第40話「緊急放送」
間近に感じる視線を受けつつ、ミラは首元のチョーカーに手を掛けた。チョーカー自体は簡単に外せる。寝る時やお風呂で外せないと不便だからか、元々外しやすい造りになっていた。
首の後ろでチョーカーのベルトをいじり、外す。ハンナは鱗を見ても、驚きも恐怖もしなかった。ただ、じっと見ている。
「……綺麗ですね、触ってもいいですか?」
「いいわよ」
ハンナの手がそっと首元に伸びる。初めてニアに見せた時を思い出した。もっとも、彼女はもっとはしゃいでいたけど。
「硬い……」
「竜の鱗だもの」
「今更ですが、私に見せてよかったんですか?」
「いいのよ、ハンナだから」
ハンナに笑いかけると、彼女は目を見開かせた。ぎゅうっと痛いほど抱き付いてくる。
「ミラ先輩、大好きです……。もう、信用しまくりです」
「ハンナ、苦しいって」
本当に可愛らしい後輩だ。思わず頭を撫でていると、ニアの恨みがましい声がかかる。
「ミラ、私達のこと忘れてない?」
ハッとしてハンナから顔を上げると、ジャン王子らからの視線が集中していた。
そういえば、彼らの前でこの鱗を見せたのも久々かも知れない。自分では、時々鏡越しに鱗を確認するのだが、成長とともに大きくなっているようだった。
ただ、比率を考えれば、あまり変わっているとも言えない。
ミラは急に怖くなった。ジャン王子、ニア、ジェイの視線が怖く感じる。
「綺麗だな……」
思わずと言った様子で、ジャン王子が漏らす。
「ジャン?」
「やはり、ミラの鱗は美しい。チョーカーで隠すのがもったいないな」
うんうんと頷きながら、恥ずかしい講評をしてくる。
「そーだよねー。ミラの鱗って可愛いんだよねー」
「ニア、何言ってるんだ。あれは美しい、だろう」
「ジャンこそ何言ってるの? キュートでしょ、キュート。もう食べちゃいたいくらい可愛いじゃない」
二人のやり取りにぽかんとしていると、ハンナが笑った。
「あはは、愛されて、ぷぷっ、ますね。ミラ先輩」
「そ、そうね……」
ミラは乾いた返事しか出来なかった。さっきまでの恐怖はどこかへ飛んでいった。
「ミラが知らない場所?」
ジャンとミラのくだらない喧嘩をいつも通り、ジェイが止め、ミラは一番気になっていることをみんなに訊いた。
予知夢の中で、自分達がどこにいたのか。自分で考えたのだが、結局思いつかなかった。そもそも夢の中で学園中を探し回ったのに見つからなかったのだ。
「うん。それも今ここにいる五人全員が一緒にいたんだと思う」
「……ミラ先輩、本当に気付かないんですか?」
「え? ハンナ、分かるの?」
「しっかりしてください、ミラ先輩。夢を見る前と、後。新しく知った場所ないですか?」
ハンナの問いに、ミラは考え――
「あっ」
「分かったのか、ミラ」
ジャン王子は思いつかなかったようで、真剣な目でミラを見てくる。
「うん。ここだよ、ここ」
「あー、確かに。よく気が付いたね、ハンナ」
ニアがぽんと手を打つ。彼女も思いついていなかったらしい。
「確かに、この館はさっき知ったって、ミラも言っていたしな」
ジェイは感心したようにハンナを見ていた。
ハンナは居心地が悪いようで、ますますミラに抱き付いてきた。
他の可能性もあるけど、この館が一番可能性が高い。
「ねえ、ハンナ」
「はい、なんでしょう。ミラ先輩」
ハンナは小首を傾げる。
ミラが気になっていることはもう一つあった。今回の予知夢の根幹と言ってもいい。
「私がさっき話した夢の内容、覚えているよね。その中で、ハンナと同じ顔、声の人間が居たんだけど、なにか分かることはある?」
「んー……」
ハンナは天井を見上げ、目を閉じる。考えているらしい。ぱっと見開き、ミラを捉える。いまいち感情が読み取れない。
「思いつきません」
「……そう。ハンナが分からなきゃ、どうしようもないなー」
「すみません、ミラ先輩」
きゅっとミラの服を掴んで、ハンナが見上げてくる。男子なら垂涎ものの可愛さに、ミラは身悶えた。
正直、これを見れたら他のことなんてどうでも良くなりそうだった。さすが『悲劇のマリオネット』のヒロイン。格が違う。
「ミラー、なににやけてんのぉ?」
「えっ」
「ミラ先輩、ようやく私の可愛さに気付きましたか?」
ニアからは黒い視線が、ハンナからはキラキラした眼を向けられる。
「そ、そうなのかな」
ミラが二人からの圧に戸惑っていると、ジャン王子とジェイからは笑い声が上がる。
助けを求めよう――ミラがそう思った時だった。
けたたましい音が部屋の中に響き渡った。前世の火災報知機を思い出す。
あまりにうるさい音にミラは耳を押さえた。周りを見るとみな同じようにしている。圧を感じるほどの音は、唐突にふっと消えた。
耳はすぐに音を取り戻さなかった。みなが口を開き始めているが、何を言っているのか分からない。
数秒して、ようやく音を取り戻してくる。
「……先輩っ、ミラ先輩っ、聞こえてますか?」
ハンナは半分涙目になりながら、ミラの肩を揺すっていた。
「ハンナ、大丈夫。もう聞こえてる」
「ミラ先輩っ、……よかった」
「もう、ちょっと聞こえなくなっただけだよ。大丈夫」
「そうなんですけど……」
ハンナがここまで取り乱したのがよく分からないが、今はそれどころではない。
「ジャン、ニア、ジェイ。私の声聞こえてる?」
「ああ、大丈夫だ。ニア、これ今度改良した方がいんじゃないか? さすがに音が大きすぎだろ」
「ミラ、聞こえてるよー。そうねー、確かにここまで大きい必要はないかも。ジェイ、大丈夫?」
ニアがジェイの元にいき、顔を掴む。
「大丈夫だから、顔を掴むな。というか、なんで掴む」
「だってー、ジェイって、意外と繊細だし。耳から血とか出てない?」
「出てないから」
ジェイはミラの手を退けると、彼女を抱き寄せた。緊急時に人は本性を出すと言うが、随分仲がいいことで。
「ジェイ? 恥ずかしいんだけど」
「しばらくこのままでいろ。どうせ、状況を確認する必要がある。なあ、ミラ」
ニアが珍しくやり込まれている。面白いものを見た。二人きりの時はこんな感じなのだろうか。
「……俺達もやるか? ミラ」
「やるわけないでしょー、この娘がいるんだし」
「あんまり甘やかすなよ。後輩なんだから」
ジャン王子は苦々しそうに口にする。最近、彼の好意攻撃力が天井突破しているので、いい防波堤かもしれない。
代わりにハンナの懐き具合が凄いことになりそうだけど。
「あの……、さっきの音はなんですか?」
「あれ? 入学した時に教えられなかった?」
「ハンナちゃん、ちゃんと授業聞いたのー?」
ニアがハンナをおちょくる。半分は学生の代表として、重要なことをちゃんと覚えていないハンナを責めたいからからだろう。
「なにかありましたっけ?」
「ハンナちゃん、生徒代表でもあるこの私が教えてあげよう」
「あ、結構です。ミラ先輩、教えてください」
「ちょっとっ!」
「落ち着けって、ミア」
ジェイはペットを落ち着かせるみたいにニアの頭を撫でる。
まるでコントのようなやり取りが目の前で繰り広げられていた。お互いに毛嫌いしているニアとハンナだけど、案外いいコンビになりそうだ。
「これは、緊急放送だよ。それもとびっきり危険な場合の」
「それって、まさかミラ先輩の夢が……」
「うん、そうかもしれない。ニア」
「ミラの夢だと『竜巫女』を探しているみたいだし、場所は教会でしょ」
「うん、そう。でも……、相手の戦力が分からない。夢で見たのはハンナとそっくりだったし、もしかしたら同じ感じなのかも。というか、そいう予測しか立てられない」
ハンナは突然出た自分の名前に驚いたようだった。ビクッと身体が震ていた。
「私と同じですか……?」
「うん。ハンナの力――竜巫女の力だよ」
「……私、ミラ先輩に教えましたか?」
「いや。でもね、夢で見た中で、そっくりさんは首にその白いチョーカーしてなかったの。だから、もしかしたら一緒かなって」
確かにチョーカーはしていなかったが、正直それだけでは分からない。『悲劇のマリオネット』で主人公として、竜巫女の力を振るっているのを知っているからだ。
嘘も方便。ゲーム云々の話をこの世界の人間にしてもしょうがない。
「それに噂になってるから、みんな知ってるんじゃないかな。ハンナが入学してきた時、『竜巫女』が入学して来たって噂で持ちきりだったし。心当たりあるでしょ?」
「はぁー……、まあ、そうですよねー。もしかして、ニア先輩やジャン王子、ジェイ先輩も同じですか?」
「いや、学園のみんな薄々分かっていると思うけど」
「まあ、耳にはしたな」
「俺も同じく」
次々にミラと同様のことを言う。
「ああ、分かりました。もう、それでいいです」
「ハンナ、拗ねてる場合じゃないの。どういう力か教えてもらっていい? 相手も同じことしてくるかもしれないし」
ミラにハンナはひっついたままだった。いじけていると言った方が近い。だが、うだうだしている場合でもないことも分かっているのだろう、ハンナは話始めた。
「大体、ミラ先輩と同じだと思いますよー。ちょっとだけ先のことが分かるのと、力が強いのと。あとはー、回復系ですね。自分にも相手にも使える感じです」
そこから、ハンナは細かい感覚も言い始める。聞いている感じ、ミラとはそう変わらなかった。
「ミラ、どうだ?」
「うん、ハンナと私の力は同じみたい。若干、使用感というか感覚が違うみたいだけど、その辺は誤差みたいなものだと思う」
「じゃあ、なに。予知夢の通りだと、ミラの相手十人分ってこと?」
「そうなるね」
予知夢の通り、ハンナそっくりの黒ローブ集団が来ていて、彼女らが全員『竜巫女』の力を持っていたらだが。
「さて、どうする。生徒代表、ニアさん」
ジャン王子はおどけるように、ニアに訊いた。彼女はにやっと笑って、宣言する。
「そんなの、ぶっ飛ばすに決まってるでしょうっ!」
ニアの威勢のいい言葉が館内に響いた。
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