第6話

「ここに集まってもらった彼らは卵。育てる側がきちんと育てたら白鳥にもなるが、育て方を間違えたらアヒルどころではなくなる」


 お父さん曰く、彼らは前の事務所では碌にレッスンなど行わず全て自己流で得た物を披露していただけだったらしい。その話を聞いたお父さんは期限を設け、それぞれが立派に育つまで面倒をみることにしたのだ。


 タイミングよく暇していた私を利用して。


「まず自己紹介からだな。九条君から」


「はい。九条樹希くじょういつき一応俳優をやっています。デビュー作はご存じライダー作品で主人公をやっていました」


 彼が出演したライダー作品は少し変わっていて、半年もしない内に主人公が亡くなりその主人公の弟が次のライダーとして仲間を引っ張って行くという、今までにないものだった。

 消されただの降ろされただのネットでは言われていたが、正直あの演技では仕方がなかったのではないかと思う。


「一応でいいの?」


「……いいえ。俳優をやっています」


 一瞬迷いがあったのは自分でも実力が分かっているからだろう。


「次、田中君」


「はい。元アクアマリンの田中芽衣たなかめいです。素行が悪いと言われ一度もセンターにはなれませんでしたが実力は一番だったと思います」


「あー。澪タイプね」


 確か彼女はこの短い期間で三回以上も週刊誌に撮られていたはず。澪とは違って危なっかしい所もあるけど元々ファンが少ないという点もあり、大炎上までとはいかなかった。

 ただ他のメンバーのファンが火をつけて軽く炎上していたくらい。


 これは澪にも同じ現象が起こっていて、彼女自身のファンは親のように見守っているだけなのだ。


「次、レゼル」


 レゼル?

 初めて聞いた。


「レゼルの望月悠翔もちづきはるとです」


「同じくレゼルの朝比奈玲音あさひなれおんです。レゼルはフランス語で翼という意味を持っていて、知らない人が居ないくらい高く羽ばたけと名づけました」


「名前は立派ね。ていうか君、澪の親戚だよね?」


「はい。澪姉ちゃんは俺の憧れです」


 可愛くどこか澪を感じされる顔立ちをしている望月君と、切れ長の目と整った顔立ちに癖になりそうな低い声。二人の歌声を聴いた事がないから何も言えないが、このグループは朝比奈君が鍵になるはず。


「そっか。じゃあ次は私だね。CiElの星宮七海です」


「社長であり俳優であり星宮七海の父親でもある星宮宏司ほしみやひろしだ」


「え? あ、僕もですか? CiElのマネージャーの滝宮蓮たきみやれんです」


 そう言えばマネージャーの名前って蓮だったね。忘れていたよ。


「君たち四人、そして七海にはしばらくの間――と言っても一年。この家に住んでもらう」


 突然何を言い出すかと思ったらまたお父さんの思い付きで何かが始まるらしい。最初から話を聞いていたマネージャー以外は皆驚きが隠せていない。もちろん私も。


「ただ住んでもらうだけではなく、七海からのレッスン、専門及び事務所の先輩からのレッスンなど受けてもらう。――が、一つだけ条件がある」


 お父さん曰く、衣食住を与える代わりにパフォーマンスとしてやってもらいたい事があるらしい。衣は先輩方からのおさがりなどが支給され、食は材料だけは揃えるが料理するのは自分たちで、住はもちろんこの別荘。

 一年の内に名を広め、それぞれの分野で目標を立て、それが実現できれば事務所と本格的に契約を結ぶことになるみたい。


 現在給料制を選択している彼らはサラリーマンの平均月収よりは少ないお給料が貰え、その中で必要な物を揃えたり娯楽に使ったりできる。もちろん、たまには外食がしたいなんて時にでも。


「その条件だが、これだ」


 そう言ってお父さんが鞄から出したのは手に収まるサイズのカメラと人数分のスマホ。


「このカメラを君たちにそれぞれ配る。スマホの方は動画投稿サイトに君たち名義のアカウントを作り、ライブ配信してもらう。もちろんそれは自分のタイミングでもいいし、やらなくてもいい。そこで得た収益は全て君たちの物だ」


 ただし、割り当てられた部屋でのみのライブ配信を限定し、カメラの映像は編集され星宮プロダクションのアカウントで配信されるみたい。基本的にはこの星宮のアカウントで私たちの生活を垂れ流し、月に二回くらいやろうと考えている二十四時間配信のみ有料会員限定の配信だと。


 正直言って巻き込まれただけの私のプライベートが一気になくなり、二十四時間配信の時はおはようからおやすみまでずっとだから、すっぴんやお風呂上がりの姿なども配信される。


「拒否権は?」


「あるよ。もちろん。ただしこの件を拒否するならCiElとして復活してもらう事になるけど」


 ぐっ……。卑怯すぎる。

 マネージャーの話ではまだぎこちなさが残っている二人と今まで通り活動は出来ても、ファンの目を欺く事は出来ない。やっぱり溝が出来たんだと思わせたくないから復活もまだしたくない。


 拒否権なんて最初からないじゃない。


「彼らもプライベートがなくなるのは嫌なはず」


「常に週刊誌が狙うような売れっ子になれば状況は一緒だろ? むしろ突然現れるのではなく予告して配信をすると言うんだからまだいいだろ。休暇中にもかかわらず週刊誌の相手をしていた奴もいるんだからな」



 ――星宮プロダクションの新たな企画として成長するか、このまま何もせずに一般人に戻るかは好きにするといい。



 そう尋ねたお父さんに誰も一般人に戻るとは選択しなかった。むしろこのままこの企画を進め、人気になる方を選んだのだ。


「あとは七海。お前だけだ」


「……分かったよ。分かりました」


 私がまだデビュー前だったら彼らと同じ選択をしただろう。ここで私が反対してもお父さんは何かしら理由をつけてこの企画に参加させるはず。さっきみたいにCiElを復活させるとか言って。


 この企画自体、最初から私が参加する体で考えられていた物だろうから。


「さすがだな。じゃあ細かい――というか当たり前な注意事項をいくつかする。まずこの家に交際相手又は行為の為の異性を連れ込むのはNGだ。この企画中の交際に関しては滝宮に報告し、世間への報告前に軽率な行動をしてバレないように」


 当たり前の注意事項だ。そもそも今の状況で異性と遊ぶような子は駄目だと思っている。恋愛とかそう言うのは夢が叶ってからって私自身、勝手に思っているから。


「特に田中君。君は週刊誌に何度も撮られている。元アクアマリンという肩書がある限り狙ってくる者はいるだろう。歌手として生き残りたいのなら絶対に気をつけるように」


「はい」


「次にこのメンバーでの恋愛は禁止する。無いとは思うが」


 私たちは歳がそんなに離れていないから警戒してのことだろう。でも個人的にはしばらく恋愛とかいいし、彼らもそれどころではないでしょう。


「SNSについても本人の了承なしに投稿するのは駄目だ。個人の部屋以外での撮影も許可を取りなさい。特にフォロワー稼ぎとして七海を利用するのは構わないが、本人が嫌がればすぐに止めること」


「いいんですか? 利用して。俺たちファンから刺されたりとか」


「完全に無いとは言い切れないが、七海のファンは治安が然程悪くない。どちらかと言えば君の過激ファンの方が恐ろしいがね。だろ? 九条君」


 彼のファンはライダー作品のおかげでそこそこいるみたいで、SNSを更新したら毎回反応してくれる人までちゃんと存在する。ただ、その中にはルールを守る子だけではなく同じマンションへの引っ越しや、関わった女性への陰湿な嫌がらせ投稿までするらしく、何度注意しても止めてもらえないとか。


 前の事務所では対応してもらえなかったから、今でもその子たちは野放し状態だとお父さんは言った。


「君は特に七海や田中君と関わる際は気をつけなさい」


「分かりました」


 彼のせいではないんだけど、こればかりはどうしようもできない。


「そして最後。滝宮」


 呼ばれたマネージャーはクリアファイルから書類を取り出し、四人にそれぞれ配った。


「君たちを私たちが預かる許可と仮とは言え事務所に所属する為の許可を取ってきなさい。移動費はこちらで面倒をみるが、偽造は絶対に許さない。レゼルの二人はともかく、君たちが成人してようが保護者がこの企画について知らなかったや、芸能界に入ることを許していないなど後で揉めたくないからね」


「……どうしても許可が必要ですか?」


「必要だ。許可できないと一言言われてしまえばこちらはどうする事も出来ないし、そんなの知らなかったと乗り込んできて週刊誌に適当なことを書かれても腹が立つだけだからな」


 許可が必要なのか尋ねた望月君はどうやら反対されているみたいで、もの凄く不安そうな表情のまま書類を見つめていた。レゼルの二人は共に十八歳になる年で、朝比奈君は問題なさそうだけど望月君が厳しそうに見える。


 でもこればかりは自分で解決しなければならない大切なこと。特に彼らはまだ保護者の許可が必要な高校生だから。


「二週間で終わらなかった者はこの企画に不参加とする。以上」


 お父さんの声と共に皆それぞれ散った。

 私と望月君を除いては。

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