第22話 お友達って二人目だわ


 彼女は一人きりで、世界と戦う覚悟をしていたのだ。そしてそれに、ユキを誘ってくれた。冗談などひとかけらもない、真剣な表情で。


(だけど、何か、違う。違和感が……)


 考えるまでもない。簡単なことだ。この光景を見るべき相手は、やはり自分ではなく、マヨイだったのではないか?


 今まで何度も浮かんだその考えは、こんな重要な場面でも、ユキの脳裏をよぎった。


「ユキ……? その、答えを聞かせてくれるかしら?」


 何も答えないユキに、不安そうにサリアは重ねて聞いた。マヨイの件を差し引けば、ユキにとって、いや、全ての亜人にとって、断る理由のない申し出だった。


「もちろんです。サリア様。私なんかでよければ、協力させてください」


「本当⁉」


 サリアは一瞬驚いて、それから身体から湧き出す喜びを表現するかのように、胸の前で両手をぎゅっと握りながら喜んだ。


「ありがとう、ユキ! だったら、私達は、友達ね。これからは私のこと、二人きりの時はサリアって呼ぶんですのよ」


「わかった。サリア」


「私、お友達って二人目だわ! すっごくうれしい!」


(二人目! 今確かに、そう言った!)


 ユキはその言葉を聞き逃さなかった。一人目の友達、それは間違いなくマヨイのことだろう。


 ユキはまだ二人の関係性に可能性があることを喜んだ。亜人と人間の関係性も大事だが、マヨイとサリアの関係性も、ユキにとっては同じくらい大切だった。


「でもよかった。本当に、私、嫌われててもおかしくないと思っていたんですわよ」


「え? どうして?」


「だって、ユキは人間に酷い目に合わされたのでしょう? 人間のことが、憎くないんですの?」


 そう言われて初めて、ユキはそういう考え方もあるのか、と思ったくらいだった。


「私に酷いことをしたのは、私に酷いことをした人だけですから。他の人まで恨む理由はありません」


 その言葉を聞いて、サリアは驚くような、憐れむような、どちらともつかない表情をした。


 サリアは自分のことを、比較的寛容な人間だと思ってはいたが、それでもユキの立場に居たら深く人間を憎んでしまうだろうと思った。それゆえにあっけらかんと恨まないと答えたユキが、眩しく美しいものに見えた。


「もし、私がユキの立場だったら、きっと人間を憎んでいますわ。ユキったら、本当に、健気で、真っすぐで、優しい子なのですね」


 感動に打ち震えてサリアはそう言った。


 しかしユキは、自分はそこまで深く色々なことを考えてないだけだと思った。ユキにとっては、家族と別れ、マヨイとサリアの二人を見つけるまでの期間は、何の感情も、希望も、考えもなく、ただぼんやりといつか死ぬのだろうとだけ思っているような人生だったのだった。


 ユキにとっては、サリアとマヨイの二人こそが、自分の世界に再び色を付けてくれた張本人なのだった。


「ユキ、また、一緒に話しましょう。これからのこと、今までのこと。私いっぱいユキとお話したいですわ」


「ええ。サリア。私も話したいことがいっぱいあるわ」


「本当? 嬉しいですわ!」


(マヨイのことはやっぱり、一度しっかり聞いておきたいしね)


 ユキは心の中でそう呟いた。そして、歩み寄ってくれたサリアに、最後に話そうと思っていたことを話した。


「サリア。私からも伝えておくことがあります。最初に兵士たちに捕まったのは、本当にマヨイだったんです」


「まぁ、やはりそうだったんですのね」


「私の魔法で、マヨイと私を入れ替えたんです。だから、私が代わりに連れてこられたんですよ」


「魔法を使えるんですのね。でも、そういう種類の魔法は、珍しいですわね……」


「ええ。だから、不思議に思ったと思うんですけど、そういう事で私がここにいるっていうことは、伝えておこうかと思って」


「確かに、それを聞いて少しすっきりとしましたわ! 話してくださってありがとうございます!」


 サリアはそう言って、にっこり笑った。




 それからしばらくまたユキは部屋で過ごすことになったが、時折サリアに呼ばれては、サリアの部屋や庭園でお茶をしながら会話をした。


 ユキがビスタリアの話や、昔村で生活していた時の話をすると、サリアは特に喜び、興味深そうに話を聞いた。その子供のような好奇心に満ちた瞳を見ると、ユキも一層喜んで外の世界を説明した。


 サリアは、本当に城の中と、戦場だけで生きて来たようで、外の世界や平民の生活をほとんど知らないようだった。だからこそ、ユキのなんでもないような話を心から喜んで聞いてくれたのだった。そうした会話を続ける間に、二人はより親密に、仲の良い友達になっていた。


 ユキは、ついそんなサリアに外の話をすることに夢中になり、大事なことを聞く機会を失していた。そして、ある日ようやくその話題を切り出すことができたのだった。


「ねえ、ユキは、マヨイのことをどう思っているの?」


「マヨイ、ですか。どうしてそんなことを聞くんですの?」


 サリアは質問に質問で返した。確かに、突然聞くにしては妙な話題ではあった。


「だってほら、マヨイはその、サリアの一番最初の友達でしょ?」


「あら? そんなところまで話を聞いていたんですの?」


 ユキは思わず、自分がしばらくマヨイとサリアの会話を盗み聞きしていたことを自白してしまい、焦った。


「マヨイから聞いただけです! もう、どうして素直に答えてくれないの? 何か後ろ暗いことでもあるわけ?」


「そんなことはありませんれど……あ、そういうこと」


「な、何? その顔は」


 サリアの、わかっていますよ、といった感じの余裕のある顔を見て、ユキは若干不審がりながらそう聞いた。


「嫉妬、しているんですのね」


 サリアがマヨイのことをどう思ってるか、ユキは少し感情的になりながらサリアに聞いた。そしてサリアは、そんなことを聞いてくる理由は何かと考えて、ユキがもしかしたら、二番目の友人として、一番目のサリアの友人であるマヨイに嫉妬しているのではないかと考えたのだった。


「はぁ?」


 どういう意味か分からず、きょとんとしてユキは聞き返した。


「ふふん、わかっていてよ、ユキ。ユキも可愛いところがあるじゃない。だから、そうね……教えてあーげないっ」


 サリアはそう言って、迷いをどう思っているかという事に関して、答えをはぐらかした。


「えぇー? どうしてよ! マヨイのこと好きなんでしょ? ねぇ、そうなんでしょ!」


 ついむきになって、ユキはそうしつこく聞いた。それとなく聞くつもりだったというのに、もはや本質を聞いてしまっている。


「秘密ですわ~」


 しかしユキにそれを聞かれた理由を、ユキの嫉妬だと勘違いしたサリアは、むきになるユキを見ていることを面白がって答えようとしなかった。


 結局それ以来、会うたびにユキはサリアにマヨイのことを聞き出そうとしたが、その度にサリアははぐらかしては、自分がユキに想われているという自覚を増していったのだった。

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