第3話

「おい! 大丈夫か⁉ しっかりしろ!」


 オレは今にも消え入りそうなか細い少女の上体を起こす。オレは少女の口元に耳を近づける。微かながらも呼吸の音がする。つまり、まだ生きている。オレは少女が生きていることに安堵する。


 少女は恐らく気を失っているのだろう。力を失い、腕をダランとさせている。オレの呼びかけにも応えないし。とりあえず、この状況をどうにかしなければ。


 少女の容姿は目をかけるものばかりだ。オレが感じた少女の第一印象は「白い」まずそれだった。白人……にしては白すぎる。腕も、足も、顔も、全てが白い。玄関の床に広がっている少女の長髪も真っ白だ。雪のように美しく清らかだ。まるで雪に咲く華はなのようだ。少女が身に着けているものは、小さめのノースリーブの白いワンピースだ。そしてその脇腹辺りに穴が開いている。そこから赤く黒い生臭い血が広範囲で流れている。せっかくの少女の魅力的な特徴が台無しになってしまっていた。年齢的には十歳か十一歳だろうか。そのぐらい幼い感じの女の子だ。そんな子がこんな事になっていた。


「早く、救急車を……!」


 まずは救急車だ。それから警察にも。いや、逆か? どうでもいい。オレはポケットから携帯を取り出す。頭がこんがらがっているのか、まともに番号が押せない。たった三つしかない数字にもかかわらず。動揺を隠せていない。


 その時だった。「うっ……」と少女の口から声が漏れたのだ。それはわずかな音にかき消されてしまいそうなほどの微かなものだった。オレは少女を見る。そして少女の肩を抱きながら声をかけた。それは思ったより大声だった。


「おい! 気が付いたのか⁉ ここがどこだか分かるか⁉」


「こ、ここ……は……」少女はうっすらと目を開ける。少女の紅い瞳が露わになっていく。「あ……わ……たし…は……?」


 意識が段々と戻ってきたようだ。しかし、それでもまだ弱々しいものだった。彼女はオレの目ぼんやりと見つめながら、弱々しい力でオレの腕に触れた。


「うっ……」


「おい! 大丈夫か!」


「だ……だ、いじょ……ぶ……と……お…………る……」


「大丈夫か。安心しろ。今すぐ救急車を呼ぶからな。もう少しの辛抱だ…………うん?」


 オレは手を止めてしまう。そして、少女の目を見る。確か、今、この少女は、オレの名前を呼ばなかったか? ………気のせい? 聞き違いか? しかし、確かにオレはこの少女をどこかで見た覚えがあるような気がする。そんな不思議な気持ちが込み上げてきた。


「お前は、オレの事を……知っているのか?」


「えっ……?」少女は小首を傾げた。


「だって、今……オレの名前を呼ばなかったか?」


 オレは少女の目を見ながら話す。すると少女は、「うん……おぼ、えて……ない……の?」と一生懸命に言葉を紡いでいった。そして、オレの腕を弱弱しく握った。


 オレの頭に何かが蘇るような、何か電流が走ったようなそんな不思議な感覚に襲われる。これは、過去の記憶なのだろうか。昔、小さい頃、どこだかで遊んだ記憶が……呼び起される。


 そうだ。思い出した。公園で一緒に遊んでいたんだ。少女と一緒に。オレはその思い返された記憶の少女と、今オレの目の前にいる少女とが重なった。合致したのだ。


 何故、今まで忘れてしまっていたのだろうか。


「そうだ。もしかして、お前は……イオル……なのか?」


「うん……。久、しぶり……だね……トオル」


 少女ははにかんだ。きっと、オレに思い出してもらったのが嬉しかったのだろう。でも、その笑顔は少し寂しさが残っているような気がした。


 オレは懐かしいあの過去を思い出し、感慨深くなった。再会でき心が躍る。しかし、それと同時に疑問があった。何か、釈然としない。頭の中で妙な違和感がうごめいている。別の何かを思い出さないように、どす黒い塊が流れをせき止めている。


 いや。何でもないな。多分色々なことが起きすぎていて頭の処理が追い付いていないだけだ。


「トオル……な、なにも……なにも、呼ば……ない……で……もう、傷口…………ない。だから……お……お、ねがい……。ダメ、なの……ちゃんと……元に、戻っ……てから、説明……する、から……」


「だが…………」


 イオルとは七年ぶりの再開だ。それがまさかこんな形になるなんて想像も出来なかった。彼女の秘密。そして腹部に在る銃創。それらがオレに嫌な妄想を焚き付ける。


「わ、たしの……事、を……知……てる、でしょ?」


 オレは彼女の言いたいことを理解する。しかし、それでも納得はできなかった。あくまでも、自分の中では。オレはこの気持ちとは逆の行動をとってしまう。「わかった」とオレはそう言って携帯をポケットにしまう。本当はいけないのに。


 しかし、冷静に考えてみる。イオルの銃創、これは何かしらの事件に巻き込まれたのだ。だから、事をあまり大きくしたくないのだ。水面下で事をおさめたいのだ。だからオレは黙るしかない。……本当にいいのか? オレは葛藤する。しかし答えが出ない。そして、時間は待ってくれない。


「もう……大丈夫……」イオルは自分の力で立ち上がろうとする。腕で体のバランスを取りながら足に力を込めて、立とうとする。イオルは何の問題もなく立ち上がれた。「傷は……治った」


 恐らく、本当の事だろう。確認のため傷口を見た。少し、ためらったが確認をしておきたかった。確かに、イオルの言うとおりに傷口は無くなっていた。何事もなかったかのように綺麗サッパリと。


「相変わらず、だな……」


 イオルはゆっくり頷いた。オレはささやかに笑うイオルを見て、自然と頬が緩んだ。


 オレは額に流れる汗を腕で拭った。緊張がほどけ、脱力する。そして、七年ぶりの友との再会に喜びをかみしめていた。


「奥で話を聞こうか。昔話でもしながらさ……」


 イオルはうつむく。それからしばらくの無言を得た後、「うん」と小さく首を縦に振る。


 オレはイオルをリビングへ案内しようと思った。だが、その前にするべきことに気づく。オレはイオルを細見する。しばらく洗っていないだろう服。それに加えての血のり。それと血の生臭さだけではない……臭い。女の子に対して失礼だが。イオルは、風呂にも入っていないのだろう。髪に触ったときのべたつきとか。嫌な感じだ。


「まず、シャワーでも浴びてこようか。その血は洗った方がいい」やはり、その方が視覚や嗅覚などの色々な面の救いになる。「浴室はあそこだから」とそこを指し示す。「服は洗濯機にでも入れてくれ。タオルは、その上の棚に置いてあるから」


「ありが、とう……トオル……」


「いいよ」


 オレも、玄関の掃除とかいろいろやらなくちゃいけないことが山積みだからな。血って簡単に落とせそうもないから骨が折れるな。はあ。とつい、深いため息をこぼしてしまう。再会の余韻に浸る余裕など用意されていないからだ。


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