【短編】偶然の巡り合わせを逃してはいけない
結城 刹那
第1話
4人用のテーブル席に腰掛けながら、賑わうフードコートの様子を眺めていた。
時より、人の頭の上に数字が映し出される。これは、目につけたSCL(通称:Smart Contact Lens)が視界に入った人の画像解析を行い、過去に会った回数を表示しているのだ。視界に映るほぼ全ての人たちの頭の上には『0』が表示されていた。
フードコートを見回していると、一人の少女が目に入った。
黒髪のショートヘアで左側に赤色のヘアピンをつけている。すらっとした体に、まだ幼さのある可愛らしい容顔。気になったのは彼女の歩く仕草だ。
ラーメンとデザートを載せたお盆を持ちながら歩いているが、ヒールを履いているためか足元がおぼつかない。放っておいたら、バランスを崩してラーメンを地面にぶちまけてしまう可能性がありそうだった。
流石に見てられないな。
俺は椅子から立ち上がると、彼女の元へ颯爽と駆け寄った。
「あの……良かったら、持っていきましょうか?」
彼女の横につき、声をかける。集中しているためか気難しい表情をしていたが、俺の声に反応すると口を少し開け、驚いた表情を見せる。
「いきなりすみません。持っていくのが大変そうに見えたので手伝おうかなと思いまして」
「ああ、お気遣いありがとうございます。では、お願いしてもいいですか?」
恥ずかしそうにしながら、彼女は俺にお盆を差し出す。丁寧に受け取ったところで彼女の席に案内してもらう。
「すみません。ヒール履き慣れていなくて。お兄さんがいなかったら危ないところでした」
「わざわざ持ってきにくいラーメンを頼まなくても良かったんじゃ……そんなにラーメンが食べたかったんですか?」
「本当は食べる予定ではなかったんですけど、期間限定って言葉につられて。ははっ」
器に書かれた名前のお店を見ると、『期間限定:台湾ラーメン』と書かれていた。どうやら、多少の困難は食欲には敵わないみたいだ。
「偶然巡り合えたんですから、この機会を逃したらいけないなって思ったんです」
「確かに。ここで食べなかったら、もう食べるタイミングないですもんね」
「そうなんです!」
やがて彼女の席へと辿り着き、丁寧にお盆を机の上に置いた。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
深々とお辞儀をしながら、お礼を言う。そんな彼女の姿に照れ臭さを感じた。
顔を上げ、俺に笑顔を向ける。その瞬間、俺は何となく違和感を抱いた。
「どういたしまして。美味しいといいですね。では」
自然を装いつつ、彼女の元を去り、自分の席へと歩いていった。
彼女の笑顔には既視感のようなものがあった。SCLでの会った回数は『0』を示していたのにおかしな話だ。
「お待たせ。誰だよさっきの女性は。ナンパでもしてたのか?」」
席に戻ると、トイレに行っていた友人が戻ってきていた。
短めの茶髪。ポロシャツに短パン、サングラスをかけた姿から陽気さを感じさせる。
飯島 学(いいじま がく)。こう見えて有名大学所属のエリートだ。
「ちげーよ。運ぶのに苦労してそうだったから、手伝ってあげてたんだ」
「悠人は相変わらず優しいな。流石は『お手伝いマン』」
「小学センス丸出しの呼び方はやめてくれ。もう成人した身だぜ」
学とは小中を共に過ごした仲だ。成人式で久々に再会を果たしたため彼と遊ぶことになった。高校3年間と大学2年間。募る話は山ほどある。
ちなみに小中時代は、困っている子がいたら誰でも助けていたので『お手伝いマン』なんてあだ名をつけられた。小学生の時、迷子を助けてお礼を言ってもらえたのが嬉しくて、以降は率先して誰かを助けることにしたのだ。我ながら単純な男だ。
「そういえば、さっき恋愛遺伝子占いの結果が届いたんだ」
そう言って、学はポケットからスマホを取り出すと、『【検査結果】恋愛遺伝子占い』と書かれた件名のメールを俺に見せてきた。
「へー」
「興味なさそうだな。やったことあるのか?」
「ああ。大学一年の時、友達に誘われて半ば強引にやらされた」
恋愛遺伝子占いは、遺伝子解析で自分の運命の相手を占うものだ。検査キットを使って唾液を採取し、郵送すると検査結果をメールにて教えてくれる。
「なーんだ、実施済みだったか。つまんねえの。ちなみに結果はどうだった?」
「確か……年下で、天然で、前向きで、好奇心旺盛なタイプの女性が運命の相手だって」
「あー、何か分かるな。さっきのあの子とかだったりしてな。はははっ」
学は俺から顔を背けると向こうの方へと視線を注いだ。惹かれるように俺も顔を後ろへ向けると先ほどの少女が目に映る。彼女は美味しそうにラーメンをすすっていた。溶けないようにかデザートはすでに空っぽだ。
「まさか……いるとしたら、別の子だよ」
「小学校の時に好きだった子?」
「っ……」
「図星か。まだあの子のことをひきづってるのか? ひょっとして、あの子のことをひきづって未だにカノジョいないとかないよな?」
「っ……」
「はー、マジかよ。いい加減、諦めた方がいいんじゃないか? 十何年も前のことだろ?」
「うるせー。お腹減ったからラーメンでも注文してくる。検査結果でも見て待っててくれ」
「何だよ。飯テロでも食らったか?」
「さっき彼女に聞いたんだ。期間限定なんだって。偶然巡り合えたんだから、この機会を逃すわけにはいかないだろ」
「はは、ロマンチストだね」
俺は席を立ち上がると、学の煽りに反応することなく、店の方へと歩いていった。
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