第49話「ミラは認めない」
ハンナはミラを見上げていた。なんて情けない顔をしているのだろう、とミラは思った。彼女がこんな顔をする必要は無い。彼女の半生を聞いたが、徹頭徹尾『竜教』がすべての元凶だ。怒りが湧いてくる。
「……そんな顔をするのはやめなさい。綺麗な顔が台無しよ」
「ミラ先輩」
頭を撫でていた手が掴まれる。誘導された先は首――真っ白な首輪がある場所だ。
「私を殺して、生きてください」
ハンナは真剣なのだろう。だが、ミラにとっては到底受け入れられるものではなかった。曲がりなりにも好いた後輩なのだ。それを、殺せと言われて、出来るはずがない。
それに、ミラには疑問があった。
「ハンナ、それは出来ないよ」
「なんでですか、それしか方法がないんですよ」
ミラを掴む手が強まる。彼女はさっき自身で言っていたように『竜巫女』の力を使える。怪力もその内の一つ。ミラはハンナの首を絞めないように抵抗するが、いつまでもこうしていても仕方がない。
「その首輪、本当に外せないの?」
「……無理ですよ。さっき、言ったじゃないですか。私だって散々試したんですから」
ハンナは本当に色々試したのだろう。
だが、ミラはゲームで首輪のことを知っていた。ゲーム内では、竜の加護が得られる的な神聖なアイテム扱いをされていたが――まさか、実際は奴隷の首輪だったとは。そんなことはどこにも書かれていなかった。
そもそもこの首輪、ゲーム内のハンナは普通に外していた。今考えれば、悪役令嬢としてのミラが婚約破棄後、ミラとの戦闘をした後からではあった気がする。それに、首輪は外しても、なにかしら別のものを装着して首元は確かに隠れていた。
外す場面は見ていないが、言及していた。
「これはどうかしら」
「え?」
ミラはハンナの怪力にしたがって、首元に手をつけた。もちろん、首は絞めない。代わりに『竜巫女』の力の一つである、回復魔法を首輪に掛ける。ミラの手から緑色の光の帯が漏れ出る。白い首輪を覆う。
「あったかい……」
ハンナの力が弱まった。緑色の光はすーっと白い首輪に吸い込まれ――首輪が割れた。パカっと、いとも簡単に二つに別れる。ハンナの首には黒い鱗があった。光沢があり、硬そうだ。
ミラは取れた首輪を手に取った。ハンナの目の前で見せる。
「取れたわよ」
予想通りだった。ゲーム内で言及されていたのは、ハンナが手から緑色の光を出し、チョーカーを外していたという記述だったが、覚えておいてよかった。浮かんだイメージが綺麗だったのか、印象に残っていたのだ。
しかし、こういうのを灯台下暗しというのだろうか。自分の回復魔法を、わざわざ首輪に掛けようとは、まぁ、思わないのかもしれない。
「……え?」
ハンナは目を見開き、外された首輪を見ていた。次いで、ぺたぺたと自身の首元を触り始める。突然がばっと起き上がると、首輪が彼女にひったくられる。
「外れてる、……外れてますよっ! ミラ先輩っ!」
「見れば分かるわよ」
「なんで、外せたんですかっ?」
ゲームのことは話して意味が分からなそうだし――
「なんとなく?」
「……そんな可愛い顔しても騙されません」
「だって、本当にそうだし」
「まぁ、いいですよ。今は」
じとっとミラを見た後、彼女は抱き付いてきた。
「本当にありがとうございます、ミラ先輩。このお返しは必ずします。私の命を賭けても」
「いやいや命は賭けないで」
ぽんぽんとハンナの背中を叩きつつ、彼女を諫める。せっかく首輪を外したのに、それでは意味がない。
「じゃあ、私の体で……」
「やめなさい」
地下で実験ばかりされていたという割に、変な知識を身に付けすぎじゃないだろうか。
「むう、ミラ先輩、ダメばっかり。じゃあ、どうすればいいんですか」
ハンナは少し離れると、じっとミラを窺ってくる。無駄に可愛い顔面が間近に迫る。思わず顔を背けると、不満そうな声が聞こえてきた。
「ミラせんぱーい」
「とりあえず、ここを出ることが最優先でしょ。首輪外したんだから、竜教の方に伝わってるんじゃないの?」
「……あ、そうですね。外れた嬉しさで忘れてました」
「ついでにそのおかしなテンションも治しなさい」
「ミラ先輩、ひどーい」
さっきまでの悲壮感はどこにいったのか、テンションが高い。あと、少々ウザイ。いや、それはいつものことか。
ハンナがぐりぐりと肩に頭を押し付けてくる。
「正直、どのくらいで竜教のやつらが来るのかは分かりません。それに逃げ出せても、生きていけるのか。私を放っておくとは思えませんし。……ここを逃げ出したら、国外に行きます。ミラ先輩はジャン王子をしっかり繋ぎ止めておいてください。憎たらしいですが、彼なら大丈夫なはずです」
「何言ってるの、ハンナ。一緒に学園に通うに決まってるでしょ。この際だからジャン王子にも言って、教会の膿は出し切るわ。その時にあなたがいないと困るじゃないの。当事者なんだから」
「い、いいんですか?」
「もちろん。今さら、私の後輩をやめる気?」
ハンナは無言でミラに抱き付く力を強める。この娘も強情だ、しっかり見とかないと。
ジャン王子もジェイも、ニアだって彼女が勝手にいなくなることなんて許さないだろう。ジャン王子は特に自国のことが関与しているのだ、許せるはずがない。
「ねえ、ハンナ。竜教のやつらがどこから入ってくるのとかも分からない? それこそ、ハンナが入って来た出入り口とか」
「それなら分かります。この建物内にある鏡です」
「そこから出入りするなら待ち伏せした方がいいわよね。出入り口って、ハンナが自由に出入り出来るものなの?」
ハンナは顔を上げた。ミラを見る。
「首輪が外されたので今なら大丈夫です」
彼女は涙で濡れていた目元をぐしぐしと擦ると、ベッドの上で立ち上がった。
「案内します」
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