第5話 私なんかで


 それからユキは、城の中を歩き、出会う人々にマヨイから紹介してもらい、簡単に挨拶をした。


 トバリが言っていた通り、城の中にいるのはマヨイよりは年上の、それなりの地位のある亜人が多かった。とはいえ、マヨイがいるからか想像していたような偉そうな態度ではなく、亜人らしいくだけたコミュニケーションが多かった。


 一通り挨拶を終えると、ユキたちはマヨイの部屋へと戻ってきた。


「では、私は会議があるのでな。ここでゆっくりしていてくれ」


「会議? 何の会議?」


「もちろん、今後の軍事戦略や、経済、食糧問題、情報共有など様々だ。王家だけではなく、将軍や大臣なども出席するぞ」


「わぁ……思ったより随分大変そうね」


 ユキはマヨイがまだ若いのに、そんな重要な会議に出席していることに驚いた。国の政治にも関わって、戦争でもあれだけ強く、戦えるとは。こうして色々施してもらうだけで、何もできない自分とはまるで違うようだと思った。


「ふぅ……私も会議よりは、武術を磨いているほうが好きだ……どうにも話し合いを長々とするのは気疲れするからな」


「そんなに長い間するんだ?」


「今日は夜まで戻ってこないぞ。好きに出歩いていいからな」


「うん。そうする。頑張ってね、マヨイ」


「ああ。戻ればユキがいると思えば、頑張れるというものだ」


 マヨイはそう言うと、最後にユキに手を振ってから扉を閉めた。


 一人で部屋に残されたユキは、久しぶりに一人でゆっくりと考える時間を持つことができた。昨日からあまりに多くのことが起こりすぎて、考える間もなく過ごしてきた。ユキは少し頭を整理する必要があった。


 まず、サリアとマヨイについてだ。


 ユキはサリアとマヨイの二人が、これから絶対に親密になっていく直前のような雰囲気を感じ取っていた。しかし、ユキが見つかったことと、兵士たちが訪れたことで、それは中断されてしまった。


 敵国の姫同士が、理解し合って親密になるという運命的な出会いは、邪魔されてはならない神聖なものとさえユキには思えた。そう、ユキが一度「尊い」と、表現した、まさにそういった類のものだ。


 マヨイはサリアにここへ来るように誘っていた。しかし、今、なぜかユキがここにいてしまっている。ユキはここに来てから誰からも優しくされて幸せだったが、本来ここに来るはずだったサリアの居場所を奪ってしまったような、居心地の悪さを感じていた。


 次に、マヨイのことだ。


 マヨイはユキにあまりにも優しい。それは、亜人はみんな家族だから、とか、ユキが既に酷い目にあったから、幸せになる権利があるからだとか、そう言ってくれてはいるものの、そんなことを言ったらユキ以外の虐げられた亜人もみんな王城にいないとおかしいということになる。マヨイは明らかにユキを好意的に思ってくれているが、そんなに好いてもらうほど、ユキはマヨイに何もしてあげられていないと思っていた。


 奴隷として虐げられてきたユキにとって、愛情を、施しを、受け続けるというのは今までになく慣れないことであり、どうしても後から対価を要求されたり、酷い目にあわされるのではないかという強迫観念がぬぐってもぬぐい切れないのだった。


 ユキはそんな今の状況や、これからのことにいろいろ頭を巡らせていたが、やがて考えていても仕方ないと思い、部屋の外に出ることにした。マヨイがおらず、一人で出歩くのは少し不安だったが、もっと城やこの森のことを知りたいと思ったのだった。


 ユキがしばらく歩くと、廊下の先から木の橋に繋がっており、その先にはツリーハウスがあり、そこからさらに先の木の上の街へと繋がっているようだった。


「すごい……本当に木の上に街があるんだ」


 城よりも高くまでそびえ立つ、太い大木の周りに、いくつものツリーハウスが集合しており、それがさらに次の大木の集落まで橋で繋がっている。そうしたいくつもの木々と、住宅や商店が結ばれ、城下町ならぬ城上街が形成されているのだ。


 ユキはそれをもっと見渡せる場所に行きたくなり、城のさらに高いところまで、階段を上っていった。上の階に行くにつれ、部屋は少なくなり、反面装飾品や置物が豪華になっていった。やはりマヨイよりもさらに上のほうに、王と妃は住んでいるのだろうか。ユキがそう考えていると、近くにあったドアがゆっくりと開いた。


 そして少しだけ開いた扉から、マヨイの母である王妃トバリが覗き、にっこり笑って手招きしていた。ユキが自分の顔を指さし、自分のことかと確認すると、トバリはこくりと頷いた。


 ユキは促されるままに、トバリのいる部屋に入室した。そこはトバリの私室らしく、マヨイの部屋よりも広々としており、代わりに陽が差し込み辛いのか、未だにろうそくがいくつも灯されていた。


「よかった。丁度お茶の相手を探していたのよ。みんな会議なんですもの」


 そう言うトバリはどうやら会議には出席しないようだ。部屋の中央には丸いテーブルと椅子が置かれており、それらはマヨイの部屋には無いような流線形の可愛らしいデザインだった。


「失礼します。女王のお相手は、私なんかで務まりますでしょうか」


「もちろんよ。私がお話してみたかったの! さあ掛けて」


 ユキは促されるままに、椅子に座った。目の前にはティーポットと、カップ、それに皿の上には切り分けられたケーキがあった。


「木の実のケーキよ。お口に合うかしら」


「わぁ、とても美味しそうですね」


 ユキは香ばしい香りを出しているケーキを見て、がっつきたくなるのを必死でこらえた。奴隷の食事は不規則で、いつ貰えるかわからない。取り置きして食べようとすれば、取り上げられてしまう。だから出されたものは、どんなに悪くなっていても吸い込むように食べるのが普通だった。


 ユキはトバリのペースに合わせて、お茶を飲み、ケーキを食べたが、果たして自分が正しい作法で食べられているのか疑問だった。


「そう硬くならなくてもいいのよ。ところで、お城はどうかしら。想像していたよりは、居心地がいいんじゃない?」


「ええ。皆さん優しくて。思ったより緊張せずにすみました。景色も美しいです」


 木の上に立つ街の様子を思い出して、ユキはそう言った。


「ふふっ、そう言ってもらえると鼻が高いわ。もちろん、私が作ったわけではないんだけど」


 トバリはお茶目にそう言った。ユキはそれを聞いて少し笑った。

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