第1話

 GWの五連休の初日の朝。オレは八時に起床した。布団から起きるとすぐにそれをたたみ、カーテンを全開に開けた。朝の柔らかな日差しが、オレの脳を活性化させ、一日の始まりを優しく告げる。洗顔し、歯を磨く。毎朝の一連の流れだ。歯を磨きながら今日の朝食は何にしようか考えていた。


 オレは1LDKのマンションに住んでいる。しかも1人暮らしである。色々と選択肢はあったが、この生活を選んだ。


 オレは台所に立ち、調理を開始した。大したものは作れないが、食べられないことはない。


 それを作り終え、リビングに出来上がった料理を運んでいき、テーブルに並べていく。朝食を食べながらテレビを見ていると、ケータイが勝手に動き始めた。長く振動していたので、誰かからの電話だろう。一体誰からだ? と名前を確認すると、親友からだった。


「もしもし」口のものを水で流し込んでから電話に対応した。


『あ、とおるおはよう』


 とおるというのはオレの名前である。苗字は八島やじま。電話の主は矢頭やず美麻みあさ。オレと同い年の女子で、幼稚園と小学校が一緒だった。小学校の途中でオレは家の都合で引っ越しをした。しかし、オレが引っ越ししたあとでも仲の良い関係は続いていたのだ。電話や手紙で近況を報告しあっていた。オレは年に一度は必ずここを訪れるので、その時に遊んだりした。


「おはよう。こんな時間にどうした?」


 返事をする。美麻がこんな時間帯に電話をかけてくるのは珍しいことだったので、少し驚いた。


『何とぼけてんのさ』


「そういわれても分からないものは分からないんだけどな……」


 オレがそういうと、美麻はアハハと陽気に笑った。


「もう。今日は透の誕生日でしょ。誕生日おめでとう!」


 今日は五連休の初日。オレの誕生日はこの初日にあたりやすい。美麻はまた笑い声をあげた。オレはむずかゆくなりながらも「ありがとう」と返した。


『透はもう十七歳か。大きくなったわね』


「何、年寄りじみたことを言っているんだよ」


『体感時間でいったらもうじき人生の折り返し地点よ。そりゃしみじみしたことを言いたくなるわよ』


「オレよりも若いくせに。しかし、子供の頃に感じていた時間が、あっという間に流れて、手の届かないように遠く感じていた年齢に今なってみて、実感が全然ないな。後の人生もこんな感じで過ぎていくのかね」


『なに詩情にひたっているのよ。まあでも、分かるわ。だって、あと三年で成人よ。もう子供のままでいられないわ』


「そうだな。子供の時と言うと、昔によく遊んだな。憶えているか? 七年前にで遊んだよな」


『……ええ』少し、微妙な反応だった。『……でも、透は……あまり昔のことを憶えていないでしょう? 特に……あの時のあたりは』美麻は言いづらそうに言った。オレの反応を電話越しからうかがっていた。


「そうだな。まあ、オレはもう何も気にしてないけどな」少し嘘をついた。「あーあ。なんか、昔みたいにはしゃぎたくなったな。せっかくのGWだから松田とかも誘って遊ぶか?」


『あ、いいわね。でも、明日以降ね。今日の透の予定は埋まっているから』


「まあ、今日は確かにそうだな。用事があるし」


『それとは別で、ね。今日は私の家で透の誕生日と引っ越しを祝してパーティーをやるわよ。もちろん、私の提案よ。明るくいきましょ』


 オレは初めての事に驚いた。オレはいつもこの時期にこの町に帰って来ているのだが、その時に他人の家の夕食に誘われたことがなかったからだ。オレは今学期からとある事情で生まれ育った故郷へ戻って来たのだが、まさか美麻が誕生日のこの日にこの話題を持ちかけてくるとは思ってもみなかった。


「どうしてわざわざ。そっちの親とかに迷惑じゃないか?」


『大丈夫よ。親も快諾してくれたわ。余計なお世話かもしれないけど、透には明るくいてほしいから。あ、別にそっちの意味ではなくて……その……』


「分かっているよ。ありがとう。じゃあ、招かれますよ」


 笑いが漏れた。少しだけ嬉しくて、暗い気持ちが和らいだ。やっぱり、美麻と話していると、気が楽になれるな。


『とにかく、暗い表情見せたら許さないからね』


「はいはい」


『夜の六時ごろにそっちへ行くわ』


「うん。しかし、急すぎるな。たまたまその時間の予定が空いていてよかったけど、そういうことは前日に言って欲しいな」


『だってサプライズだもの。これは当日に言ってこそ効果が成るものなのよ』


「そうですか」


 オレは苦笑を漏らした。それからは美麻といくつか話をして、通話を切った。


 オレは「ふぅ……」と嘆息した。両の掌を枕にして、寝転がる。天井をぼんやりと眺めていた。


 この後の事を考えていると、不意に、「誕生日か……」と言葉が漏れた。


 美麻に気を使わせちゃったな。と、申し訳ない気持ちが出てきた。オレは頭を掻きながら立ち上がり、食器を片づけ始めた。洗いものをすませる。そうしてから外着に着替えて、出かける準備を始めた。


 オレは、毎年この日に、必ずある場所へ足を運ばせるようにしているのだ。


 そこは――墓地。


 オレにとって大切な人のお墓。毎年必ず墓参りに行く。なぜよりによって自分の誕生日の日に行くのかというと、その人たちの命日がオレの誕生日と同じ日だからである。


 支度を終えて、ため息をつきながら玄関へ行き、靴を履いて家の外に出る。鍵をしっかり閉めたのを確認してから、駐輪場へ向かう。そこで自転車を広い所に出してからそれに跨り、ペダルをこぎ始める。


 ――今日は、オレの誕生日と……――親の命日だ。

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