悪役令嬢の姉ですがモブでいいので死にたくない

:海倉 のく/ビーズログ文庫

ダルマスの薔薇

1-1


 目が覚めると、ベッドのてんがいが見えた。

 ねむっていたのか、体を動かすとあせを吸ったが重い。

 メイドを呼ぼうとして、声が出ないことに気がつく。体中がにぶく痛み、頭が重い。

 窓の外はほんのりと青白く、それが降り積もる雪のためだと気がついた。

 季節外れの雪に、庭のもれてしおれている。

 だんの火はもう小さく、した息が白いのは気温のせいなのか、まだ熱が引かないせいなのか判断できない。

 ちょうどこんな雪の日だった。

 私が死んだのは。

 こおった路面に雪が積もっていて、あえなくてんとうした私は、ブレーキが間に合わなかった車にかれて死んだ。

 へいへいぼんぼんな平たい顔族のオタクのさいだった。きょうねん十九歳。何者にもなれず、あっけなく幕を閉じた、遠く知らない場所の物語。

 私がどんな顔をしていたのか、何度頭の中の本をめくっても思い出せない。

 死の直前のおくをたどれば、大学デビューを目指してがらにもなく陽キャを演じて派手に空回り、それとなく遠巻きにされた結果、空気のような存在になっていた。

 脳内のページをめくる私自身がつらくなってしまう、胃に差し込むような黒歴史。

 当然のことながら、空気が一人分いなくなっても、きっと世界は何も変わらない。

 特別な何かになりたいとばくぜんと思って、何になりたいかもわからないので何をがんれば良いのかわからなかった。いつか、どこかで、何かをできるような気がしていた。

 結局私は何者にもなれなかった。

 私が熱のせいでおかしな夢を見たのでなければ、それが私の『前世』だ。

 二つの人生を一つのほんだなに収めるような作業。全部飲み込むまで三日かかった。

 あっけなく交通事故で終わってしまった人生を閉じて、私は二冊目の人生、今現在の人生を開く。今日までの十四年間を共にした名前を、ため息といっしょに吐き出した。


「ダルマスはくしゃくれいじょうジゼル」


 まくらから体を起こし、部屋にかざられたしょうぞうに視線を移す。

 中央右寄りに立つ少女は、窓に映る自分自身よりいささか幼い。

 雪におとらぬ白磁のはだに、銀のかみ、アメジストのひとみまゆのアーチはやさしげにえがき、けぶるようなまつは少し目をせるだけでうれいの表情を作り出す。

 私はこの人形のように美しい少女を知っている。というより、そのとなりに立つ少女の方をより知っている。

 肖像画の中央に描かれた燃えるような赤毛の少女。

 気の強そうな表情にはくしゃをかけるのは、きりりとつり上がった目だ。

 だが、それは彼女のはなやかな顔立ちを引き立てる。

 伯爵令嬢オディール――前世の記憶に同じ名前の少女がいる。

 乙女おとめゲームの『楽園の乙女』に登場するあくやくれいじょうである。

 たいけんじゅつの中世ファンタジー。商家の子として育っていたヒロイン=ソフィアは、十五歳の誕生日に伯爵家のしょであることが発覚し、努力して社交界デビューを果たす。その過程でこうりゃく対象のトラウマをカウンセリングしてこいに落ちるというものだ。

 そしてそのライバルキャラクター、オディールは悪役よろしくソフィアのこいじゃをしまくり、時にいびり、時に脅迫し、最終的にソフィアを殺そうとする。

 もちろんそんな犯罪こうがうまくいくはずもなく、最後には攻略対象者達に悪行を暴かれ、ついでに実家はぼつらくする、というお決まりのルートを歩む。

 今生における、私の妹である。

 悪役令嬢オディールの体の弱い姉、それがジゼルだ。

 攻略対象の一人、リュファス=クタールこうしゃく令息のルートに一応ライバルキャラクターとして登場する。リュファスのこんやくしゃなのだが、政略けっこんで愛情はない。

 そのため、ジゼルがヒロインを害することはないのだ。

 主にソフィアいじめにいそしむのはオディールである。オディールが断罪されれば同じ伯爵家なので没落も道連れなのだが、それ以上に困ったことがある。

 ジゼルはとにかくよく死ぬのだ。

 例えば、ジゼル的にはメインルートともいえる侯爵令息リュファスのルート。

 ハッピーエンドではなんとストーリーのちゅう、病気で死ぬ。

 愛はなかったがそれでもジゼルに何もしてやれなかったと落ち込むリュファスをソフィアはなぐさめ、エンディングの一枚絵では二人がジゼルの墓にいのりをささげていた。

 そしてバッドエンドでも死ぬ。ソフィアと結ばれなかったリュファスは心をみ、りょくを暴走させてしまう。ソフィアもオディールもジゼルもそれに巻き込まれて死ぬ。

 また、他のルートでもモブとして登場するが、ほぼ死ぬ。

 危険なことが起こった時、誰かの魔術が暴走した時、暴動が起きた時、毒が盛られた時、なんやかんやと死ぬ。これから起こることやばいよ! ピンチだよ! といったイベントをあおるための舞台装置として、大体シナリオしゅうばんで真っ先に死ぬ。

 周回するごとに「え、また死ぬの?」などとうっかり声に出てしまったくらい死ぬ。

 炭鉱でガスが出ていないか試験するためのカナリアみたいなあつかいだ。


「死にたくないなぁ」


 ぽつり、つぶやいた。

 死にたくない。ものされるのもいやだし、魔術でミンチも嫌だし、スチルがないルートでもきっとえげつない死に方をしているんだろうとゆうで想像できる。

 ほぼジゼルが登場しないルートでも、結局はオディールがやらかすので実家の没落はけられない。

 頭が痛い。熱のせいだろうか。ベッドにもう一度横になった。

 どうしたらいいのか。

 思い出した限りのルートでだいたいジゼルは死んでいる。思い出せないだけで『そこに人々がたおれていた』みたいな一文にふくまれて死んでいる可能性もある。

 だがどのルートでも。死因も没落の原因も、私の妹オディールにある。

 ならば、妹が悪役令嬢にならないよう今日から調教、もとい教育していけば良いのでは。

 しんしんと雪が積もっていく。

 雪明かりの窓から目をそむけるようにして、私はもう一度眠りに落ちた。

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