第50話「鎧の進行」

 ハンナはミラを立ち上がらせ、引っ張っていく。部屋を出ても、まだ、自分達以外の音はしない。今の所は。


 一つ引っ掛かるとすれば、一通りこの建物内は探索しているはずなのに、鏡など全然見ていないことだった。


「ハンナ、鏡ってどこにあるの?」


「あれ? ミラ先輩、さっき外に出ていませんでしたか?」


 階段を下りながら、ハンナは不思議そうに尋ねてくる。確かに建物の外には出ていた。だが、それとなんの関係があるのだろう。


「出てたけど……」


「それなら、必ず見ているはずですよ。ちょっと分かり辛いですけど」


 一体、どこのことを言っているのか。


 ハンナは一階まで階段を下りると、この建物の中で一番教会らしい場所に入った。


 建物中央にある場所。両側に並んだ長椅子と、奥の教壇。そして、竜が描かれたフラスコ画。


 厳粛な雰囲気をいやでも感じさせるこの場所で、ハンナはずんずんと教壇に向かって歩いて行く。


「ん? あっ、そっか。ここに入る時に布掛けちゃったんだっけ」


「ハンナ、鏡どこ?」


 ハンナが進む先を見るが、壁一面に横長の垂れ幕が掛かっているようにしか見えない。そもそも、さっき教壇裏の壁を見た時は、ただの壁だとしか思っていなかった。


「ここですよ。今は隠れてますけどね」


 ミラを連れて、ハンナは垂れ幕の前に立つ。ハンナの手が離れ、パンっと手を鳴らした。


 その瞬間、垂れ幕が落ち――鏡が現れた。人一人分の身長の高さの鏡、それが壁一面を覆っている。一枚鏡だった。


「この鏡が……」


「そうです。まだ、誰も来ていないですね。どこかに隠れて――」


 轟音が響いた。後ろの方だ。ミラがハンナとともに振り返ると、両隣にずらっと並んだ長椅子、その一部が破壊されていた。左側の壁は大穴が空いている。本来扉があるべき場所はただの穴になっていた。


 埃が舞う中、金属がひしめき合う音を鳴らしながら、何体ものの全身鎧が穴から出てくる。手にはどこかで見たような真っ直ぐな剣を持ち、木片となった椅子の残骸を踏み潰しながら歩いてくる。


「ハンナ、あれは?」


「……分からないです。あんなもの聞かされてません」


「私の見間違いじゃなければ、こっちに向かってきてない?」


「そう、ですね。逃げた方が良さそうです」


 ミラの手が再びハンナに捕まれる。銀色の全身鎧はまだ穴から出てきて間もない。出来れば真正面の出入り口から外に出たいが、間に合いそうになかった。元来た道を戻るしかない。


 ハンナもそれは分かっているのか、ついさっき通ったばかりの方へ向かう。ミラ達に合わせ、全身鎧も進路を変え始める。明らかにミラ達を狙っている。


 移動がゆっくりなのが幸いだ、とミラは思っていた。だが、元の通路に入り、扉を閉めた瞬間――ミラとハンナは後方へ吹っ飛んだ。耳鳴りがする中、どうにかハンナとともに体を起こす。


 さっき閉めたはずの前方の扉は無くなっていた。木っ端微塵になっている。よく見ると、扉まで一直線に床が抉れていた。その先を辿れば、剣を振り下ろした体勢の全身鎧が一体。ミラが見ている間にも、その一体の後ろからわらわらとまったく同じ外見の全身鎧が出てくる。


 いくら治癒力があるといっても、痛いものは痛いし、大怪我になれば時間もかかる。さすがに岩の床を削り取る程の威力は、洒落にならない。


「ハンナ、どこかに窓はない? あれ、食らったら結構まずいわよ。しかも数が多いし」


「この建物、基本的に窓が無いんですよ。例外はミラ先輩がさっきまで寝ていた部屋です」


「じゃあ、そこまで走るわよっ!」


 こいつらが思考せず、素直にあとを追ってくれることをミラは祈る。ミラとハンナは三体の全身鎧が剣を掲げているのを見て、階段に向かって走った。


 二人が階段に着いた瞬間、後方でさっきと同じ轟音が聞こえてくる。足は遅い印象だったが、もう追いついたらしい。それとも、衝撃波のようなものでも出しているのだろうか。どっちにしろ、狭い屋内では戦闘もやり辛い。逃げ場が無さ過ぎる。


 階段を二階まで上りきり、奥の部屋を目指す。金属の擦れ合う音だけが、走っているミラ達のもとまで聞こえてくる。一体、何体いるのか。教壇で見た時、ざっと十体は確実にいた。しかも、通路からわらわらと蟻のように何体も出てくるのだ。あんなのどこに隠れていたのか。


 油断しているつもりはなかった。だが、走ったすぐ真後ろの床が爆ぜると、冷や汗がどっと出てくる。


「ハンナっ、大丈夫っ」


「大丈夫ですっ」


 少しだけ後ろを走っていたハンナに怪我はないようだった。それにしても、攻撃の音が一々うるさい。耳がおかしくなりそうだった。


 部屋までの廊下は長いわけではない。そこを懸命に走る。なにしろ、走ったあとから、どんどん床が爆発しているのだから、止まるわけにもいかない。


「ハンナっ、部屋に入ったら、窓に突っ込むわよっ!」


「はいっ」


 部屋までもう少し。一歩――二歩――三歩――部屋に入ると、やはり窓は締まっていた。外を出て、この部屋に戻った時には閉まっていた。ハンナが閉めたのだろう。


 突き破るしかない。


 ミラとハンナは走る勢いを止めることなく、窓に突っ込んだ。足に力を載せ、勢いよく割る。


 空中に放り出され、みるみる地面が近くなる。背中が地面になるように、くるっと体の向きを変える。衝撃は一瞬、ドンっと内臓が浮くような感覚とともに、ごろごろと草原を転げ回る。次第に勢いがなくなり、全身の痛みとともに、回転が止まる。


 周りになにもなくて助かった。飛び出すことに躊躇しないで済んだ。その分、転がる羽目になったが。


「はぁっ、ハンナっ」


 すぐさま体を起こし、ハンナを探す。きょろきょろとあたりを見回すと、彼女が駆け寄ってくる。


「ミラ先輩っ、大丈夫ですかっ」


「ハンナこそ、大丈夫?」


「私は問題ないです」


 ハンナはあちこちに草がついていた。同じような体質なのだから、そこまで心配されなくてもいいのだが、お互い様だろう。


 ドンっと、何度目かになる轟音が耳に入る。音がしたのは建物の方だった。見れば、さっきと同じように壁に大穴が空いている。また壊したらしい。


「ミラ先輩、あれどうします?」


「決まってるでしょ。倒すわよ。あんなのが居たんじゃ出るに出れないじゃない」


「そうですよねー。ふぅー……、ミラ先輩って魔法得意でしたっけ」


「正直、苦手ね。魔力だけは『竜巫女』のせいで沢山あるんだけど……」


「あー、なら私と一緒ですね。あれ、何体いると思います?」


「さあ? かなりいそうだけど……。まあ、一体一体相手していたらきりが無さそうよね」


 ハンナと話している間にも、全身鎧はわらわらと出てくる。まったく途切れない。転げ回ったおかげで距離は空いているが、どうしたものか。


「やっぱり、そうですよねー……。何か道具があれば振り回せるんですけど」


「んー……、あれ、引っこ抜けるかしら」


 ミラが指差した先は森だった。


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