絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

 

 前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。

 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。

 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。

 この世界のそんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。

 いや、だって、そんなことある?

 世界が変わっただけで人間の生態まで変わるん?

 なんで王族にしか女の子が生まれてこないん?

 逆ハー乙女ゲーの世界なん?

 それにしてもあぶれたモブの運命が過酷すぎん?

 ――と、まあ、言いたいことが溢れる溢れる。

 とはいえ、幸いにも? 俺は貴族の家に生まれた。

 しかも伯爵家だ。

 王女アリナジュレと結婚できるチャンスがワンチャンなくもない!

 俺は中身腐男子だから、男同士が恋愛している光景はまったく気にならないけどな。

 むしろ毎日ごちそうさま!

 前世に比べてだいぶ綺麗な顔だな、と感動したけどこの世界の顔面偏差値高すぎて俺の顔面平均値だったもんだから、奇麗な顔面のイケメン同士のイチャイチャが毎日あちこちで見られてアザァァァァァス!な感じだけどね!


 俺自身が男とイチャイチャするのは解釈が違うと言いますか。

 男同士のイチャイチャを眺めるのが好きなだけであって、俺自身はめっちゃ異性愛者なんよ。


 だから今日のアリナジュレ姫十五歳の誕生日お披露目パーティーで、なんとか彼女の目に留まり、記憶の片隅に爪痕残して逆玉の輿――じゃなく可愛い女の子との幸せな結婚……笑顔の絶えない家庭を……!!

 そんな志を胸に、パーティー会場に入る。

 俺と同じくワンチャンを望む婚約者なしの独身男がソワソワしながら今か今かとパーティーの始まりを待つ。

 歳の頃は俺と同じ十七歳の同級生が多いように思う。

 ちらほら同じクラスのやつや先輩、後輩の知った顔も見える。

 この国の貴族令息は、社交界デビューをする十五歳から成人の十八歳まで王立ナーヴァルカ貴族学園に入学し、城仕えになれるように競い合う。

 王女の伴侶が最高に理想ではあるけれど、王族はなにもアリナジュレ姫だけではない。

 王子が二人、アリナジュレ姫の下にも二人の姫がいる。

 王子二人はナーヴァルカ学園の三年と二年に一人ずつ通っており、長子で第一王子カイル様が三年で生徒会長。

 次男で第二王子のエルン様が俺の隣のクラスで二年生。

 二人とも婚約者はおらず、俺たちの世代のほとんどの生徒は彼らの婚約者狙いも多い。

 毎日地獄のような人垣に囲まれているし、俺はやっぱり女の子がいいからアリナジュレ姫の伴侶狙いで。

 まあ、アリナジュレ姫の婚約者が決まったら諦めて腹を括り、好みの美少女顔の美少年を探すしかない。


「女王陛下、国王陛下、アリナジュレ王女殿下、カイル殿下、エルン殿下、おなりでございます!」


 うーん、と考えていたらバルコニーへ人の視線が集中する。

 この国は王族からしか女性が生まれない。

 ので、国王と女王の同権。

 どちらかというと女王の方が権威が強い。

 だから最初に登場したのは女王陛下で、その後ろから国王陛下が並ぶ。

 現在社交界デビューして公的な場に出られる四人に、アリナジュレ姫が加わる。

 女王陛下の挨拶のあと、いよいよ今日の主役……アリナジュレ姫の挨拶。

 二人のイケメン――あれがいつも人垣で囲まれているこの国の王子か。

 赤い髪を逆立てた目つきの悪いイケメンと、穏やかそうな金髪碧眼のイケメン。

 が、眼福だなあ!

 二人の間から現れたのは――


「おーっほっほっほっほっほっ!! アタクシこそこのナーヴァルカ王国の第一王女、アリナジュレ・ナーヴァルカよぉ! 不細工ども、アタクシに跪いて生涯の下僕にしてくださいと懇願しなさァァァい!」

「「「…………」」」


 魔女か?

 毛穴でボツボツになっている肌にべた塗りの白い白粉で隠しているのがこの距離からもわかる。

 歪んだ形の鼻と耳の近くまで塗られた真っ赤な唇。

 はちきれんばかりのドレスは、小さなピンクのリボンがウ○コに群がる蠅みたいに見える。

 いくらお兄さんたちが高身長だからって、腰の下っていうのは……140センチくらいかな?

 いや、小さい女子は可愛いと思うよ。

 でも横幅もすごすぎない?

 ぽっちゃり系も可愛いと思うよ?

 でも限度があるっていうか……。

 それにほら、外見がアレでも、外見なんかいくらでも変わるしさ、性格が清楚な可愛い女の子ってそれだけでも……。

 ……うん、奴隷って言い放ってる。

 あの女、中身もドブスだ。


「うん」


 諦めよう。

 俺、女の子の方が好きだけど、見た目も中身もドブスなら見た目も中身も可愛い美少年を選ぶ。

 元々ワンチャン、くらいな望み薄だもん。

 よーし、婚活開始だ~。

 まずは身長160センチ前後の三年生から攻めるぞ。

 年上ならそっから身長を抜かされる可能性低いし、卒業間近の三年なら家格とか容姿とか成績とか四の五の言っていられない。

 条件が緩くなっているはずだから、妥協点が多いはず。

 つまり、俺みたいな伯爵家の中でも家格が下方の田舎貧乏伯爵家でも王都付近に領地を持つ伯爵家の令息の美少年をゲットできる可能性が高いってことよ。

 王族に興味のない者や、家格の低い伯爵家の人間は壁際。

 そういう場所から当たっていこう。


「ん?」


 なんだか周りのざわめきがすごい。

 なになになに?

 周りを見ると、みんながある方向を見ている。

 振り返ると、金髪碧眼の穏やかそうなイケメン――エルン殿下が真っ直ぐこっちへ歩いてくるんだが?

 ああ、いつも人垣の向こう側にいるからこんなに近くで……近くに来るのなんなん?

 あとなんか笑顔が怖く……いや、なんかマジで真っ直ぐに俺の方に近づいてくるんですが?

 思わず後ろを見る。

 俺の後ろに有力貴族の令息でもいるのかな、と思ったから。

 でも俺より後ろにいるのは俺より家格の低い一年の貴族令息ばかり。

 なに? マジでなに?

 もう一度前の方を見ると、俺をガン見するエルン殿下がもう目の前にいた。

 慌てて進路を譲ろうと左に逸れようとしたが、右手を掴まれる。


「え……? あ、あのう……?」


 恐る恐る、腕を掴んだ相手を見上げた。

 やはりというか、なんというか、俺の腕を掴んだのはエルン殿下。

 にっこり微笑んでいるのに目が笑っていない。

 俺、なにかした?

 同学年だけれどクラスは違うし、声どころか顔も今夜がほぼ初めて見たんだが?

 エルン殿下は俺の名前も顔も知らんのでは?

 なんで腕掴まれているんだ?


「ホノカ・ルトソー」

「は、はい」


 めっちゃ俺の名前知ってるやんけ。


「僕の顔に見覚えは?」


 にっこり。

 寒気が立つ笑顔。

 顔に見覚え、と言われましても……。

 しかし王族からの質問なのだからしっかりと見つめて記憶を辿る。

 あ、確かにどこかで見た覚えが――


「ん?」


 じっと見つめていたら、じっと見つめ返され、顔がどんどん近づけられる。

 なに、と思ったらキスされてね?

 あまりにも顔面が近すぎるし、唇が温かく息がかかる。

 周囲の悲鳴……むしろ阿鼻叫喚?

 顔が離れて、殿下の後ろから生徒会役員のトレネ侯爵令息が「エルン殿下!」と、咎める声。


「可愛い顔で見つめてくるホノカが悪い。これはもうキス待ち顔でしょう」


 この王子はなにを言っているんですか?

 っていうかやっぱりキスされた?

 は? なんで?


「え、あ、あ、あの……」

「ホノカ・ルトソー、僕の気持ちは今示した通り。卒業したら孕ませるから王族に輿入れする準備をしておくように。わからないことがあったらトレネに色々聞いておいてね。それじゃあ、帰りは僕が直々に送るから声をかけるように」

「え? ……え?」


 なんて? いや、なんで?

 ガタガタ体が震え始める。

 エルン殿下は左手の薬指に口づけを落とし、やんわりとした言い方なのに確実に有無を言わせぬ命令形。

 そのまま言いたい放題して去っていくエルン殿下。

 残された俺は震えながらトレネに視線を送ると、怯えた表情で顔を背けられた。

 おい、そこは背けちゃダメだろう、真面目に。


「ト、トレネ様、あの、あの……」

「く、詳しい話は別室で。こちらへどうぞ」

「は、はい」


 会場から出る直前、入口にある鏡を見ると俺の顔色は青白い。

 こんな顔ではどのみち婚活はできそうにないな、と目を背ける。

 控室に案内されて、トレネは深く溜息を吐き使用人に「ドリンクを。ノンアルコールで二つ。軽食は?」と俺にリクエストを聞いてくれた。

 とりあえず肉で。


「その顔色でよく肉を食べられるな? まあ、食べられるのなら食べるといい。ええと、それでエルン殿下の先ほどの発言についてなのだが」

「そう! そうだよ、あれ! なにあれ!? 俺、殿下と話したのも初めてなんだけど!?」

「初めてじゃないだろ! なんで覚えてないんだ逆に!」

「え!? 初めてじゃないの!?」


 テンパる俺に逆ギレのトレネ。

 侯爵令息のトレネに、俺がなんでこんなに馴れ馴れしく話せるかと言うと母親同士が親友だからだ。

 男が妊娠して嫁ぐのがデフォなこの世界では、男同士の友情も当然自然に成立する。

 学園で同じ伯爵家同士仲のよかった母同士は、片や貧乏伯爵家に嫁ぎ方や王家に近い侯爵家に嫁いだ。

 それでも交友関係は今も続いており、尚且つ良好。

 俺とトレネは所謂幼馴染というやつ。

 言うて学園ではトレネが生徒会役員だったり側近候補だったりで話す機会がないんだけれど。


「幼少期のお茶会と学園で一回会っているだろう。紹介したよ、俺、お前に」

「嘘。全然覚えてない。っていうか、あれって聞いた感じプロポーズに聞こえたんだけれど?」

「プロポーズだよ。俺もまさかあんなに強引な言い方をするとは思わなかったけれどな! もうあの方の中では決定事項だから諦めた方がいい」

「だからなんでぇ!?」

「学園で再会した時に、あんなことを言うからだ。とにかく、ご実家に連絡して王子妃の勉強を始めた方がいい。エルン殿下は卒業したらしばらくは王族としてご公務のお手伝いをされると思うから、後宮で王子妃とて殿下のご公務の手伝いをするように」

「ちょちょちょちょ、まっ……! いや、本当に待って! 俺、エルン殿下に会ったことあるの!? いつ!? マジで記憶にない! なんで俺!? 王子妃とか……無理なんだけど!?」

「断れる立場にあるわけないだろう」


 頭を抱える。

 本当に覚えがないし、俺が選ばれる意味もわからない。

 なんで俺が王子妃に指名されるんだよ!?

 理由を聞いてもトレネは「俺からは言えない。自分で思い出せ。もしくはエルン殿下に直接聞いてみろ」という。

 鬼なの?

 いや、でも、確かにあの顔はどこかで見たことある気がしないでもないんだよなぁ。

 どこだったっけ?

 割と最近。

 学園に通っている時だ。

 トレネの口ぶりから、トレネと一緒にいる時だよな?


「あ」


 思い出したかもしれない。

 去年の夏、外套を頭からかぶった男を植木の影に隠したことがある。

 追われて困っているから匿って欲しいと言われて、咄嗟に。

 その直後にトレネが「人を探している」と声をかけてきた時だ。

 誰を探しているとは聞いてないけれど、あの時――


『あれ、王子の取り巻きじゃん。毎日毎日ご苦労様だよなー』

『そういう言い方をするな。彼らの中に次期王子妃になる者がいるかもしれないんだ。そんな軽口が聞こえたら、睨まれるかもしれないぞ』

『えー、別にいいよ。王子妃になる人間が俺みたいな底辺伯爵令息の顔なんか覚えてるわけないだろ。それを言ったら王子様も俺らみたいな下々の平民貴族の顔や名前、覚えてないだろうけどな! あはは!』


 ……とか軽口叩いた気がしますね?


「え? あの軽口に、ブチギレられて……?」

「いや、そうじゃないんだけど……まあ、そのあたりはパーティーのあとでご本人に聞くといい」

「ええええ!? 見捨てないでトレネ!」

「見捨てない見捨てない。お前と幼馴染だったおかげで側近確約いただいたからな」

「すでに俺を売ってたんかぁぁぁぁぁぁい!?」




 ◇◇◇




「さっきのは正気なのか? エルン」

「正気を疑われるなんて心外ですね。正気だし本気ですよ」

「このパーティーに参加している以上家格は王族に合う者なのだろうが、あんな壁際にいたということは伯爵家の中でも下の方だろう?」

「んふふ……」


 兄の冷たい視線に思わず笑みがこぼれる。

 ほんの一年前なら、僕も同じことを考えていたと思う。

 今日のメインは妹なので、我々は早々にボックス席に移動してきた。

 酒を飲みながら妹が誰を婚約者に選ぶのか、高みの見物。

 グラスを傾けながら、兄は僕を睨みつける。


「あんな小物に求婚するなんて、正気を疑うに決まっている。俺たち王族は家格の釣り合う者の中から、マシな者を選んで結婚し、子を作って国を運営する。そういう駒だ。あんな小物を妻にするなど、なにかの戯れか? 公務で苦労するぞ」


 それには答えない。

 僕も一年前は同じ考えだった。

 兄も毎日伯爵家の中でも権威のある家の者に囲まれ、媚びを売られる。

 見目の優れた者、成績優秀者、家格の高い者、王家の血を望む者。

 みんな気持ちが悪い。

 いつしか諦めて、人の顔や名前など必要最低限覚えるだけに済ますようになる。

 その中からマシな者を伴侶に選んで、国の歯車として働くのだ。

 そう悟っても、時々一人になりたくなるもの。

 外套を頭からかぶり、裏庭に隠れていたら側近候補のトレネに見つかりそうになって子猫ににぼしを与えていた生徒に手を引かれて植木の後ろに隠れた。

 その時、その生徒の様子が今まで自分の周りにいた者たちと違っていて「あれ?」と思った。

 彼は自分の顔を見たのに、なにも言わなかったのだ。

 媚びることもなく、目を輝かせることもない。

 本当にただの親切心から、隠してくれたようだった。


『ホノカ、この辺りでエルン殿下を見なかったか?』

『え? 知らねー。俺、殿下の顔とか覚えてねーから見かけてもわかんねーよ』

『なんでだよ! 十歳のお茶会デビューの日に紹介したことあるだろう!?』

『そんな昔のこと覚えてるわけねーじゃん。殿下も覚えてねーんじゃねーの』


 トレネの声に身を縮める。

 仲のよさそうな話し声に、普段僕に対するトレネにそんなふうに話す一面があることを初めて知った。

 僕と一緒にいない時のトレネは、こんなに砕けた人物だったのか。

 そして、僕をここに隠した人物は僕と面識があったのか。

 彼の言う通り、僕は彼を知らない人間だと思っていた。

 物覚えはいい方だと自分では思っていたのに、十歳の時では仕方ないと心の中で言い訳する。


『あれ、王子の取り巻きじゃん。毎日毎日ご苦労様だよなー』


 彼が渡り廊下に集まって僕を探す取り巻きたちを見ながら、小馬鹿にしたような言い方をする。

 それもまた、驚くべきことだった。

 下の者は、上の者に媚びを売るもの――そういう認識だったから。

 地位が下の者が、上の者をバカにするなんて。


『そういう言い方をするな。彼らの中に次期王子妃になる者がいるかもしれないんだ。そんな軽口が聞こえたら、睨まれるかもしれないぞ』

『えー、別にいいよ。王子妃になる人間が俺みたいな底辺伯爵令息の顔なんか覚えてるわけないだろ。それを言ったら王子様も俺らみたいな下々の平民貴族の顔や名前、覚えてないだろうけどな! あはは!』


 笑われた。

 口を手で覆う。

 自分の常識が破壊される。

 壊れて、見上げた空が眩いばかりに輝いて見えた。

 自分の見ていた世界が、矮小だったと思い知ってしまった。

 青天の霹靂とでもいえばいいのか。

 彼の言う通り、僕の世界は僕に媚びる者だけで構成された世界。

 逆に僕に――王族に興味のない家臣もいるのか。

 でも、王族としてそれはどうなのだろう?

 王族は国の歯車だが、国とは平民貴族の集合体だ。

 彼らに興味を持たれないなんて、王族として欠陥品なのでは?

 その外に、彼のような考え方の人間がいたなんて――


『殿下?』

『トレネ、君の知り合いの、裏庭で子猫ににぼしを与えていた生徒がいただろう? 彼は……』

『ああ、ホノカですか?』


 ホノカ。

 ホノカ・ルトソー。

 名前を聞いてから、徹底的に調べた、

 成績は中の下。

 剣の腕も乗馬の腕も容姿も平均で、家格も伯爵家の中では下の方。

 特筆するべきところはなにもなく、精々母親がトレネの母親と親友で次期侯爵のトレネと幼馴染、というところくらいか。

 彼を調べると、彼のように下位の貴族は僕や兄の側には近づきもしないとわかった。

 彼らは僕ら王族に擦り寄らないし、期待をしていない。

 僕ら王族も下々の者、取るに足らない者たちと目に入れない。

 同じ学園に通っているのに。

 同じ国を支える駒、歯車なのに。


『えー、別にいいよ。王子妃になる人間が俺みたいな底辺伯爵令息の顔なんか覚えてるわけないだろ。それを言ったら王子様も俺らみたいな下々の平民貴族の顔や名前、覚えてないだろうけどな!』


 彼の言う通りだったのだ。

 自分たちは彼らの顔も名前も興味を持たず、彼らは顔も名前も覚えようとしない。

 一度会ったことがあるのに家臣の顔も名前も覚えていなかった僕は、彼らをなに一つ責められないじゃないか。

 立場は違うのに、やっていることは同じ。


「ムカつくなぁ」


 それに気づいてしまった時、心底、腹が立った。

 取るに足らない者たちに、期待されない王子なのだと気づかされた。

 そんなの悔しいじゃないかと怒りでがむしゃらに伯爵家以下の者たちの顔を名前を覚え、積極的に話しかけ、地位の隔たりなく親しみやすい王子として平民街にも視察を繰り返すようになったのがここ一年の話。

 これだけ話しやすい王子になれば、あの時の彼も自分に話しかけてくれるようになるんじゃないかと別のクラスにも顔を出すようにしたにもかかわらず、まったく興味を持たれない。

 トレネに相談するも「まあ、あいつ異性が好きなので王女殿下をワンチャンって言ってましたしね」と言われてまた腹が立った。


 王族でいいなら、僕でもいいじゃないか!

 性別の話?

 そんなのわかってるけどワンチャンもないに決まっているだろう!

 それなら僕でいいじゃないか!


 ――と。


 案の定、妹お誕生日お披露目パーティーで彼はあっさり妹を諦めて壁に向かった。

 それを見て、もう決めたのだ。

 妹を諦めたのなら、自分のものにしていいだろう、と。

 そのくらいの努力をしてきたのだ。

 欲しいものの一つくらい、許されるに決まっている。

 そして必ず彼の心も手に入れよう。


「戯れではなくて、本気です。正気で、本気で、僕はあれの身も心もほしい。と、いうわけでちょっとアレの自宅まで送ってきますね。甘く蕩け溶かして、僕なしでは生きられなくしてやるんです」

「……絶対に正気ではないよ、お前」

「んふふふふ」




 ◇◇◇




 パーティーを楽しむ余裕を失い、俺はトレネに「もう帰るぅ……」と告げて控え室を出る。

 ともかく、現実が信じ難い。

 さっきのは夢、白昼夢かもしれない。

 っていうか、きっとなにかの間違えだろう。

 王子が俺を認知しているわけがないじゃあないか、あはははははははは。

 しかも結婚だなんて冗談きつすぎでしょ!


「帰宅するんだって? 送るよ」

「………………」


 ギ、ギ、ギ……とぎこちなく振り返る。

 なにかの間違いではなかろうか?

 数名の護衛騎士を伴った、エルン殿下が俺の肩を後ろから掴んできた。

 いやいやいやいや!


「あの、じょ、じょ、冗談ですよね?」

「冗談? 僕の求婚が?」

「ア、イヤ……ナンデモナイデス……」


 目が笑ってねぇぇぇぇぇ!!

 ダメだ、マジだ。

 しかも完全に逃げ場を奪われた。

 王家の馬車に乗せられ、騎士に扉を閉められる。

 はい、密室一丁ーーー! ガッティム!


「パーティーは最後までいなくてよかったの?」

「あ、ええと、そ、そうですね……なんかそれどころなじゃいというか」

「そうだね。でも帰りは送ると言っていただろう? 声がかからなかったんだけれど?」

「いやー、だってそんな……王子殿下に送っていただくなんて……ひいいい!?」


 顔の真横に手!

 壁ドンならぬ椅子の背もたれドン!

 目の前に微笑むエルン殿下の奇麗な顔面。

 無理無理無理無理ーーーー!


「僕は本気だし、君は僕の婚約者にするし妻にする。これは決定事項」

「……お、そ、そ、お、な、お……」


 なんで俺!? なんで!?

 声にならない疑問。

 涙が滲む。

 どうしてこんなことに?


「君はただ、僕を好きになればいい。僕が君に望むのはそれだけだよ」

「へ、あ、え、え……?」


 頭の片隅で「なるほどなぁ」と謎の納得をしてしまった。

 爽やかな穏やか系イケメンの皮を被った俺様キャラだわこの人。

 なるほどなぁ、一昔前には流行ったけれど時代にそぐわないからと絶滅した俺様キャラは、爽やかや穏やかの皮を被って擬態して進化してたんだなぁ……。

 いやいや、言ってること全部命令形だし、見た目しか爽やかな穏やか系イケメンでも許されることと許されないことってもんがあるだろうよ。

 あと俺はモブだろ?

 王子×モブなんて、そういうところだけ現代の流行りに乗らなくていいと思うんですけどーーー!


「け――結婚する旨は、了解しました。好きになる努力も、頑張ります」

「素直だね」

「でもあの、本当に好きになれるかどうかは、わからないので……そればっかりは、自分でもどうすることもできないと思うというか」

「そうだね。それは僕が頑張るところだね。君はただ僕を好きになるのになんの不安も必要ないよっていう話だ」


 顎を持ち上げられる。重なる唇。

 それでもやっぱり緊張するのは仕方ない。

 俺はさ、前世腐男子だったから知っているんだ。

 俺様キャラにロックオンされた受は、もう逃げられない。

 だから俺はもう、逃げられないんだろう。


 それはそれとしていくら中身腐男子であっても自分がその対象になった時の抵抗感が拭えないのは仕方ないのでエルン殿下に頑張ってもろてーーー!







 終わり

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絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが 古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中 @komorhi

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