第2話

散々愛し合った私たちを見てきっとこの紫陽花は馬鹿だと笑っているだろう…



コハクはそのまま私の膝枕で眠ってしまい、私も木にもたれながら紫陽花の花を見つめていた。



いつの間か過ぎていった時間を太陽の位置が私に知らせる。



T「コハク…そろそろ帰るよ。」



コハクのおでこを撫でながら起こしてあげると眠そうに目を開け、私の首に手を伸ばすと自分の元に引き寄せる。



私は俯きながらコハクに吸い寄せられるように口付けを交わした。



コハクは気が済んだのかゆっくりと背伸びをしながら起き上がった。



K「帰ろっか。」



そして、私たちは馬の手綱を引きながらゆっくりと歩いて会話を楽しむようにして町へと帰る。



町に近づくほどに人が1人…また1人と増えていきいつの間にか私たちの周りは人で溢れていた。



すると、王様が町へ来たことを知らせる鈴の音が聞こえ、私たちは慌てて道の真ん中をあけ、道の横に移動して膝を突き頭を下げる。



コハクと並ぶようにして寄り添い、頭を下げて跪くと私達はチラッと横目で目を合わせては微笑み合っていた。



沢山のお役人の人たちが私たちの前を通り過ぎて行くのが分かる。



すると…



王様の乗った籠が突然…



私たちの前で止まった。



私とコハクはドキッとし、お互いに目を合わせて緊張が走る。



視線を上げなくても籠の中から王様が降りてきたのがわかり、私の心臓はさらにはやくなった。



「面をあげよ…」



私は誰に言っているのか分からず、ずっと下を向いていると…



スッと白魚のように白い手が私の目の前を通り、ゆっくりと私の顎を持ってその手は私の顔をグイッと持ち上げた。



T「え……」



そこにいたのは透き通るように白い肌をした鋭い目つきの王様だった。



「そなた…夫婦(みょうと)の契りを交わした者は…おるのか?」



私とコハクは夫婦(みょうと)となる約束を交わしていた。



しかし…この時の私たちはまだ…夫婦(みょうと)の契りを結んではいなかったんだ。



T「い…いません…でも…」


「そうか。明日、王宮へ来い。そなたを側室として迎える。」



それは私とコハクの別れを意味する言葉だった。



王様に見染められた者は有無を言わず、側室としてお世継ぎを授かるという任務を全うしなければいけない。



それを拒否すれば…その者とその一族は処刑される。



そう…私はその時…



死の宣告をされたのと同じ気分だった。



王様はそう告げると籠の中へ戻り、長い列は動き出す。

 

なぜ?私?


王様に言われて顔を上げるまで、私の顔すら見たことのなかったはずの王様がなぜ私を?


まるで私に告げるのが決まっていたかのように王様はその言葉だけを残して行った。


王様が過ぎ去るとその場にいた者たちはそれぞれが立ち上がり、私のことを見てコソコソとは話をしていた。



私はしばらく静かに伝う涙と共に呆然としていた。



K「トナ…立てる?」



大好きな優しいその声…



私はもう…明日からこの声を聞くことができない。



ゆっくりとコハクの顔を見つめると私たちのその先には絶望という言葉しか見つからなかった。



もう、この綺麗な瞳に私が映ることも…


この滑らかな頬に触れることも…


この唇から温もりを感じることも明日からはないのだと思うと…


もうすでに生きてる心地がしなかった。



コハクは無言のまま私の腕を持ち立ち上がらせて馬に乗せると、そのまま私を家に連れて帰った。



その頃には母にまで私の噂が広がっており、母は複雑な顔をしながら馬から降りた私を出迎えた。



T「…私…明日王宮に行かないと…王様の側室になれって言われて…」



そこまで言うと母は涙で震えながら私をギュッと抱きしめる。



「ありがたい事なのよ…王様に選んで頂いたのだから感謝しなさい…」



母はそう言っているのに顔は歪み微かに震えていた。



T「ゃ…だよ…コハクと一緒にいたい…。」



私が声を震わせながらそう言うと、それが聞こえた通りすがりの人達がザワザワと私を指差し噂する。



王様にその意思を授けられた私はもうすでに王様の所有物と同じとみなされ…



そんな私が王様以外の男の名前を呼び求めるのは、王様に対する反逆行為とみなされてもおかしくないのだ。



だから、コハクはもう決して自らの手で私を抱きしめたりしてくれない…



私はもうすでにコハクのものではなく…



王様のモノになってしまったから。



そんな私に手を出そうもんなら、すぐにその命がなくなるとコハクも私も十分すぎるほど分かっていた。



母はコハクを悲しそうな目で見つめると、周りに集まった人たちに見せつけるように震える手で私の頬を思いっきり殴った。



「何でことを言うの!!あなたには王様がいるのよ!!早く中に入って王宮に向かう準備をなさい!!」



母は私の腕を引っ張り家の中に入ると木の扉を勢いよく閉めると、涙を流しながら私をギュッと抱きしめた。


つづく


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