世界を滅ぼすとされる吸血の勇者になった少年魔術師は、家族により最凶最悪の迷宮へ追放される〜本当にサイキョウだったのは、吸血の勇者の力でした〜

桜 偉村

第一章

第1話 追放

「相変わらずまぶしいな、こいつは」


 そびえ立つ教会を見上げ、レオナルド・マンチーニは目を細めた。


 タレス領の中心部にあるその建物は一面が白銀で覆われており、神々こうごうしさをただよわせていた。


「行きましょう、レオ様」

「おう」


 侍女であるフランチェスカに促され、教会に入る。

 タレス領の領主、ディエゴ・マンチーニの息子であるレオが教会に来ているのは、【選定の儀】を受けるためだ。


「レオ様はどんな職業ジョブをご希望ですか?」

「近接戦闘系が良いなー。剣聖とか」


 選定の儀は、ジョブを持っているかどうかを確認する儀式だ。

 親族と付き人一名のみが同席を許され、ジョブ持ちならそれがなんのジョブであるかまで公表される。


 ジョブには様々な種類が存在するが、代表的なのは剣聖や賢者だろう。


「剣聖なら、ハズレの固有魔術はなさそうですね」

「だよな」


 ジョブを授かることの一番のメリットは、そのジョブに合わせた固有魔術が得られることだ。

 というより、それ以外のメリットは特にない。


 貴族社会ではジョブによるマウントの取り合いが勃発するが、レオはそんなものに興味はなかった。

 関心があるのは、固有魔術のみである。


 固有魔術は、必殺技から各種能力を強化したりするものまで、様々な種類がある。


「剣の必殺技みたいなのもらえねーかな」

「欲張りますね」

「でも、固有魔術って無意識で発動できんだろ? めっちゃ強くね」


 固有魔術の最大の特徴は、使用者が無意識下で発動できることだ。


 魔術師は魔術を使用する際、発動の手助けをしてくれる【魔術発動補助機器】という端末を用いる。

 ちなみに、これは旧魔族語——「旧」とついているのは、魔族がすでに滅んでいるからだ——で Activation proxy Device であるため、略して APDエーピーディーと呼ばれることが多い。


 APDは、魔術陣を記憶する装置だ。

 この画期的な発明により、魔術の発動時間は大幅に短縮化された。


 それでもやはり、ほとんど無意識で発動できる固有魔術には及ばないことが多い。


「そうですね。実力者と呼ばれる人たちは、全員が固有魔術持ちといっても良いでしょうし……大きなアドバンテージになるのは間違いないでしょう」

「だろ? あとはジョブでいえば、吸血の勇者とかも興味あるなー」

「レオ様っ」


 フランチェスカが小さく、しかし鋭い声を出した。


「おん?」

「おん、ではありません。あまり、めったなことをおっしゃらないでください」

「でも、吸血の勇者に関する噂って、信憑しんぴょう性ねーじゃん」


 吸血の勇者に関する噂。

 それは、そのジョブをもらった者は、性格が変貌へんぼうしてしまい、いずれは世界を滅ぼそうとするというもの。


 以前の吸血の勇者は、人類と敵対していた魔族を滅ぼして英雄となったが、その後に正気を失って、世界を崩壊させてしまったらしい。

 最後は、勇者の右腕だった者との相打ちという形で滅んだが、そのときには世界はほとんど荒廃していた、という記録が残っている。


 そこから、吸血の勇者というジョブはその者の性格すら変えてしまう、ひいては世界を滅ぼすという話が広まったようだが……、


「ジョブが性格に影響を与えるなんて話、他に聞いたことねーし」

「それでも、ですよ。吸血の勇者は世間一般では恐れられ、忌み嫌われている存在です。私は正直なところ、レオ様寄りの意見ですので良いですが……他の方の前では、むやみにその名は出さないでください。良いですね?」

「はーい」

「まったく……だいたい、なぜ吸血の勇者などになりたいのです?」

「前の吸血の勇者は強かったんだろ? だったら興味あんじゃん。固有魔術とか、めっちゃすげえやつかもしんないし」


 フランチェスカが大袈裟おおげさなため息を吐く。


「相変わらず戦闘バカ……勇ましくおられますね」

「フラ。言い切ったんなら、もはや言い直さないほうが良いんじゃねーの?」

「あら、レオ様は罵倒ばとうされて喜ぶタイプでございましたか」

「んなわけあるか」


 レオは苦笑した。

 相変わらず失礼な侍女だ。


 しかし、レオはちっとも不愉快な気分にはならなかった。

 フランチェスカのそれには愛情が感じられるからだ——他の騎士や使用人とは違って。


「さっさと終わらせろよ」


 ディエゴの騎士が周囲をはばからずに悪態を吐き、レオに見せつけるようにあくびをしている。

 本来なら断罪されても文句の言えない態度だったが、その主人であり、この場の最高権力者であるディエゴはただニヤニヤと笑うのみだった。

 兄であるベニートも無表情のままだ。


 しかし、レオは驚きもしなかった。

 なぜなら、彼らとレオは本当の家族ではないからだ。


 森に捨てられていたらしいレオを拾ってくれたのは、今は亡き義母のアリーチェだった。

 だから、ディエゴは正確には義父で、ベニートは義兄だ。


 幼いころはそれなりに大切にされていたと思うが、アリーチェが他界してからは生活が一変した。

 現在のレオの生活は、はっきり言って使用人以下だ。


「……行きましょう、レオ様」


 フランチェスカが背中に触れてきた。

 普段はしょっちゅうからかってくるくせに、こういうときは必ずレオに寄り添うのがフランチェスカという女性だ。


 そんなフランチェスカのことが好きだったし、彼女にいらぬ心配はかけさせたくなかった。

 だから、レオはいった。


「フラ」

「はい?」

「うんこしてぇ」

「馬鹿ですか」


 かなり強めに頭を叩かれる。

 痛い。

 便意の足音が刻一刻と迫ってきているのは事実だというのに。


「ほら、馬鹿なことおっしゃっていないで、さっさと行ってください」


 背中をぐっと押される。

 いつものフランチェスカだ。


「——おう、行ってくる」


 彼女を残して、祭壇さいだんへと続く階段を上る。

 牧師のダヴィデが待っていた。


 教会にいるのは彼とレオ、フランチェスカ、そしてディエゴとベニートと二人に付き従う騎士のみだ。

 それ以外の多くの騎士は、教会の前に待機している。


「それでは、選定の儀をり行います」


 ダヴィデが抑揚のない声で告げた。


 簡単な説明が行われた後、レオは指示に従って水晶玉に手を乗せた。

 水晶玉が発光した。

 刺激が走り、体がビクッと揺れる。


「っ——」


 誰かが息を呑んだ。


 水晶玉が発光するのは、ジョブを持っている人間が触ったときのみ。

 そして、ジョブ持ちということは、同時に固有魔術持ちでもあるということだ。


 レオは、目を輝かせてダヴィデを見た。

 ——牧師は、目を見開いて固まっていた。


 レオの中を、嫌な予感が駆けめぐった。

 ダヴィデは、震える声で告げた。


「レオナルド様のジョブは……吸血の勇者です」


 空気が凍るとは、まさにこのことだろう。

 しばらくの間、誰一人として言葉を発しなかった。


 静寂せいじゃくを破ったのは、場の雰囲気にそぐわない笑い声だった。

 ディエゴだ。


 レオの義父は、しばし愉快そうに肩を揺らした。


「いやはや、まさか吸血の勇者が誕生してしまうとは……備えはしておくものだな! なぁ、ベニート」

「そうですね、父上」


 レオの義兄——べニートが左ポケットに手を突っ込む。

 レオの足元に、幾何学的な模様が出現した。


 水色に光り輝く特徴的な模様には、見覚えがあった。


「これは……転移陣⁉︎」

「正解だ。さすがは我が息子だな。まぁ、誇り高きマンチーニ家の血は受け継いでいないがね」


 ディエゴが口元をゆがめた。

 レオはべニートを睨みつけた。

 彼は、ポケットの中でAPDを操作していたのだ。


「くっ……!」


 なんとか発動を中断しようとするが、細かい作業は得意ではない。


 これまで、レオはほとんど戦闘系の魔術しか使ってこなかった。

 対して、ベニートは細かい技術に優れる魔術師。


 彼が作った難度の高い転移魔術を、レオがどうこうできるはずもなかった。


「……どこに転移させるつもりだ」


 だんだんと輝きを増す転移陣を見ながら、レオは尋ねた。

 脳内では、自分が砂漠や辺境地帯にポツンと立っている情景が映し出されていた。


 しかし、間もなくして、レオは義理の家族の残虐さを見誤っていたことを知る。


「お前が我がマンチーニ家の恥晒しとなるようなら、砂漠にでも追放しようと思っていたのだがな。世界を滅ぼす吸血の勇者となれば、話は別だ——ベニート」

「はい、父上」

「かわいい弟に、行き先を教えてやると良い」

「わかりました」


 ベニートがレオに向き直る。

 無表情のまま、淡々とした口調で告げた。


「転移先は、監獄迷宮だ」

「なっ……⁉︎」


 レオは、開いた口がふさがらなかった。


 監獄迷宮。

 またの名を冒険者の墓場とも呼ばれる、最高難度の迷宮ダンジョン


 半年前、最強の冒険者パーティである勇者パーティーが挑んで全滅して以来、かなり厳しい挑戦条件がつけられるようになった、正真正銘の地獄だ。


「さ、さすがに嘘だろ?」

「残念ながら本当なのだよ。マンチーニ家には一つだけ、監獄迷宮への転移陣が保管されていた。さすがに使うことはないと思っていたが……吸血の勇者を世に放つわけにはいかないからな。許してくれ、息子よ」


 ディエゴはよよと泣き真似をしていた。

 やがて、我慢できないとてもいうように、そのでっぷりと突き出た腹を抱えて笑い出す。


 状況を理解するにつれ、レオの中で怒りがふつふつとこみ上げてきた。


 それは風船のように際限なく膨張し続けた。

 なにも考えられなくなる。


「……殺してやろうか」


 半ば無意識に、レオがそうつぶやいたとき、


「レオ様!」


 フランチェスカが駆けてきた。

 真っ直ぐにこちらに向かってくる侍女を見て、レオは正気を取り戻した。


「——来るな!」


 フランチェスカは、びくりと動きを止めた。


「魔術の使えないフラが来ても、足手まといになるだけだ」

「っ……!」


 フランチェスカが唇を噛みしめた。

 本当に転移陣に飛び込んでくるつもりだったのだろう。

 無茶なやつだ。


「大丈夫」


 レオは、己の唯一の侍女に笑いかけた。


「必ず、戻ってくっから」

「レオ様っ……!」


 フランチェスカの目に涙が浮かんだ。


 転移陣がよりいっそう強く輝き、レオの体はまばゆい光に包まれた。




 軽いめまいを覚えた後、レオは薄暗い洞窟の中にいた。

 これまでにないほど空気中にただよっている、濃密な魔力。


 監獄迷宮を除く難度の高い迷宮に潜ってきたレオだからこそ、はっきりとわかった。

 現在、自分のいる場所が監獄迷宮であることを。


 知らずのうちに、レオは身震いしていた。

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