぶやくとピンク色の光に包まれ、ピンク色のストレートツインテールに可愛い熊の髪飾り。白黒のゴシックドレスに身を包んだ。すごく可愛らしい。地雷系という格好だが彼女にはとても似合っている。

次は薔薇園さんだ。彼女はスカートの裾から棘棘の刃がついた短剣を取り出した。そしてその棘で人差し指を刺すと血を地面に垂らした。すると紫の光に包まれ、薔薇の花のように編み込まれた銀髪に紫色のドレスという装いになった。気品ある美しさが漂っている。

最後は火暗さんだ。彼女はよっしゃと両拳をぶつけると赤い光に包まれ、柔らかな金髪マッシュショートに黒いチェーンメイルの上から深紅の鎧を着こんでいる格好になった。苛烈さの中に清潔さもある。


これで全員の変身が完了した。ざっと並びを見ると身長的にちょうどVの形になっている。それにしても皆いい格好しているな。私はただの白いワンピースなのに。それによく見ると私以外の人はネックレスをしていない。この四角いネックレスは多分Mーキューブだと思う。通常の黒色ではなく金色だが。私以外はMーシステム以外で変身しているということなんだろうか。なんでそれで変身できるんだろう。

「では、戦闘を開始してください。魔人の強度は最大に設定しておきます。そしてこの空間は仮想空間なので建物が壊れたり、痛覚はありますがあなた方が現実にダメージを負うことはありません。それでは勇者の力を思う存分見せてください。」

先生のそのアナウンスで意識が切り替えられた。いけない、私すぐに考え事をする癖があるな。気を付けないと。

相手の姿を見ると昨日の魔人と大元は変わらないが頭の模様の色が金色になっている。そして黒い体に金色の筋が走っている。明らかに昨日の魔人とはオーラが違う。今私たちと魔人の距離は5mほど離れているがびりびりとした空気の震えを感じる。

緊張感から額に汗をかく。汗が額から目に流れ一瞬目を閉じた隙に魔人が目の前まで迫っていた。なっ。咄嗟に腕を胸の前でクロスするが空いている腹に拳を撃ち込まれた。バンッという衝撃音とともに後方へ吹き飛ばされる。痛みに耐えながら足を地面に着け勢いを殺す。内臓が破裂したのかと思った。そのくらい重たい一撃だった。ここが仮想空間で助かった。他の四人は私が吹き飛ばされたのを見て、それぞれ動き出した。

まず秋雨さんが刀を中段に構えると地面を蹴り一気に間合いを詰めて魔人の背中から斬りつけようとした。そこに火暗さんも炎をまとった拳を撃ち込もうとする。しかしその時には魔人は移動しており夢見さんの前にいた。

夢見さんはステッキを振り巨大な熊のぬいぐるみを出現させ魔人の拳を受け止めた。そこを狙って薔薇園さんが地面から薔薇を出現させ茎で魔人の体を拘束する。そして縛り上げていった。

火暗さんはそれを見て目を輝かせ跳躍すると炎の拳を魔人に撃ち込んだ。だが炎のせいで薔薇は燃え拘束は解かれた上に魔人には大してダメージが入っていないようだった。

「何をするのよ! 邪魔しないで。」

「ああ? 別にいいだろがよ。」

薔薇園さんが冷たく言い放つも火暗さんは平然と言い返す。その間に魔人は二人の背中に一発ずつ蹴りをお見舞いした。ぐはと二人は呻く。このままではまずい。

「皆さん、協力しましょう! でないと絶対にあの魔人は倒せませんよ!」

私がそう叫ぶと皆私の方を向いた。協力してくれるだろうか。皆魔人の攻撃を受けその力を思い知ったのか一か所に集まり自然と背中を守りあった。

「しょうがない。背中は預けてやるよ。」

「はい、皆さん力を合わせて魔人を倒しましょう。」

火暗さんと私の言葉に他の三人は頷く。しかしどうすればいいのだろうか。相手の一撃はあまりにも重すぎる。動きを止めるか防御し隙を作るかしないと攻撃を当てることさえ叶わない。一か八か協力するしかない。

「夢見さん、防御は任せてもいいですか?」

「うん、わかったの。」

夢見さんは拳を握って答えてくれた。

「薔薇園さんは魔人の拘束をお願いします。」

「わかった。任せて頂戴。」

薔薇園さんは静かに頷く。

「秋雨さんと火暗さんは魔人の足止めをお願いします。そして薔薇園さんが魔人を拘束したら私が熱光線をお見舞いします。」

私が言い終わるとそれぞれ指示通りに動き始めてくれた。秋雨さんは流水のような華麗なステップで魔人を翻弄し刀で斬りつけていく。それに合わせ火暗さんが重たい拳を撃ち込んでいく。魔人が攻撃しようとすると夢見さんがそれをぬいぐるみで防いでくれる。そして一瞬生まれた隙に地面から生えてきた薔薇が魔人を再び拘束した。

今だ!私は両腕を突き出し手のひらに光を集めていく。集まったエネルギーは熱を帯び龍の咆哮とともに二つの熱光線が発射され螺旋を描きながら一筋の熱光線となる。

いけー!私がそう叫ぶと魔人の体はまばゆい光に包まれ体に大きな穴が空いた。


はあ、はあ。やったか。魔人は立ったまま動かなくなった。ふう。やっと終わった。そう安心していると、魔人の目が突然開かれ額から二本の角が生え背中からは黒い翼が生えた。

なんだあれ。先ほどとはまるでオーラが違う。禍々しさが空間をばりばりと震わせる。これは勝てない。直感的にそう思ってしまった。今思えばその瞬間にもう敗北は決定していたのだ。

私たちはわけもわからず成す術なく全員地面に倒れていた。

「では、仮想戦を終了します。お疲れさまでした。」

先生のアナウンスではっとする。そうか私負けたんだ。これがもし実戦だったら何回死んでいたんだろう。いや一回死んだら終わりなんだけど、そのくらい圧倒された。

私は昨日の戦いで浮かれていた部分もあるのかもしれない。自分は強いんだと。けどそんなことは実際なく、痛みにうちひしがれていた。


仮想戦が終わった後私たちはしばらく休憩していた。窓からは夕日が差し込んできている。オレンジの窓に対してこの場の雰囲気はブルーだ。秋雨さんはなにやらぶつぶつ言っているし、火暗さんは右手を握りこんで悔しそうにしている。薔薇園さんは顎に手を当て何か考え込んでいて、夢見さんはそんな皆の様子を見てあわあわしている。

そこに扉を開けて先生が入ってきた。

「皆さん、まずはお疲れさまでした。落ち込まれているようですが安心してください。先ほどあなた方が戦ったのは我々が知る中で最も強い魔人です。実力は五大魔王にも匹敵するでしょう。その上あなた方は本来の力を発揮できていないようです。思い当たることはありませんか。前の世界ではもっと強かったのにと。こちらの世界に転生してきたことで本来の力がセーブされていると思われます。なので皆様方には特別製のMーキューブをお渡しします。」


そう言って先生が手渡してきたのは四つの銀色のMーキューブ。私以外の四人に配られる。私にだけないのはすでに金色のMーキューブを持っているからだよね。Mーキューブを手渡された四人はそれをしげしげと見ている。

そして薔薇園さんが顔を上げ「説明してください。」という目で先生を見る。

「そのMーキューブは戦闘用の体の強度や身体能力が通常のものよりも高いです。それにサンクチュアリという結界が使えます。これはアビスとは違い世界を守る空間です。ここに敵を閉じ込めることで周りに被害を与えずに戦闘することができます。その代わり範囲が限定的で結界そのものが壊されたり結界を張った人が一定以上ダメージを受けることなどで解除されてしまいます。それにMーキューブにはアビスを検知する機能があります。・・・ではぜひこのMーキューブをご活用ください。」

アビスとは昨日見たあの真っ暗な空間のことだ。あれは敵や通常の黒いMーキューブで使用されるものらしい。敵はアビスを展開することで魔法少女以外に害は与えられないが、アビスが世界を飲み込めば世界は終わってしまう。魔法少女はアビスを展開することで敵を結界に閉じ込めることができる。だがアビスは時間が経つごとに広がるため早く敵を倒す必要がある。

確かにMーキューブを使えば戦闘を有利に進められそうだ。だがそもそも敵とは何なのだろうか。あの猫はこの世界を脅かす悪とか言ってた気がするけど。それに私のMーキューブだけ金色なのは何でだろう。あの猫に訊けばわかりそうだけどどうやったら会えるかわからないし。

私が考え込んでいるうちに秋雨さんは思い詰めた顔で口を開いた。

「あの。魔神を倒せば本当に願いが叶うんですよね。」

「はい。魔神に誓って約束します。それが彼女の願いでもありますから。」

「そうですか・・・。」

ん?ちょっと待って。魔神に誓ってとはどういう意味だ。私の心のつっこみに応えるように何かが頭の中に直接話しかけてきた。

「やあ、勇者諸君。僕がその魔神だよ。願いの件だけど僕が神に誓って。いやまあ僕が神なんだけど。絶対に叶えてあげるからそれは信じてほしい。それに君たちは一回死んでるようなもんだし別にこの世界がどうなろうとも関係ないのかもしれないけど。願いはあきらめきれないだろう?」

この言葉に。特に願いという部分に他の四人は強く反応した。でも私はついていけない。願いなんて私に有ったか? 覚えがない。

表情をみるに他の四人は自称魔神の言葉を信じ決意を固めたようだ。私は釈然としないので魔神に向かって脳内で話しかけてみた。

「あなたが魔神だとして。そもそも敵ってなんなの。それに魔王ってどこにいるの?」

「おう。そっか君だけ例外だったね。まあ混乱するのも無理はないか。うーんとね。まず敵というのはこの世界を深淵に飲み込もうとする存在だ。ただそういう役割の生き物。そして魔王はどっかにいる。必然的に出会うことになるから心配しなくていい。君たちはこの世界を救うという役割を与えられた演者なんだよ。皆それぞれ抱えているものがある中道半ばでたおれた。だから僕を倒した暁には願いを何でも叶えてやるって言ってるんだよ。君はその役割を全うすればいい。じゃあねー。」

「・・・ちょっとまってよ。」

もう脳内には何も響いてこなかった。情報をうまく処理できず脳がシャットダウン寸前だった。・・・はあ。もう何も考えたくない。

先生は私たちの顔を見ると憂いを帯びた表情になり、そのまま黙って家まで送ってくれた。

他の四人は同じアパートに住んでいるようで四人一斉に車から降りた。

私と先生の二人きり。なんか気まずいなと思っていたらすぐに私の家に着いた。さっきのアパートと結構近かったんだな。

私は車を降りて先生に一礼してから背を向け家に入った。

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