面倒くさ男はポンコツンデレ女の世話をする。

ピロシキまん

ポンコツ女とめんどくさい男

 

「ふぁぁぁ……。やっぱこのまま寝てたら良かったかも……」


 起きたばかりの目を擦りながら、学校への道をとぼとぼと歩いていく一人の高校生。

 髪はボサボサの寝起きのまま、慌てて着たために制服もヨレヨレだが、当の本人は気にも留めない。


「ソシャゲしすぎた……」


 昨日の夜__と言うより、この男の生活は非常にだらしない。


 7時半には起きないと行けないのに、寝るのはほぼ毎日3時。

 おかげで常時睡眠不足だ。


「あ、今日からランキングじゃん。やろうか迷うなぁ」


 ぶつぶつと夜ふかしの原因を呟きながら、非常にゆっくりなスピードで歩いていく。

 普通なら遅刻まっしぐらな速度だが、幸いなことに男が通う高校は家から15分ほどの距離にあるため、男はそれを理解した上でのことだった。


「フンフンフーン……」


 通り道にある信号を待つ間に、直近の寝不足であるゲームを開き、ログインとプレイを済ませていく。


 その隣に、キリッと伸びたストレートを靡かせる、いかにも真面目な女子生徒が。

 男に用があるのか、肩越しにボソボソと声をかける。

 だが、男はゲームに集中しているため、中々気づかない。

「____くん」

「フンフーン♪」

「___しくん」

「フーン♪」

「__はしくん」

「ランラ「て・ら・は・しくん」


 ついに我慢できなくなった女性は、大きな声でだらしない男__寺橋和樹てらはしかずきの耳元で叫んだ。



「うわっ!?」

「うわっ、じゃないわよ。あなた、朝からながらスマホとは、流石ズボラな寺橋くんじゃない」

「はいはい、忠告どーも。黒崎くろさきさん」


 普通の人間であれば悪口と捉えられかねない程の口の悪さで和樹のことを言っているのは、黒崎蓮くろさきれん


 和樹と同じ照橋高等学校に通う生徒であり、学校の中でも有名な美人である。

 その一挙手一投足は気品に満ち溢れ、勉強も運動もできる、完全無欠な存在として、女性からも黄色い声援があがる。


 そんな彼女に話しかけられることは、普通の生徒ならば鼻を伸ばしているだろうが、この男はそうならない。

 いや、そうなることがなくなっていた。


「んで?今日はなんなのさ」

「あら、黒崎くんのくせに察しが良いじゃない。

 今日は体育。今日こそズボラないあなたに勝つ日が来たわ」

「へー……。ちなみに黒崎さん、体操服忘れてないよね?」

「ふふん!もちろん持ってきて、って、あれ……?

 な、無い!あっ、あの時玄関に置いてきちゃった……!」

「やっぱり……」


 実は、彼女は完全無欠でもなんでもない。


「はぁ。じゃあ俺の体操服とジャージ貸すから、頑張って」

「ふ、ふん!感謝なんてしないわよ?!」

「……じゃあやっぱ無し」

「えっ?!あ、ありがたく借りるわ!勝負はお預けね!じゃあ失礼するわ!」


 そう!

 彼女はツンツンしていながらもポンコツムーブをかましまくる、和樹が引くほどのめんどくさい女の子なのである!!







 〜照橋高校、2年1組〜


「はぁ……、また体操服貸しちゃったよ」


 俺は、いつものことながら後悔していた。


 その原因はもちろん、あのポンコツ女___黒崎蓮に体操服を貸しているからだ。

「これで何回目の見学だろうなぁ」


 カバンに入っていた数冊の課題(もちろんやってない)を引き出しに入れながら、俺は改めて彼女のポンコツっぷりをひしひしと感じていた。


「めんどくさいけど、通学路一緒なんだよなぁ」


 彼女とこんなふうになったのは、確か1年の3学期のこと。

 きっかけは忘れちまったけど、なにかがあっていきなり「私と勝負しなさいズボラ君?」って余裕全開なオーラで言われたのが始まりだった。


 その時は次のテストの点数で勝負ってことだったんだが、彼女はテストの解答欄が全部一つずれていたらしく、結局何もせずに勝ってしまった。


 その後も毎回のように俺と会っては勝負を仕掛けにくるが、絶対彼女が何かしらやらかすから負けて、また挑んで__の繰り返しでここまで来ているのだ。


 会わなければ大丈夫なのかと思っていつもの時間よりも早く登校したことがあったけど、日直の仕事かあるとかで彼女も早く登校していて、結局捕まった。


 最初の頃はめんどくさい女だと思って邪険に思っていたけど、俺は次第にこう思うようになってしまった。


 この人ポンコツだから、助けてあげないと、と。


 そんな彼女に対する良心に嘘をつくことが出来ず、今もこうして助け舟を出している始末なのだ。


「はぁ……」

「おいおいどーした。でっかい溜め息吐いて」


 そんな俺の気苦労を知らず、隣の席のサッカー部、高身長の爽やかイケメン君、日出太陽ひいでたいようは気さくに話しかけてくる。


「あぁいや。また体操服忘れちゃったなーと思って」

「まじかよ!?これで5回連続じゃね?大丈夫か?」


 やめてくれその本気で心配してる顔。


 俺が忘れたわけじゃ無いんだ!

 あのポンコツ女のせいなんだ……!


 なんてことは言えず。

 俺は愛想笑いでこの場を乗り切ることにした。


「あはは。まぁ最近寝れてないから忘れてるのかも……」

「本当か?ちゃんと寝とけよー。流石に今回は先生になんとか言っとくから」


 くっ!!眩しいぜ!


 不用意に俺をからかうことなく、しっかりとフォローを入れる。


 流れるように見せたイケメンムーブに、俺は心の中で拍手を送る。


 だが、このイケメンにも弱点が存在する。


「話は変わるけどさ、今日の黒崎さんもめっちゃ綺麗だったなー….!」

「あー、そ、そうなんだ……。やっぱり綺麗ダヨネ」

「だよな!!やっぱ俺、黒崎さんにアタックしようかな……」


 なんとこのイケメン、あのポンコツ女のことが好きらしい。


 これは将来外面に騙されるタイプだな。


 あのポンコツ女、一度校門をくぐれば完璧人間の黒崎蓮になってる。

 あの嫌味な口調はそのままに、不思議なくらいにポンコツさが無くなっているのだ。

(最初の解答欄がズレていたテストは、先生の温情で丸はつけられていたらしい。本人は嫌がってたけど)


「あのクールな感じも、たまんねぇんだよなぁ……!」

「……頑張れ日出君」

「おう!和樹もな!」


 心の中でエールを送りながら話が終わり、ガラガラと扉が開き、自称31歳の若おじ、成宮円なりみやまどかが入ってくる。


「はい、おはよー」

「「「「おはよーございまーす」」」」

「ういーっと……。よし、全員いるなー。じゃあ今日は___


 成宮先生が今日の予定を確認していくなか、俺は窓から外の景色を眺めていた。

 もちろん一番前で。


 実を言えば、ここが最も先生の目を盗んで寝ることができる場所だ。

 だが一番前というレッテルを貼られているため、席替えで先に貰っても文句は出ないしな。


「__以上が今日の連絡事項なー。あ、あと」


 一限目の授業の準備の為に教室を出ようとした先生は、去り際に思い出したように言った。


「今日文化祭の実行委員決めるから、放課後ちょっと残ってなー」

「「「「はーい」」」」


「まじか〜。めんどくさい……」


 去り際に言い残した文化祭の委員決め。


 俺にとってはとても苦痛の時間だ。


(どーせ皆やんねぇからなぁ……)


 イケイケな奴らは委員よりも本番を楽しみたいタイプだし、真面目な奴らは気恥ずかしさがあるのか手を上げない。


 その時間がとてつもなくめんどくさいのだ。

 それならとっとと決めて帰りたい。


 朝から憂鬱な気分になったまま、一限の日本史のおじいちゃんが授業を始める。


「えぇ……、じゃあ教科書の___」


(まぁまだ朝だし。寝るかぁ……)


 おじいちゃんの視界から消えるようにうずくまり、俺は深い睡眠へと入った。



 キーンコーンカーンコーン

 キーンコーンカーンコーン


(んあ?今何時だ?)


 俺が意識を覚醒させたのは、ちょうどみんながざわざわと騒いでいた時間だった。


 その俺に気づいた日出君が、いまだに微睡んでいる俺の目を覚めさせるような明るい声で俺に話しかけてきた。


「あ、起きた。今から3限の体育だけど、和樹体操服忘れたんだろ?」

「うん」

「じゃあ教室の鍵、最後閉めて職員室に置いてきてくんねーかな?その後はどこでも暇つぶしてていいからさ」

「ん。オッケー」

「サンキュー!おっしゃあ!行こうぜお前ら!!」


 いつもより3割増しくらいで張り切っている男子の皆。

 何かあったっけか?と思いながら、俺は男子が出ていったのを確認して鍵を閉め、職員室へゆっくりと階段を降りていく。

 ちなみに鍵を閉めるのは、財布やらスマホやらを取られないように一応しているみたいだ。

 そんなことするバカはいないと思うけどな。


「うぅー。寒いな……」


 もうそろ11月になろうかという10月だ。

 そろそろ冬の知らせが到来してくるこの時期は、人がいなくなれば結構寒いと感じる。


「職員室職員室ーっと」


 一階にある職員室の扉の前に来て、コンコンと2回ノックしてドアを開ける。


「失礼しまーす。次体育なんで鍵を預けに来たんですが……ってあれ?」


 いつもならちょっと口うるさいババアか日本史のおじいちゃんがいるはずだが、用事があるのか人影が無い。


「まじかよ。けど鍵預けとかないと俺が怒られるしな……」


 このまま持っておいて怒られるのも面倒だと考えた俺は、

 成宮先生の机にそっと侵入して、使わなさそうな裏紙に先生の机にあったボールペンで「鍵置いときます」と書いて、そこに鍵を置いた。


「よし、これで完了だな」


 鍵を預けるというミッションを終えた俺は、そそくさと職員室を出て、どこか暇が潰せる場所はないものかと一階を探索し始めた。


「二階は3年生の教室だし、かと言って三階の2年に言ってもなぁ……」


 だけど、一階も俺が寝れそうな場所は見当たらない。


「仕方ない、三階に行くか……」


 3年生の先生は受験近くでピリついてて見つかると大変だから、俺は二階の階段を音を立てずに、なるべく早く駆け上がり、三階へとたどり着く。


「さーてと、どこかいい場所はっと……、ん?みんないない?」


 俺が不思議に思ったのは、普段聞こえる先生の授業の声が、全く聞こえないことだった。


「なんでだ……?って、あぁ。そういうことね」


 その答え合わせをするべく、隣の2組を見に行ったとき、俺は理解した。


「この時間、俺たち全部移動教室だったな」


 俺たち2年生の水曜日の3限は、1組、3組、5組が体育で、2組と4組が美術と音楽になってるから、教室はがら空きの状態になっていることを俺は思い出した。


「じゃあどこも空いてないよな……、ってあれ?」


 とりあえず全部の教室のドアを確認すると、3組のドアが空いていた。

(3組は体育のはずだが……、何してんだ?)


 音楽や美術の時間なら、それぞれの先生はあんまり怒らない先生だから良いが、体育の先生は一味違う。

 あの先生、いやあいつはところ構わず大声出して怒るからめんどくさいんだよな。


(まぁ俺のクラスじゃないから関係無いけど。

 にしてもそんなことをする奴は誰だよ)


 興味半分でドアの向こう側を見ると、そこには一人の女子生徒が黙々と勉強していた。


「げっ」


 それも俺がよーく知っている、あのポンコツ女が。

 その時、頭の中で合点がいった。


(あぁー……。どうせ鍵は持っていくから、なんて言っておいて、それを忘れてるんだろうなぁ。てか俺の体操服着ないなら返せや!)


 思わずバン!とドアを開けて言おうと思ったが、遠目からでも分かるリラックスした寝顔に、その邪推な気持ちは浄化されていった。


「……案外可愛いとこあんじゃん」

(いっつも口が悪くてポンコツなのに)


 パッと感じた言葉を口にして、俺は別の場所を探しに行った。


 だが俺は気づいていなかった。



 彼女が最初の一言の時点でことに。




 和樹がいなくなった後、彼女はしばらく動かなかった。

 いや、動けなかった。


(な、ななななんだったの今の……//)


 の去り際のあの言葉が、ずっと耳に残って離れず、

 そして頭の中をぐるぐると駆け回っているのだ。


 今すぐにでも叫び散らかしたい気分だが、まだ彼がここの近くにいるかもしれない。

 ヒートアップしている頭でもそう冷静に考えた蓮は、じっとこの体勢を崩さないことを固く誓い、頭の中で感情を爆発させていた。


(さ、さささっきのって……、もしかして……、

 告白ぅ??!!!!)


 だが、彼女はポンコツである。

 普段の姿とは違う一面を見ての一言だと言うのに、彼女の脳内はかなりの拡大解釈をかましていた。


 それで一旦冷静にブレーキをかけることができればいいのだが、爆発した恋愛感情はブレーキをぶち壊していく。


(まずいまずいまずい!!こ、これって明日から私たちカップルってことだよね!?ね?!

 よ、よーし。明日は振る舞うぞ!!)


 結局3限目が終わるまでその場を動けなかった蓮は、時折身体をクネクネさせながらその日を過ごしたという。


「ねぇ、今日の黒崎さん、途中からおかしくなかった?」

「そうだよね……、なんかずっと小躍りしてるみたいだった」


「「でも……、綺麗なんだよなぁ」」





 次の日。


 前日の実行委員決めは、予想した通り1時間半近く続いた。

 流石にイライラしてしまった俺は、早く帰りたい一心で「じゃあやります」と手を挙げてしまった。


 率直に言おう。

「やばい……」


 長期的に見れば委員になったほうが時間が食われる奴だと分かっていたのに、目先の幸福に囚われて俺はとんでもない過ちを犯してしまった。


 だが中々決まらない中で自主的に手を上げた奴が、それを撤回しますなんて言えるわけなく。


 あれよあれよと実行委員のグループに入れさせられた。


 おかげで昨日は携帯触らなかった。

 そん時の自分を思い出して自分を殴りたくなるからね!


「はぁぁ……。これから俺は、どれだけの時間を費やさなきゃいけないんだろうな……」


 皮肉なことに、携帯を触らなかった日の生活習慣はとても良くなった。

 あぁ……、連続ログボがぁぁ!


 そんな風に落ち込みながらゲームの画面を開き、またゆっくりと登校していく中、いつもあのポンコツ女と出くわす交差点まで来た。


 青信号になって渡っていくが、いつも耳元で聞こえるうるさい声が今日は聞こえない。


(今日は休みか?珍しいな)


 馬鹿は風邪ひかないと言うからポンコツも当てはまると思ってたけどなーと考えていると、ちょうど信号を渡り終えたところに、なぜかふー……と息を整えているポンコツがいた。


「今日はこっちなんだね」


 そう声をかけると、彼女はビクゥゥッ!っと身体を震わせ、俺を真っ赤な顔で睨みつけた。


「えっっと……、俺なんかしたかな?」


 昨日はたまたま寝顔を見た後は会っていないはずなんだけど。


 すると、彼女は真っ赤な顔のまま俺に言い放った。


「きょ、きょきょきょ今日からよろしくするわ!

 わ、私のか、か、彼氏っ!!」


 衝撃の一言を言い放ち、最後に自分で否定して走り去っていった。


 俺はしばらく思考が追いつかない。


「…………え?」


 は?えっとー……。



 どうなってんのぉぉぉぉ!!!!????



 俺の学校生活は、さらにめんどくさくなるようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

面倒くさ男はポンコツンデレ女の世話をする。 ピロシキまん @hikaru3kka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ