第18話

 オレは、死んだのだろうか。


 真っ暗だ。


 何も見えない。暗闇だけの中に浮かんでいる。


 上も下もない。右も左もない。そんな無のような空間をオレは漂流している。いったいここはどこなのか。ここがあの世というものなのだろうか。


 オレは……結局、思い通りに出来なかった。それが歯がゆい。


 オレは流れに身を任せ、漂う。後悔を抱きながら。延々と。


 しばらく経った頃だ。何か、声が聴こえた。オレを呼ぶ声だ。それはどこかで聞いたことのある声だった。


 親が迎えに来てくれたのだろうか。なんだか、申し訳ない。こんなにも早く再開してしまうなんて……。なんて顔をすればいいのだろうか。


 オレは何かに腕を掴まれる。白い光の塊のようなものだ。オレはどういうわけかそれに摑まれ、どこかに連れていかれる。抵抗は出来なかった。いや。したくなかった。そんな感じ。


 やがてオレは広い所に出た。


 オレは地面に立つ感覚をおぼえた。


 眩しく、目がくらむ。そして、ゆっくりと目を開ける。


 そこは、昔に見た景色だった。


 あの、公園だった。昔三人で遊んだ、あの懐かしの、今は無き場所だった。


 オレは困惑する。何故こんな所にいるのだろうか。辺りを見渡す。人気がない。しかし、突然砂場に、一人少女が現れた。オレは目を擦った。


 その少女は砂場で山を作っていた。せっせと。オレはその後姿に見覚えがあった。雪のように真っ白なあの髪の色。あれは紛れもなく雪華だった。しかし、その背中は小さい。幼かった。


 雪華も、まさかオレと同じであの世に来てしまったのか? オレは雪華に近づいた。


「わたしは、あの子ではないよ」


 背中から話した。オレは動きを止めた。


「いいえ。私は、あの子であり、あの子は、私でもある。あの子が「イオル」というのなら、私が「雪華」といったものかな」


「お、お前は……?」


 雪華は、ゆっくりと立ち上がる。そして、振り返る。


「私は捨てられた存在。誰にも見つけてはもらえないそんなみじめな存在だ。雪華というのはそういうもの。だから、少しだけ、呼んでくれて嬉しかった、かな」


 昔の、子供の頃の雪華だった。懐かしさをおぼえた。


「雪華。そう呼んで。そして、あの子の事は、イオルと呼んで。あの子がそう決めたのだから」


 雪華。そう名乗る幼いあいつは遠くの空を見ていた。


「どういう事だ? 一体? お前も、死んだのか?」


「ううん。そもそも透は死んでいない。気を失っているだけ。私はイオルの体の中から出られないから、透の意識をどうにかしてこちらへ持ってきた」


「意味が分からないんだが……」


「今、外ではイオルが「覚醒」している。いえ。あれは「暴走」ね。力を強奪したせいで力が制御できていない。まあ、だからこそ私が出る事が出来たのだけどね」


「じ、じゃあ、今外は……!」


「安心して。ソーが止めてくれている。多分。大丈夫。でも、私の……雪華の方が、少し持たない。透とこうして話している時間が少ない」


「どういう意味なんだよ」


「説明が複雑。でも、教えなくてはならないね。まずは、私とイオルについて。いえ、イオルと雪華についてを」


 雪華はため息をついた。それから淡々と話していくのだった。


「これは、能力ちからの影響。多分、二つの人格がある能力ちからがあるのだろうね。そして、片方が圧倒的な力を持った能力ちから。昔から私たちは二人いた。イオルだけが体を操る権利を持っていた。しかし代わりに使える力は微々たるもの。私は、主導権は無いにしろ、圧倒的な力を持っていた。イオルが使える力がせいぜい二割方だとすれば私は七割以上九割未満使える」


「も、もしかして……いや。でもそうだと少しおかしいな……」


「まだ話を聞いてね。私は主導権を使えないといった。でも、奪おうと思えば奪える。しかし、その所為であの事故が起きた。それが原因だ。私が出てきたために、起きた」


「それはつまり……!」


「あの事故の原因はイオルではないよ。私だよ」


「なん……だと……!」


「私が、出しゃばってしまった。でも、それには訳があるんだ」


「訳って……」


「それを、今から話したい」


「でも、もしそれなら、今、お前が能力ちからを使っているのか?」


「ううん。違う。今使っているのはイオルの方。透が撃たれた事により、怒りが燃え盛った。それにより、私から能力を奪い取った。それにより、制御が出来ていない。そして、私が能力の指揮系統を失っている。私たちは、二人でほぼ十割の力を分け与えているだけ。そうやっている。でも、今はその力関係が逆転している。指揮系統が向こうに行っているだ、私にはもう、無理。止める事が出来ない。でも、微かな力はある。それで微々たるものだけどイオルの力を抑えている。そして透と話している」


「……お前らは、限界を超える事で、力が抑えられなくなってしまうのか」


「そうだね。……とりあえず、時間がない。透に、私たちの事を……過去を話したい。透は……それで……決めて。私たちをどうしたいのか。それで答えを……見つけて……。そして、止めて。この暴走を。私には出来ないけど、透なら、出来ると信じてるよ」


「そんなの……無理に決まって……」


「あの時、暴走が止まったのは、疲弊からじゃない。だから……聞いて。簡単であり、難しいこと。私たちの事を、聞いて」


「……」オレは沈黙した後「分かった」と頷いた。


「ありがとう」


 雪華はそう言うと、自分の事を話し始める。


「まず、場所を変えるよ。ここは私たちの記憶の海の中。だから、じかに振り返る事が出来る」


 視界がぼやける。そう思うと、どこか、違う所に移動する。そこは見覚えのない所だった。ボロボロのアパートだ。そこに移動した。


 自由に歩き回れるようだった。なんだか、汚い。掃除はまともにしてはおらず、ゴミ袋とか捨てずに放置してある。キッチンには虫がたかっている。食べたあとの食器とかは基本そのままにしており、コンビニの容器もそのままだ。


「ここは?」


「私の家だったところ。ゴミ屋敷。それが似合うよね」


 雪華は鼻で笑った。


「冷蔵庫にも何もない。食べ物なんか強いて言うなら虫のエサになっている生ごみぐらいのものかな」


「お前は、ずっとこんな暮らしを……?」


「まあ、今見せているのは、末期。あの事故があった日だよ。リビングに来て。私がいる」


 雪華が手を引っ張る。オレはそれに着いていく。すると、さっきまでいなかった少女が横たわっていた。これが、七年前の雪華……イオルなのだろう。


 ひどく衰弱していた。皮と骨がくっつきそうなぐらいやせ細っていた。荒い息をして、頬を赤くしていた。風邪を引いているのか。しかし、移動する体力もないのだ。


 オレは抱きかかえようとする。


 しかし、そうはできなかった。


「無理だよ。透は干渉できない。記憶の中だからね。それは私も同類。だから、そこで見ているだけで良い」


「親は? 親はどうしているんだよ」


「父はいない。だから、いわゆる母子家庭だ。その母親はどこにいるのやら。私にさえ分からない」


 雪華は肩をすくめた。


「も、もしかして……母親を殺したのは……」


「まだ。触れてはだめ。それは後々に」


「しかし……あの事故の日っていう事は……どうしてそんなに……?」


「一週間ぐらいか。あいつは帰ってこない。空腹を抑えられそうなものなどほとんどない。水は水道をひねれば出たからなんとか助かった」


「……」


「一つ。言いたい。私は同情なんかしてほしいとは思っていない。私がこの過去を見せているのは、透にイオルの事を知ってほしいという願いから。客観的に見てほしい。これを見て許してほしいなんてこれっぽっちも思っていない。私は私……イオルという存在がどのようにして作られていったかを認識してもらいたい。透に情報を与え、それから自分の正しいと思った答えを出して」


「正しいって言ったって……どうすれば……」


「自分がこれだ、と思ったことが答え。それが正解か間違いかなんては誰にも分らない。私にも。だから、透自身が決めてね」


「……」


「さて。話を戻すよ。イオルは、ずっとここで母親の帰りを待っていた。帰ってこない。このまま餓死するまで帰ってこないだろうなと思っていた。イオルは心身共に疲弊していた。動く元気さえもなかった。おまけに風邪をこじらせた。まあ、風邪ぐらいはすぐに治るからいいのだけど。空腹だけはどうしようもない」


 雪華は淡々と語っていく。


「透とノボルには言ったことがなかったよね。あの頃はまだ食糧があったしね。イオルは、傷がすぐ治る能力がある。これは便利でね、一日もあれば大抵どんな傷でさえなくなる。こんな都合のいい能力は他にないよ」


 雪華は笑った。


「その日の夜に、あいつは帰って来た。イオルの生死を確認してきたんだろうね」


 一人の女性が家に入って来た。イオルを足蹴りし、仰向けにさせた。死んでてほしかったのか生きているというのが分かると舌打ちをした。そして、腹部を思いっきりふみつけた。イオルは九の字に曲がり、咽た。腹の中をぶちまけるが、それはなにもなく、胃液しか口から流れてこなかった。


 オレは憤りを覚えた。今すぐこの女を殴り飛ばしたかった。


「まあ、これは日常茶飯事だね」と軽く言った。オレは雪華が少し恐ろしかった。「まあ、こいつはこういう奴だよ。だから、私もイオルも嫌いだった。当然、向こうもイオルを嫌っていたのだけどね。イオルという存在が奴にとって煩わしかった。邪魔者だった。だから、こんな事をするんだろうね」


「……それだからって、こんなの……あんまりだろうが」


「人はね。弱いもの。だから自分より弱い物を虐めて安心するんだ。弱虫だから。そういうやつが一番そういう事をやる。弱いほどね」


「……」


「だから私は、人間が嫌いだった。見た目で区別し差別する。それが私にとって我慢ならなかった。でも、群れには勝てやしない。一人は無力なんだよね」


 オレは怒りを隠し通せていなかった。


「でも、一人じゃなかった。そうだと思っていたけどね。そうやって絶望しているときに、私たちはノボルや透。君たちに会った。だからイオルも私もそれだけで幸せだったんだ。イオルという存在を認めてもらっていたから」


「……」


「まあ、また少しだけ時を戻すね。こうなる前の私の事を。そしてこれから起こること。それ以降イオルがどのように生きてきたかを……」

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