今日の閣下はどなたですか?
春臣あかり/ビーズログ文庫
プロローグ
プロローグ
大陸の東に位置する王国・レイナルディア。
その中で、小さな領地を有するヴェント
黒い髪に黒い
夏の
「アルマ様は本当にお人形さんみたいですわ。ねえ、シャルロッテ様」
「ええ本当に。何かとっておきの美容法がおありなんですの?」
「え!? ええと、特には……」
ここはレイナルディア王都。シャルロッテ・メロー
リーダー格の彼女が
(あー……何か適当に言っておいたほうが良かったかしら……)
きらきらと目を
(あっま……!!)
口中を
(くっ……
いっこうに減らないカップの中身にアルマが絶望していると、向かいに座っていた令嬢の一人が
「そういえば、わたくしついに結婚が決まりましたの」
「まあ、おめでとうございます! ずっとお付き合いされていた方ですよね」
「はい。来月には
(結婚、かあ……)
この国の上流階級の令嬢はだいたい十八歳から二十歳で結婚することが多く、ここ最近こうした報告が次から次へと続いていた。
その会話を今年二十二歳となったアルマは、異国の言語を耳にしたような顔つきでぼんやりと聞き流す。
するとシャルロッテが、アルマの方を見て
「アルマ様はまだご結婚なさらないんですの? その
「とんでもありません。そういったお話は全然――」
「そんなに
(いや、今はほんっとーにないんですけど……)
シャルロッテの
だがそのすべてがことごとく破談になっている。
その理由は――
(こんな見た目のせいで……何かにつけては『イメージと
女性相手には(変なやっかみを
しかし。
「好きなだけ
「君の行きたいところへデートに行こう」と
「今日はもう
(なーにが『
そうこうしているうちに、破談になった
結果、「あれは手に入れるのではなく、遠くから
――西部で産出される
(その
どうやって話をそらそう、とアルマはとりあえず紅茶を飲むふりをする。
そこで令嬢の一人が突然「きゃあ!」と悲鳴をあげた。
「む、虫ですわ!」
「ええっ!!」
その言葉にシャルロッテや他の令嬢たちが
アルマも
それを目にした
( ――かっ、可愛いー!!)
きゅんと高鳴る心臓を押さえ、人目を
すぐさまメイドたちが
「も、もういなくなりまして?」
「わたくし、虫は見るのもダメなんです! 早く退治してくださいませ!」
「アルマ様、お近くでしたが大丈夫ですか?」
「え、ええ」
アルマは「ちょっと風に当たりに」とこっそりその場を
彼女たちの死角となる庭園の
観察するのと同時に、脳内でばららっと
(
おおよその種類に当たりをつけたところで、アルマは蝶を空に放した。
「どこから来たのかしら。ほら、もう見つかっちゃだめよ」
助け出された白い蝶は、まるでアルマの言葉が分かるかのようにしばらく頭上を
姿が見えなくなったのを
令嬢たちはまだ興奮冷めやらぬ様子で、なおも会話を続けている。
「嫌ですわね、虫なんて」
「どうしてあんなに気持ち悪いのかしら」
「ああ
「…………」
ぎこちない笑顔を浮かべながら、それらしく
「はい。……そう、ですね」
ヴェント家の
窓の外はすでに真っ暗になっている。
「つ、
やがてがばっと上体を
ぱらぱらとめくるが、今日見た蝶が
(やっぱり、もっと観察したかったな……。
だがあまり長いこと席を外せば、令嬢たちに不審に思われてしまう。
同時に――彼女たちのリアクションを思い出し、ふっと表情を
(本当は虫が好きだなんて、言えないわ……)
きっかけは、幼い頃に見つけた小さなテントウムシだった。
それから蝶、バッタ、カブトムシと庭園にいる昆虫を次から次へと探し出し、
そんな日々を送っていたアルマだったが――参加したとあるガーデンパーティーで、テーブルにいた
会場はたちまち
以降、虫が好きなことを口外出来なくなってしまったのである。
(いつか庭に大きな温室を作って、世界中のあらゆる昆虫を飼育したい……! でもそんなことをすれば、いよいよ結婚を
悲しむ両親を想像し、アルマは図鑑を抱きしめたままはあと
そこにコンコンというノックの音が
「姉さん、入るよ」
「エミリオ、どうしたの?」
「ちょっと話があって―― って、またそんなよれよれの服……他にもいっぱい持ってるのに、どうしてわざわざくたびれたのを着るのさ」
「これがいちばん楽なのよ。今日は令嬢の
「令嬢の擬態ね……」
自邸に帰ると途端にだらしなくなる姉を見て、エミリオは
「まあいいや。それよりその……実は、結婚しようと思って」
「結婚! あの子と!?」
「う、うん……」
アルマは急いでベッドから下りると、駆け
「おめでとう! ずっと
「姉さんには色々相談に乗ってもらって、本当に感謝してる。彼女もぜひ一度、姉さんに会いたいって」
「もちろんよ。……本当におめでとう、エミリオ」
姉の言葉を聞いたエミリオは、嬉しそうに目を細めた。
弟が自室に戻ったあとも、アルマはまるで我がことのように気持ちが浮き立つ。
(本当に良かった……。向こうのおうちが難しい方で、結婚するのは大変かもしれないと思っていたから……)
そこで「はっ」と大きな瞳を輝かせた。
「こんな時こそ、とっておきのお酒で
ベッドの下に隠している木箱をいそいそと引っ張り出す。
そこには一日の終わりに、アルマが
「な……ない!」
昨日まであったはずのそれらが、
すわ
と
(きっと……お茶会に行っている間に部屋を片づけられたのね……)
もとより
(うう……私の貴重な楽しみが……)
だがせっかくの
アルマは二階にある自室を出ると、まっすぐ階下の
(
執事がまたも顔をしかめる様を想像しつつ、ひとり階段を下りていく。
一階の
(夜中に見るといっそう
やがて応接室の前に
すると扉
『――やっぱりアルマには、修道院に行ってもらうしかないか……』
(えっ!?)
すぐさま足を止める。続けて母親の声がそれを否定した。
『そんなの
『だが先方は体面をとても重んじる家だと聞く。家に
(もしかして、エミリオのこと……?)
アルマは
『一度アルマに話をしてみましょう? あの子だって、エミリオのためだと分かればきっと協力してくれるはずです』
『しかしそのために、本人が望んでもいない結婚を無理やりさせるのか? それは――』
『でも修道院に入ったら、簡単には会えなくなってしまいますし……』
すすり泣くような母親の声に、アルマは祝杯を取りにきたことも忘れて青ざめた。
(よりにもよって、修道院……!?)
もちろんそれ自体は
未婚の子女としては、ある意味珍しくもない姿である。
だが。
(修道院に入ったら―― お酒が吞めないんですけどー!?)
豊かな水源に恵まれているこの国では、お酒は身近な
病気に苦しむ人や疲れた旅人を
とはいえ修道女が
しかし――
(このままじゃ、エミリオに
ひとりの女の子をずっと大切にしていた弟。諦めそうになるたび
そんな彼らが、ようやく結婚にこぎ
(……っ!)
アルマはぐっと
「お父様、お母様、私―― 結婚します!」
「アルマ!?」
娘の
アルマはそんな二人の前に立つと、深々と頭を下げる。
「今まで申し訳ありませんでした。ですが私も
「そ、それは、願ってもないことだけど……」
「私へのお話がないことは重々承知しています。ご苦労をかけると思いますが、どうかいいご縁を探していただければと―― 」
修道女にされてはたまらないと、アルマは必死に食い下がる。
しかし父親はそんなアルマを見たあと、ええと、と言いにくそうに
「実はその、つい昨日、たまたま一件申し込みが来ていて」
「えっ!?」
「ただその、結構領地が遠いし、あまり社交界でお見かけしたことがないというか、あとちょっと
煮え切らない父親の様子に、アルマは嫌な予感を覚える。
だがこれを逃せば、次の機会がいつになるか分からない。
アルマはこくりと息を吞み、すぐに
「その縁談、進めていただけないでしょうか!」
「い、いいのかい? たしかに
「どんな方でも大丈夫です! ですからあの……エミリオの結婚だけは、どうかうまくいくよう取り計らってくださいませんか」
「アルマ……っ」
弟を思う姉のなんという
父親も「素晴らしい娘に育ってくれた」と満足げに
アルマもまた
(……だ、大丈夫よね?)
どんな相手でも修道院に行くよりはマシ、と思っていたが―― 愛人を何人もはべらせる女好き。仕事ばかりで家族を
だが来ている縁談は一つだけ。
もはや
(ええい、女は度胸よ! とりあえず進まないと、何も始まらないもの!)
『それを言うなら
こうしてアルマは、
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